176・トラック野郎と欠けた風景
ようやく、ゼニモウケに帰ってきた。
見慣れた門番に挨拶し、ナビすら不要になるくらい走りなれた道を走って我らアガツマ運送会社へ。
寂れた公園の半分ほどの敷地に、そのオフィスはあった。
「へぇ〜、けっこうデカいオフィスね」
「そうだろそうだろ」
「えぇと······よーし、敷地の裏は空いてる。あれくらい広ければあたしのラボも建てられそうね」
「······土地を売るのはいいけど、俺達の仕事の邪魔にならないようにしろよ」
「はいはい、わかってますー」
アレクシエルは手を振りながら適当に返事をした。
全く、こいつはホントにわかってんのかね。いざという時のために、リーンベルさんから弱点でも聞いておこうかな。
俺はタマに頼んでゲーセンで遊んでる太陽達を呼び、ガレージに入れずに玄関脇にトラックを停車させた。
「アレクシエル、みんなに紹介するから来いよ」
「そーね」
たぶん、いや確実にコイツはシャイニーと合わない。
同類というか、騒げば騒ぐほどケンカになりそうな気がする。
「いいか、ケンカはするなよ?」
「は? 初対面なのにそんな事するワケないでしょ」
ありそうだから言ってんだよ。
俺とアレクシエルがトラックから降りると、同じタイミングで太陽達とリーンベルさんも降りてきた。
「さ、上がってくれ。お茶でも出すよ」
「おーし、おじゃましまーす」
嬉しい事に、今日は定休日みたいだ。看板も出てるしタイミング的にありがたい。
玄関のドアを開けると、少し気になった。
「おーい、誰もいないのか?」
トラックのエンジン音で帰ってきた事に気が付いてると思うんだが、それにエブリーが置いてあるから出掛けてるようにも見えない。
みんなで二階に上がり、リビングのドアを開けた。
「なんだ、居るじゃないか。ただいまみんな」
「あれ、ウィンクじゃねーか。里帰りじゃなかったのかよ?」
ソファにはシャイニー、キリエ、ニナ、ウィンクが座っている。だが、様子がおかしい。
そして何より、ミレイナがいない。
「あれ、ミレイナは?」
「ッ!!······く」
シャイニーが歯を食いしばり、テーブルを叩いた。
いきなりだったので、俺達全員がびっくりした。
「ど、どうしたんだよ。何かあったのか?」
「······あったわよ、とんでもないことが」
「え?」
キリエが立ち上がり、俺に何かを差し出す。
それは、コンビニで買ったキッチンペーパーだった。
「申し訳ありません、社長······」
「·········な、なんだこれ」
そこには、粗い殴り書きがされていた。
『まおう、さらわれる、ミレイナ』
まおう、それはもしかして魔王?
魔王、攫われる、ミレイナ。
嘘だろ、ミレイナが······攫われた? 魔王に?
「ご主人様ご主人様、どうしたの?」
『なう?』
袖を引っ張るコハクや足元をグルグル回るしろ丸の事すら視界に入らない。
俺の様子を察した月詠が、俺の持つキッチンペーパーを摘み、読み上げた。
「まおう、さらわれる、ミレイナ·········これは?」
「ま、魔王? おいおい、まさかミレイナさん、魔王に攫われたとか言うのかよ?」
「イタズラでしょうか?」
「魔王って、魔王でしょ? なんで?」
ああそうか、太陽達はミレイナが魔族と知らない。ミレイナの兄貴が『天魔王ゼルルシオン』だとは知らない。
するとニナが、俺達に話し掛けた。
「とにかく座れ、話を聞いてくれ」
アレクシエルとリーンベルさんの自己紹介どころじゃなくなった。二人は空気を察したのか、自分達に質問が来るまでは黙ってる事にしたようだ。今はその気遣いがありがたい。
俺はまず、一番冷静そうなキリエに聞いた。
「何があったんだよ、ミレイナは一体······」
「どうやら、魔族がミレイナを攫った······いえ、連れ戻しに来たようです」
確かに、間違っていない。ミレイナは事故でこっちに来たようなもんだ。誰かが探しに来る事は考えられる。
「私とニナさんで買い物、シャイニーとウィンクさんでエブリーを洗車、そしてミレイナはキッチンでおやつを作ろうとしていました」
キリエが淡々と説明すると、シャイニーとウィンクが歯をギリギリと食いしばりながら言う。
「アタシとウィンクは洗車してた。そしたらいつの間にか眠くなって······」
「気が付いたら、頭がクラクラして倒れてしまいました。最後に見たのは······ミレイナさんと同じ髪色の、私と同年代くらいの少年でした」
ミレイナと同じ髪の色、つまり『魔王族』か。
そいつがミレイナを攫った······で、いいのか?
