175・トラック野郎、スゲーダロにさよなら
アレクシエルとリーンベルさんを乗せ、ゼニモウケに帰ることになった。
はぁ······ミレイナ達になんて言えばいい?
ゼニモウケへの帰路、隣に座るアレクシエルはコンビニのメロンパンとカルピスを飲み食いしながらごきげんだ。
「ゼニモウケかぁ、商業都市だから材料の心配は無さそうね。あ、そうだ、ねぇコウタ、腕のいい建築家を知らない? あたしのラボを造らせるんだから一流じゃないとね」
「建築家ねぇ······ニナなら知ってるかな」
「ニナ? だれそれ」
「ゼニモウケの冒険者ギルド長。リーンベルさんと同じ『七色の冒険者』の一人だよ」
「ふーん·········女の人? いくつ?」
「ああ、俺の一個下だ。強いし美人だし、頼りになるぞ」
「············」
なぜかアレクシエル?は黙り、ムスッとした。
「ん、どした?」
「ふん、べつに」
何か変な事でも言ったかな?
まぁとにかく、オフィスの裏にラボ兼住居を造るのは決定事項みたいだ。
「あのさ、マジで俺のオフィスの敷地内に建てるのか?」
「お金なら払うって言ったでしょ。今まで貯めてたお給金に研究費、あたしの開発した魔導車の利益、権利費の売却でお金なら腐るほどあるわ。あのトランクの中身は殆ど札束だからね」
「······マジかよ」
あの何個もあったクソ重いトランク、殆ど札束?
こいつ、行く宛がないだの路上生活だのウソ付きやがって、新築の一戸建てを余裕で建てられるじゃねーか。
「そ、それに······コウタにお礼、したかったし」
「は? 俺に?」
「そ、そうよ。その、助けてくれたお礼······」
「ん?」
ボソボソ言ってるから聞こえない。顔も赤いし熱でもあるのか?
「と、とにかく!! 敷地の一部は買わせてもらうから、それとラボの建築中はあんたのオフィスに住まわせてね!!」
「それはいいけど、従業員のみんなと住んでるから、仲良くしろよ」
「従業員? コハク以外にもいるの?」
「ああ、ミレイナとシャイニーとキリエ」
「·········みんな女の人? いくつ?」
「そうだけど、なんで歳を気にするんだ? ええと、ミレイナとコハクは一七、シャイニーは一九、キリエは一八」
「………こ……この変態!! と、年頃の女性を囲ってナニしてんのよ!! あ、あんたがそんな人だったなんてっ!!」
「なに勘違いしてんだこのバカ!! やましい事はなにもしてねーよ!!」
全く持ってけしからん。
我が会社内で不埒な行為は一切ない。
とにかく、このムッツリスケベ少女の考えてるような事はない。ミレイナ達は大事な社員で家族みたいなもんだ。
アレクシエルは納得してないのか、頬をリスみたいに膨らませる。
「なによ、そんなに女の人が居るなんて聞いてない······」
「は?」
「な、なんでもないわよ、聞くなバカ!!」
ほんと、こいつはよくわからん。
俺とアレクシエルの会話は続く。
「ねぇ、ゼニモウケ内で魔道具や部品が売ってる区画は知ってる?」
「ああ、確か『オターク地区』だ。行ったことないけど、あそこは魔道具や部品、掘り出し物の店が集まる地区だ」
東京でいう秋葉原みたいな場所らしい。
発明家や技術者がよくわからん店を構えてたり、路地裏の細い通路に何件も店が並んでたりするらしい。さらに大型のデパートがあり、そこには最新型魔道具が売られているのも特徴の一つだ。
「ふふん、ゼニモウケは流通の中心都市、各地から最新型の魔道具や発明品が並ぶのよね。面白そうじゃない」
「ふーん」
「なによ、知らないの? 仕方ないわね、説明してあげる」
アレクシエルはウキウキと説明をする。
こうして見ると年相応の子供にしか見えないな、むしろキラキラして可愛く見える。
ミレイナやキリエはともかく、シャイニーと仲良くなれるかな。なーんか似たもの同士な気がする。
帰ったら仕事だ、アレクシエルのラボはすぐにニナに頼んでおこう。
やることはたくさんある。やれやれ、スローライフを目指しているのに、なんでこんなに忙しいのかね。
でも不思議と辛くない、むしろ楽しい。
パッとしなかった俺が会社を起業し、かわいい女の子従業員を雇って仕事をしてる。
今では、こんな日常がずっと続けばいいと思っている。
そう、思っていたんだ。
*****《ミレイナ視点》*****
シャイニーとウィンクの手合わせが終わり、ミレイナ達はオフィスに戻って来た。
「さーて、戻って来たし洗車でもしようかしらね」
「手伝います、姉上」
「では、私は夕飯のお買い物をします」
