169・トラック野郎、臥狼ヴァルナガンドvs虹孔雀フレーズヴェルグ
俺は片手でカイムを掴み、宝箱があったとかいう祭壇に駆け込んだ……が、そこにある物を見てマジでビビった。
「うぉぉっ!? じじ、人骨じゃねーか!!」
『あだだだだ、ちょ、兄さん苦しいっ!?』
祭壇の壁に人骨がもたれ掛かり、ポッカリ空いた眼窩は宝箱を見つめている。も、もしかして……この武具の持ち主でしょうか?
「お、おま……このバチ当たりがっ!!」
『へ? あの、バチってなんでっか?』
すると、背後から爆音が聞こえてきた。
神殿が揺れ、エメラルドグリーンの暴風と紫電の雷がぶつかり合う。
「うぉぉ……」
『ま、まさかフレーズヴェルグの姐さんと渡り合えるなんて……す、スゲぇわぁ』
「あのな、お前は何か出来ないのかよ。同じ災害級危険種だろ?」
俺は片手で掴んでいたチビデブフクロウを持ち上げる。
なんだろう、コイツに対して恐怖は無い。むしろこういう扱いでいい気がする。
『いやぁ、ワイは情報収集が専門で。直接戦闘は苦手なんや』
「あー………」
つまり、ここはしろ丸に任せるしかないって事か。
まさか負けないと思うが……どうなんだろう。
「じゃあ、あの鳥の弱点は?」
『フレーズヴェルグの姐さんですか? そうやなぁ……姐さんはキラキラしたモンが好きで、能力は雷を自在に操れるんや。上空から放たれる雷の回避は困難、ここは天井があるからええけど、屋外の戦闘で姐さんに勝てるモンスターをワイは知らんで』
「いや弱点ねーじゃん、ここが神殿内だからしろ丸の攻撃が当たるってか?」
『そうやな。普段の姐さんやったら、姿を見せんと上空から雷を落としよる』
「マジかよ……」
つまり、ある意味ここはしろ丸のフィールド。
ここから逃げられたらヤバい、この中で決着を付けないといけない。
『ああもうチョコマカとッ!!』
『ガァァァァァァァッ!!』
しろ丸が雄叫びと共に細い竜巻を何本も作り出し、上空を旋回するフレーズヴェルグに向けて放つ。
それだけじゃない、何本もの鎌鼬を生み出し、竜巻に混ぜて放っていた。
「す、すげぇ……こりゃ勝てるぞ」
『おぉ、姐さんが押されとるがな』
俺とチビデブフクロウは完全な傍観者だ。
祭壇に置いてあった宝箱の影に隠れ、この戦いの成り行きを見守ってる。
人骨さんには申し訳ないが、もう少しだけ居させてくれ。
*****《勇者タイヨウ視点・93階層》*****
かなり登った、フツーの冒険者なら数年は掛かる道のりを、たったの数日で来た。やっぱ勇者パーティーの戦力は違うぜ。装備に魔力に野生の勘、何もかも最高レベル。
ぶっちゃけ、コハクさんが居なかったらさらに数日は掛かってる。迷宮で一度も迷わなかったし、現れるモンスターはバッサバッサと倒すし。マジでパーティーに欲しい逸材だ。
ちなみにこの階層は迷宮だが、コハクさんの野生の勘で迷わず進んでる。これが普通の冒険者だったらトラップに引っかかり上の階層に飛ばされたり、迷宮で迷い数日は出られないパターンになる。
「くんくん……こっち」
ニオイを嗅ぎ、分かれ道を迷わず進んで行く姿は安心感を覚える。
「………」
「あの、どうしたんですか?」
「感じる……なにか強いのが戦ってる」
「強いの? モンスターですか?」
「うん」
月詠がコハクさんに確認するが、まだよくわからないらしい。
迷宮を抜けると、下の階層へ続く階段が現れた。
「急ごう、早くご主人様のそばに行きたい」
改めて思ったが、こりゃ勧誘はムリだな。
*****《コウタ視点・100階層》*****
『貴様……』
『あら、どうしたのかしら?』
しろ丸が優勢だったのに、急に攻撃をもらい始めた。
それもそのはず、なんとフレーズヴェルグは空中からの電撃を止め、地上に降りたのだ。
『うふふ、みーんな勘違いするのよ。実は私……地上戦のが得意なのよね』
