165・トラック野郎、危機一髪
*****《コウタ視点・96階層》*****
この階層は、どう見ても断崖絶壁だ。
俺の後ろにある石門はただの石壁になり、申し訳程度の地面、そして断崖絶壁だ。
「いや違う、こいつは浮島だ。ど、どうなってんだ?」
断崖絶壁の下は真っ暗な闇で、落ちればどうなるか考えるまでもない。四方は何も無い、本当にただの浮島だ。マジかよ、これどうすりゃいいんだ?
浮島は畳六枚ほどの広さで、石の壁があるだけ、地面は芝生、そして四方は断崖絶壁。
「あ、これ詰んだ………ん?」
『なうなう、なうなう』
しろ丸が浮島の一角に向けて吠え、その場で器用にジャンプしてる。
「どうした?」
『なうー』
しろ丸が見つめた先にある物を見て、俺は愕然とした。
「ま、まさか……これを進めって?」
俺の居る浮島からワイヤーが伸びている。
そのワイヤーの先である上空に、もう一つ浮島があった。
「じょ、冗談……だろ?」
『なおーん』
しろ丸が、俺の足下をグルグル回る。
まるで、早く進めと言ってるようだった。
「む、ムリだ、絶対ムリだ!!」
『なうーっ』
しろ丸が責めるようにグルグル回るが、無理なモンは無理だ。
怖すぎるし、落ちたら死ぬ。こんなロープ伝って上を目指すなんてムーリムリ。マジで死にます、はい。
「こ、ここで太陽達を待とう。俺みたいな一般人が行けるわけ」
と言った瞬間、浮島に亀裂が入った。
「へ……」
ピシピシと、俺の居る浮島に亀裂が入る。
なにこれ夢? まさか、ここで死ぬのか?
「ウソだろマジで勘弁してくれ……」
俺は泣きそうになりながら急ぎワイヤーロープを掴む。しろ丸は器用に俺の背中に張り付くと、次の瞬間、浮島が砕け散った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
斜めに伸びていたワイヤーがターザンのように揺れ、浮島の真下で止まる。
ちなみに本気の絶叫だ。人生でこんなに叫んだことは無い。
頼れるのは己のみ、そんな状況はマジで初めてだ。
「うぁ、うぁぁぁ……」
リアルな死の恐怖。
落ちれば死ぬ、下は真っ暗な闇、ダンジョン内なのにどうしてこんな空間が?
『なう、なうなうなうっ!』
「あ、ああ……そうだよな」
逆を言えば、落ちなければ死なない。
登り切れば、たぶん次の階層だ。
「やるよ、やってやるよ!!」
俺はやけくそ気味にワイヤーを登り始めた。
ま、そう上手くは行かないのが人生だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
グローブのおかげで手が滑る事は無いが、疲れてきた。
とはいえ休む場所なんてないし、途中で止まっても体力を持って行かれるだけ。
目測だが、頂上まで五〇メートルくらいあるのかな……やばい、考えたら腕が動かなくなる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょぉぉぉ………」
『なうぅ、なぅぅ』
肩にぶら下がるしろ丸を気にする余裕もない。
俺は何をやってるんだろう、こんな得体の知れないダンジョンでロープにぶら下がり、命綱もナシにひたすら登ってる。落ちたら死ぬ、地獄のアスレチックだ。
「ミレイナ、シャイニー、キリエ……」
なんだろう、あの三人に猛烈に会いたい。
ミレイナを抱きしめたい、シャイニーを抱きしめてキスしたい、キリエのおっぱい揉みたい、ミレイナのハダカを見たい、シャイニーとハダカでベッドに入りたい、キリエと………。
『なうなうなうっ!』
「あ、はっ……」
ヤバい、思考がおかしい。
エロい事を考えていたら、結構な距離を登った。
