164・トラック野郎、進む
*****《コウタ視点・95階層》*****
抜き足、差し足、忍び足。
全身を集中させろ、足下の枝一本ですら踏みしめるな、目の前のフワフワしろ丸に細心の注意を払え。
『なうなうなう……』
「………」
現在、俺は匍匐前進で進んでいた。
身体中に木の枝や葉っぱを差し、プロテクターと顔に泥を塗った。プレ○ター対策じゃない、周囲に溶け込みモンスターに気付かれないような細工だ。こんなことなら迷彩柄の装備で統一すればよかった。
『なう………なうなう』
「そっちか……」
しろ丸が地面をクンクン嗅ぎながら進み、ひたすら息を殺し進む。
出来ればしろ丸も泥塗れにしたほうがいいのだが、どうしてもこの真っ白なフカフカを汚すことが出来ずにそのままにした。命が掛かった状況でもしろ丸のフカフカは惜しい。
『うなーお』
「ん、大丈夫だ。ありがとな」
『なおーん』
しろ丸はたまに振り返り、俺を心配してくれる。
ぶっちゃけ匍匐前進は疲れたが、そんな事を言ってられる状況じゃない。
この森を進んで(這って)わかったが、どうやらここは迷宮タイプのダンジョンみたいだ。モンスターは巨大でどれも超危険種レベルがゴロゴロだが、特に戦わなくて済むし安心だ。
そして這うこと一時間、ついに到着した。
「……あれか」
『うなー』
藪の中から覗いてみると大きな石門が見える。そして、門の奥には階段らしき物も見えた。どうやら間違いない、下へ続く階段だ。
「………どうやって行けって?」
石門の前には、巨大なトカゲが昼寝していた。
やはりここは匍匐前進しかない。
見つかればそこで終了。丸呑みコース一直線。
「い、い、い………いくぞ」
息を吸ってーーーー、吐くーーーーっ。よし、行ける。
俺は呼吸を最小限に抑え、ゆっくりと藪から匍匐前進する。
しろ丸は俺の背中に乗って丸くなり、俺はトカゲを見ないように、ゆっくり数センチずつ前進した。
『フゴォォォォォ、フゴォォォォォ……』
めっちゃ寝てる。
トラックよりもデカい真っ黒でゴツゴツしたトカゲだ。たぶん、この階層のボスかもしれない。
駆け出したい気持ちを抑え、とにかく安全に、確実に進んで行く。
石門まで残り一〇メートル、ようやくここまで来た。
背中は汗だく、顔も汗ダラダラだ。もう少し、もう少し………。
『フゴォォォォォ……、フゴ、フゴゴ……』
「………」
なんか呼吸が乱れてる。
イヤな予感がする、あと八メートル、あそこを潜れば安全、トカゲの体格じゃ門には入れない。
『フゴルルルル………?』
起きた。
俺はしろ丸を抱え、身体が硬直する前に立ち上がりダッシュした。
『フゴ、フガァァァァァァッ!!』
「ひぃぃぃぃッ!!」
一瞬で気が付かれ、威嚇される。
だが俺はすでに門を抜け、振り返らずに階段をダッシュで降りた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
なんとか階段を降りると再び扉があった。この先に進むしかないが、どうにも気が乗らな………ん?
「これ、おい……ウソだろ? きゅ、『96階層』だと!?」
扉には、異世界数字で『96階層』と書かれていた。
つまり、太陽達とは七〇階以上離れた場所にいるという事だ。
「マジか………どうなってんだよ」
『なう?』
離れた場所だとは感じていたが、まさかここまでとは。
でも、落ち込んでもしょうが無い。このまま太陽達と合流するまで、この扉の前で待つのがいいかも。階段の上を見る限り、さっきのトカゲやモンスターが入ってくる気配は無いしな。
「よし、メシでも食う」
だが、現実は甘くない。
何もしてないのに扉が開かれ、謎の力で身体が押された。
「うおわっ!? ちょ、な」
慌てて戻ろうとしたが、扉は閉じてただの石壁になってしまった。
「ちくしょう、何だよこれ!!」
思わず鉄板入りのジャングルブーツで壁を蹴るが、ビクともしない。
諦めて振り返り………絶句した。
「…………なにこれ」
目の前は、断崖絶壁だった。
*****《勇者タイヨウ視点・41階層》*****
オレ達は順調にダンジョンを攻略していた。
ボスモンスターを月詠が殴り殺し、現れる雑魚集団をクリスの魔術で一掃し、ミニゲーム的な階層もあり、現れる的を打ち落とすなんて階層では煌星の独壇場だった。あれ、オレ役に立ってなくね?