フレーズヴェルグは虹色に輝く孔雀羽を広げ、全方位に雷を放つ。
しろ丸は近付くことが出来ない、何故なら。
「ま、まさか……俺達が邪魔なのか」
そう、しろ丸は俺達の前に立ち、雷攻撃を風でガードしていた。
上空からの落雷はしろ丸単体を狙っていたからいいが、全方位攻撃は神殿全体に雷が拡散する。つまり俺やカイムを庇いながら戦わなくてはならない。
「おい、お前マジで何か出来ないのかよ!?」
『む、ムチャ言わんといて下さい、ワイは戦闘はからっきし、ワイの武器は情報なんですって!!』
俺は肩に移動したカイムに言うが、カイムは翼をバタバタした。
ちくしょう、俺が居なかったらしろ丸は自由に動けるのに。
『うふふ、貴方、パイラオフ様の元眷属ヴァルナガンドでしょ? オセロトルは死んで残った貴方は人間の使い魔……落ちたわねぇ』
『黙れ鳥畜生が!! グォォッ!?』
「しろ丸っ!!」
雷がしろ丸に直撃、吹っ飛ばされた。
しろ丸は祭壇に直撃し、人骨と宝箱が吹き飛ばされる。俺とカイムは脇に避けていたため無事だった。
『グゥゥ、この』
『あははははっ!! 無様無様、ほらほらほらっ!!』
『チィィィッ!!』
しろ丸は風を纏い、再び俺の前に立つ。
見た感じ、しろ丸の風とフレーズヴェルグの雷は拮抗してる。だが守りのしろ丸と全力攻撃のフレーズヴェルグではややフレーズヴェルグの雷が勝ってる。その証拠にしろ丸の風シールドは破られてしまう。
「くそ、マジでヤバい……」
『兄さん兄さん、あれあれ、あれ見てくだいな!!』
「あん?……って、なんだあれ?」
壊れた祭壇の奥の壁に通路があり、そこは小さな小部屋になっていた。
秘密の小部屋というか、人骨に阻まれて入口が隠れてたみたいだ。
『たぶんあそこ、ダンジョンの脱出口でっせ。床に魔方陣が書かれてます』
「マジ!? じゃあ俺が脱出すればしろ丸は」
『ええ、自由に戦えますし逃げられまっせ!!』
「ナイスだ!! しろ丸!!」
『聞いていた、ご主人、早く逃げろ!!』
俺は頷き小部屋へ飛び込むと、足下の魔方陣が淡く輝いた。
これで脱出できる、そう思った瞬間、フレーズヴェルグがケラケラ笑ったのが聞こえた。
『バカね、私がどうやってここに来たか忘れたの?』
その意味を知る前に、俺の身体は光に包まれた。
*****《しろ丸視点》*****
フレーズヴェルグの言葉が何を意味したのか、しろ丸は一瞬で看破した。
『どうやらカイムも脱出した、ならここで貴方と遊ぶ理由はないわね』
『ガァァァァァァァッ!!』
『ふふふ……バイバーイ♪』
しろ丸全力の鎌鼬は空を切る。
そして、そこにはフレーズヴェルグの姿は無かった。
『くそ、やはり転移か!!』
しろ丸がこの人間世界に来た魔術。
突如として現れたフレーズヴェルグは、転移魔術を使ってこの最下層へ侵入した、目的はカイムの殺害……つまり、一緒にいるコウタの身が危ない。
『そうだ、魔方陣………くそ!! 一度転移すると次の転移に時間が掛かるタイプか』
コウタが使った魔方陣は、輝きを失っていた。
この可能性に思い至らなかった自分に腹が立ち、しろ丸は怒りの咆吼を上げる。
すると、最下層の扉が開いた。
「な、なんだあれ……あれが災害級危険種か!!」
「大きいわね、それに強い……」
「やはり、おじ様は居ないようですわね」
「み、みんな、気合い入れて行こう!!」
現れたのは勇者パーティー、そして。
「しろ丸っ!!」
しろ丸を拾った少女・コハクだった。
巨大な白狼がしろ丸である事に勇者パーティーは驚いていたが、コハクはそれらを無視してしろ丸へ近付く。
「しろ丸、よかったぁ……」
『すまないコハク、ご主人は外に脱出した………ぐ、くそ、力を使いすぎた』
「しろ丸、ご主人様は」
『スマン、後は任せる……』
そして、勇者パーティー達の目の前で、しろ丸の身体は縮んでいく。