そうか、これが「お下劣は力なり」ってヤツか。そうだよ、あんな可愛い従業員達と一緒に居て、エロいハプニングが殆ど起きない。最後に見たのはトラックの隠しカメラで見たミレイナとシャイニーの入浴シーンだ。いや違う、キリエと全裸遭遇もあった、キリエのヤツはハダカを隠さないからな、上も下も丸見えで……ああそうだ、つい最近はコハクの身体も見たっけ。風呂から逃げたしろ丸を捕まえるために、素っ裸でオレの前に出て来たんだ。胸も大きかったし腰のくびれも美しかった……あ、そーいえばスゲーダロで月詠達のハダカも見たなぁ。太陽の野郎にコハクのハダカを見られたのは許せんが、俺も月詠達のハダカを見たしおあいこだ。月詠はスレンダーでまだ子供っぽいが、全くないワケじゃない。煌星はミレイナ以上キリエ未満って感じで、クリスはまぁ……小学校高学年くらいかな。ははは、これからの成長に期待。
『なうなうなうっ、なうなうなうっ!』
「ん、どうし………お、おお、ゴールだ!!」
いつの間にか、頂上一メートルまで登っていた。
崖に手を掛けて登り切ると、俺はそのまま地面に横になる。
『なぅぅ、なぅぅ』
「ははは……やった」
しろ丸が俺の頬をペロペロ舐める。
ミレイナ、シャイニー、キリエ、コハク、ありがとうございます。
月詠、煌星、クリスもありがとう。みんなのエロい姿を想像したら登り切る事が出来ました。
浮島には、下へ降りる階段があった。
「よし、こんな危ない場所に居たくないし、さっさと行こう」
俺は疲れていたが立ち上がり、階段を目指す。
「…………あ」
疲れていたが、下は元気だった。
元気だったのは、ほんの一瞬だった。
次の階層に降りた途端、俺の下半身は縮み上がった。
「ひっ……」
『…………』
そこは、広大な砂漠だった。
暑さもさることながら、とんでもなく巨大なバケモノが砂漠を闊歩していた。
デコトラカイザーに匹敵する巨人、後で知ったが『デモンゴーレム』という超危険種が、一〇や二〇で利かないくらいズンズン砂漠を歩いてる。他にも巨大なサソリやトカゲがたくさん居た。
デモンゴーレムの一匹が、逃げるトカゲを捕まえ、そのまま口の中へ放り込んだ。
「…………」
終わった。
あまりの衝撃で動けない。それにこの砂漠はスナダラケ砂漠みたいな地形で、身体を隠す遮蔽物がまるでない、つまり………俺の姿は丸見えだ。いつのまにか階段は消えていた。
「げ、や、やば……」
『フシュルルルルルルル……』
巨大トカゲと目が合った。
トカゲは迷わず俺に向かってくる。ちくしょう、死んでたまるか!!
「ここ、この……」
カービン銃なんて効きやしないだろうが、牽制にはなる。
だが、引き金を引いても動かない……あ、安全装置外し忘れた。
「あ」
目の前に、トカゲ。
大きな口を開けて。
『下等生物が、ご主人を喰らうと言うのか?』
そう聞こえた瞬間、トカゲは切り刻まれ肉片となった。
「え……」
肉片と共に風が舞い、返り血を浴びる事は無かった。
呆然としていると、足下から声が聞こえる。
『この程度の雑魚、我の相手にもならん。ご主人よ、下の階層を目指すのならさっさと行こう。ここは暑くて適わん』
足下を見ると、小さくてフカフカのしろ丸が俺を見上げていた。
ハスキーなダークボイスが聞こえたが、まさか……。
『ああ、この姿じゃご主人を乗せられんな』
すると、しろ丸の身体がモコモコと膨張する。
バレーボールがトラック並の大きさに変わり、巨大な白狼に変化する。
『この姿では初めましてだな、ご主人』
「し、しろ丸、なのか?」
『見てわからんか?』
「うん」
即答した。だってしろ丸の姿の欠片もない。
しろ丸は俺に顔を寄せてきた………ああ、撫でろって?
『ご主人、ご主人の事は我が守る。さぁ乗れ』
「え、あ、はい」
俺は言われた通り、しろ丸の首元あたりに乗った。
これ、めっちゃフカフカしてる。間違いない、しろ丸だ。
『デモンゴーレムにデザートスコーピオン、ランドリザードにサンドウルフ……はぁ、雑魚ばかりか不味い連中ばかりでエサにもならんな。スンスン………ふむ、階段はあっちか』
結論、しろ丸は最強だった。
モンスターを蹂躙し、俺が振り落とされない程度の速度で階段を目指した。
向かってきたデモンゴーレムは鎌鼬でバラバラの肉片になり、ランドリザードとかいうトカゲは威嚇したら一目散に逃げ出した。そりゃそうだよ、しろ丸は最強の『六王獣』の一体で、災害級危険種なんだから。
こうして、97階層は二〇分で攻略した。