「私は騎士として実に情けない······」
「アンタのせいじゃない、アタシも同罪よ。何も出来なかった······せっかく『力』を手に入れたのに」
二人は落ち込んでる。
すると、ニナが言う。
「申し訳ないんだが、わかりやすく説明してくれないか? 魔王というのはあの魔王なのか? ミレイナとどういう関係がある?」
それは、アガツマ運送会社従業員以外の疑問だった。
ミレイナの正体は、勇者パーティーはもちろんニナもアレクシエルもリーンベルさんも知らない。
ミレイナが魔王に攫われたとか言っても、信じてもらえない。
「·········実は」
俺は一度、シャイニーとキリエとコハクを見たが、三人は小さく頷いてくれた。
俺は、ミレイナの正体について語った。
反応は様々だった。
太陽達は驚愕し、ニナも目を見張り、アレクシエルは疑い、リーンベルさんは壁際で微笑を浮かべ佇んでいる。
「マジかよ······ミレイナさんが、魔王の妹?」
「ああ、マジだ」
「魔族······滅んだと聞いているが。かつての勇者の手により魔王が倒され、支配から逃れた魔族は全滅というのが一般人の歴史だな」
俺はよく知らんが、この世界の人達はそう習うらしい。
とにかくこれからどうするべきか。悪いが俺の答えは決まっている。
「俺はミレイナを助けに行く」
悪いが今回はマジだ。
するとシャイニーはニヤリと笑い、キリエは優しく微笑んで頷く、そしてコハクはしろ丸を抱き締めニッコリ微笑んだ。
シャイニーは笑いながら言う。
「さすがコウタね。惚れ直したわ」
「え······ほ、惚れた?」
するとシャイニーの顔は赤くなる。
「ちち、違う、言葉のアヤってやつよ!! このバカ!!」
「社長、私は社長の考えに全面的に賛同します」
「ご主人様、ミレイナ攫ったヤツぶん殴っていい?」
『なうなうー』
「もちろんだ、思いっきり殴っていいぞ」
「ちょ、無視すんなコラ!!」
すると、太陽がソファから立ち上がる。
「ちょ、待てよおっさん、ミレイナさんを助けるって······コロンゾン大陸に向かうのかよ!?」
「ああ、その先が魔族の国なんだろ? ミレイナがそこに居るなら行くさ」
「無謀です!! コロンゾン大陸は超危険種や超々危険種の闊歩する魔境ですよ!? いくらトラックの武装が強くても」
「悪いな、俺はビビリだしダンジョンじゃヘボかったけど、今回はマジだ」
「おじ様······本気、なのですか?」
「で、でもおにーさん、コロンゾン大陸を抜けてもその先の情報はないんだよ? 歴代の勇者の残した情報も消失したっていうし······」
「問題ない。それに、コイツがいるからな」
俺は胸ポケットをゴソゴソ漁り、中から黒い物体を取り出してテーブルに置いた。
『くかぁ〜〜、くかぁ〜〜』
それは、爆睡してるチビデブフクロ。
魔界一の情報屋である『夜翔カイム』だった。