最終的にバレーボールサイズになり、コハクの足下をコロコロ転がった。
『うなーお』
「しろ丸、ゆっくり休んでね」
『なうなうー』
コハクはしろ丸をフカフカすると、勇者パーティー達に向き直る。
「ご主人様、外に出たみたい」
「災害級もいねぇな……しろ丸のヤツ、戦ってたんだろ?」
「たぶん、外に逃げた……見て、あそこに脱出口がある」
「では、わたくし達も外へ」
太陽達は祭壇の奥にある魔方陣に向かう。するとクリスが気が付いた。
「これ、一度転移すると、魔力が溜まるまで使えないよ」
「マジかよ、どれくらいだ?」
「うー……たぶん、もうちょっと」
「クソ……」
太陽達は、思わぬ足止めに歯がみした。
*****《アレクシエル視点》*****
アレクシエルとリーンベルを乗せた魔導車は、ようやくダンジョン近くまでやって来た。
「さーて、おっさんを探すわよ。あの乗り物を買い取って徹底的に調べるわ」
「はい。ですが、そう簡単に行くでしょうか?」
「そーね、あたしの年間研究費ってどのくらい残ってたっけ? あんな冴えないおっさんじゃ稼げないくらいの金額を提示すれば、飛びつくに決まってるわ」
「そう上手く行けばいいのですが……」
リーンベルは、コウタが金で釣られるような男性では無いと感じていた。
アレクシエルは立派だが、人間を見る目が未熟な事に本人は気が付いていない。その事をリーンベルは知りつつもアレクシエルに教えたりはしない。そういうことは自分で気が付かないとダメだとリーンベルは思っていた。
「とにかく、さっさとおっさんを………」
「アレクシエル博士、何か………」
アレクシエルとリーンベルは、上空に巨大な魔方陣が展開するのを見た。
見たことの無い魔術記号の配列に、アレクシエルは目を見張る。
「な、なにあの配列、あたしが知らない?」
「アレクシエル博士ッ!!」
リーンベルが叫ぶと同時に、魔方陣から雷が放たれる。
魔導車に直撃こそしなかったが、落雷は魔導車近くの地面を抉った。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「ぐっ!!」
魔導車が衝撃で揺れ、その機能が停止する。どうやら雷の影響で魔導車が壊れたようだ。
アレクシエルとリーンベルは何が起こったのか理解出来ず、割れた窓から外を見た。そして驚愕する。
『んふふ……さーて、カイムはドコかしら?』
魔方陣から現れたのは、巨大な虹色の翼を広げた喋る孔雀だった。
「な、なにあれ……ま、まさか、アレが災害級危険種」
「ぐ……あ、アレクシエル博士、お逃げ下さい」
「り、リーンベル!?」
リーンベルは、負傷していた。
割れた硝子がアレクシエルに向かわないように、両手でガードしたのだ。
『おやぁ? 人間のニオイがするわね?』
アレクシエルは血の気が引いた。
身体が震え、ガチガチと歯が鳴る。リーンベルは動けないし魔導車も壊れてしまった。
そして、魔導車の上空に巨大な孔雀が現れる。
『ふぅん、女の子が二匹……ふふ、そういえば私、人間の味って知らないのよねぇ』
アレクシエルは失禁した。
今まで感じたことが無い、明確な『死』がそこにはあった。
「あ、あ……」
「あ、アレクシエル博士……逃げ」
孔雀の口が開かれ、魔導車の屋根を破壊する。
剝き出しになった車内に、アレクシエルとリーンベルが現れた。
『それじゃ、いただきま~す♪』
アレクシエルとリーンベルは眼を閉じた。
これで終わり、食べられ咀嚼され死ぬ、そう思った。
『ん……ぐ、ぎゃぁぁぁッ!?』
何故か、孔雀の呻き声が聞こえた。
『な、なによ、これ……』
「え……」
「あ、あれは……」
アレクシエルとリーンベルは、孔雀の背後を見た。
フレーズヴェルグは、衝撃の正体を見た。
そこに居たのは、機銃から硝煙を吐き出す一台のトラックだった。