「一人では大変だろう、付き合うぞキリエ」
シャイニー、ウィンクは洗車。キリエ、ニナは近くの商店街で夕飯の買い物となった。
「では、私はみなさんのおやつを作りますね」
「あ、アタシはミレイナの手作りドーナツがいい!!」
「そうですね、ミレイナ、お願いします」
「はい、お任せください」
ミレイナはにっこり微笑むと、さっそく二階へ。
自室に戻りシュシュで髪をまとめながら、鼻歌を口ずさむ。
「ふんふ〜ん♪」
ミレイナは、毎日が楽しかった。
大切な仲間と共に過ごし、仕事をし、他愛ない話で盛り上がる。
たまにトラブルに巻き込まれるけど、コウタとトラックのおかげで何度も危機を乗り越えてきた。
これからもきっと、そんな日常が続く。
そう思い、自室から出てキッチンへ向かった。
「見つけたわよ、ミレイナ」
そんな、あり得ない声が聞こえてきた。
そこに居たのは、長く巻いた、くすんだ色のプラチナブロンドの髪の女性。
美しい宝石を身に着け、豪華なドレスを纏っている。だが、ドレスよりも宝石よりも女性は美しく輝いていた。
ミレイナの呼吸は、ほぼ停止していた。
あり得ない光景に、夢でも見ているのかと本気で考えた。
「み、ミューレイア······ねえ、様」
「全く、人間世界に転移して行方不明······死んだと聞かされていましたが、まさかこんなところに居るとは」
「あ、あ······」
ミレイナは後ずさり、ダイニングテーブルに寄りかかる。
彼女はミューレイア。
ミレイナの実姉であり『天魔王ゼルルシオン』の実妹である。
「な、何故ここが······」
ミューレイアは、自身のプラチナブロンドヘアを指でくるくる巻き取る。どこか楽しそうに。
「簡単よ。人間世界に潜り込ませた諜報員が、あなたを見つけたのよ。そこで調べたの、あなたがここに住み、仕事をしてるとね」
「そ、そんな······」
「バカねぇ、あなたの仕事は一つ、私達『魔王族』のご奉仕だけよ? さぁ帰りましょう、『仕事』が待ってるわ」
「い、いや······」
ミューレイアは、ミレイナの首に手を伸ばす。
ミレイナにはその手が絞首台の縄に見えた。
大声を出せば、外で洗車してるシャイニーとウィンクに届くだろうか。そう考えた時だった。
「外の二人は黙らせたよ、姉さん」
近くの壁に寄りかかるのは、一人の少年。
ミューレイアと同じ色のプラチナブロンドヘアに騎士服を着用し、腰には黒い装飾の施された剣を吊り下げている。
顔立ちはまだ幼い。ミレイナに向けて微笑む表情は年相応さを感じさせる。
「な、ぐ、グレミオ······」
「久しぶりだね、ミレイナ姉さん」
両手を広げ、グレミオはおどけてみせる。
グレミオは無造作にミレイナに近づくと、震えるミレイナの体をギュッと抱きしめた。
「ヒッ······」
「怯えないでくれよ、久しぶりの姉弟の再会なんだ······」
グレミオは、ミレイナの胸に手を這わせ、その耳を舐める。
「イヤっ!!」
「おっと、ははは······」
ミレイナはグレミオを突き飛ばし、見た。
グレミオの下半身が、不自然に膨張していたのを。
「あぁ、久しぶりの姉さんの匂いと味、たまらないねぇ」
グレミオの行動にミューレイアはため息を吐く。
「グレミオ、ミレイナに手を出すのはまだよ。まずは兄様のところへ連れて行かないと」
「おっとそうだった。面識がないとはいえ兄妹だし、行方不明だった妹が見つかった報告くらいはしないとね」
ミレイナは震えた。
そして、ついに行動に出た。
「いやぁっ!!」
「お?」
「あら?」
ミレイナは一階へ向かう階段目掛けて走り出した。
外にはシャイニーが、ウィンクがいる。
だが、ミレイナの動きはたった数歩で止まった。
「バカねぇ、逃げられるワケないでしょ?」
「はは、外の二人は眠らせたから動けないよ。殺すのは簡単だけど、可愛い女の子を無為に殺したくはないんだ」
ミレイナの足元には魔法陣が輝きその動きを完全に停止させ、グレミオはミレイナを絶望させるように言葉を紡ぐ。
「さ、引上げるわよ」
「はーい」
ミレイナは涙を流しながら、パクパクと口を動かした。
三人の身体は徐々に光に包まれる。
「こ···········ウタ、さん······」
そして、誰も居なくなった。
誰も居なくなったキッチンは静寂に包まれていた。
そして、ダイニングテーブルの上にあった一枚のキッチンペーパーが、フワリと舞い床に落ちる。
そこには、こう記されていた。
「まおう、さらわれる、ミレイナ」
次回・ミレイナ奪還編。
舞台は魔界。戦闘が7割くらいのエピソードです。