おっさんには申し訳ないが、ダンジョンは楽しかった。災害級危険種が下で待ち受けてるなんて忘れそうになる。
「次の階層は何だろうな」
「そうね……これまでの階層ごとの法則で行くと、迷宮だと思う」
月詠のやつ、階層事のメモまで取っていた。
それを見ていると、煌星がクスリと微笑む。
「太陽くん、わたくし達の目的は災害級危険種の討伐ですが、可能ならダンジョンの調査もお願いしますと仰られてましたよ?」
「そ、そうだっけ? ははは、忘れてたぜ」
「恐らくだけど、これほどのモンスター、階層の難解さ、そしてお宝の価値からして、ここは『最上級総合ダンジョン』に指定されるわね」
「最上級総合ダンジョン? なんだそりゃ?」
「えーとね、私達にはあんま関係ないけどー、冒険者のランクに応じて入れるダンジョンが決まってるの。最上級総合ダンジョンは、上級~特級冒険者じゃないと入る事は許されないんだよ」
何故かクリスが説明してくれた。
オレ達からすれば、ここに出てくるモンスターなんて雑魚もいいところだが、初級~中級冒険者はブルホーン一体ですら苦戦する。おっさんが勝てたのは近代兵器の力があったからだ。この世界に手榴弾なんてないし、カービン銃なんてもってのほか。本来なら剣や魔術で倒さなくちゃならない。
「じゃあ、オレらが災害級を倒せば、ここは正式なダンジョンに認可されんのか?」
「そうかもね。後日、正式な調査隊が改めて調べると思うけど」
そりゃ面白い。ちゃんとしたダンジョンになったらまた来たい。
今度は純粋にダンジョンを楽しみたいし、他のダンジョンにも潜ってみたい。
「…………」
「あ、コハクさん……その、はしゃいでゴメン」
「いい、ご主人様はきっと大丈夫だから。しろ丸もいるし」
「しろ丸って……しろ丸、大丈夫かなぁ」
クリスはおっさんの家に世話になってた時、ずっとしろ丸と一緒だったからな。心配になる気持ちはわかる。
するとコハクさんは立ち止まった。
「…………」
「どうしたんですか? コハクさん」
オレ達も立ち止まり、月詠がコハクさんに聞く。
「みんな、災害級危険種を倒してるんだよね?」
「は、はい。魔王軍が放ったモンスターですし、危険なモンスターだし……それに、オレ達が玄武王を倒した報復として放たれたモンスターでもあるし、オレ達が責任を取らないと」
「…………あのね、聞いて欲しいの」
迷宮の通路のど真ん中で、コハクさんは言った。
「しろ丸は、ホントは災害級危険種なの」
「え……」
「あれは仮の姿、ホントはすっごく大きくて強いの。でも、あの赤い豹に殺されかけて小さくなった……そこで、わたしが拾ったの」
オレ達全員が絶句する中、コハクさんは説明した。
しろ丸……臥狼ヴァルナガンドは、人間を襲う事に反対し兄である豹帝オセロトルと対立したこと、そして戦い敗北し弱体化したこと、コハクさんに拾われ、コハクさんおっさんに買われ、アガツマ運送会社のマスコットになったこと、クリスをホーリーシットに送る途中でオセロトルの襲撃に遭い辛くも撃退したが、近くの集落を襲うと宣言したのでシャイニーブルーさんとコハクさんとしろ丸で迎え撃ったこと、そしてしろ丸はオセロトルを倒し、またあの姿に戻ったこと。
「じゃあ、オレ達が出会ったあの豹がケガしてたのって」
「わたし達でやった。逃げられちゃったけどね」
「マジか……」
月詠は手で頭を押さえ、煌星は口を覆い、クリスはポカンとしてる。
全員の反応を確認したコハクさんは、オレ達に言った。
「みんな、わたしやご主人様のために戦ってくれたし守ってくれた、だから話した。お願い、しろ丸を殺さないで」
オレ達は顔を見合わせ、どうしたモンかと悩む。
すると突然、全身がピリッとした。
「もし、しろ丸を殺すなら………戦わなくちゃいけない」
「こ、コハクさん……」
コハクさんは強い。
1対1で勝てるかは、オレでも怪しい。
「だいじょーぶ、しろ丸は殺さないよ。あーんなカワイくてフカフカな子を殺すなんてあり得ないしー」
「ちょ、クリス!?」
「ツクヨ、臥狼ナンチャラは時期を見て討伐したって報告しよ」
「で、でも……」
「私、おにーさんの会社で生活してた時、しろ丸はずっと一緒に居てくれたの。淋しくて、悲しくて、辛くて……でも、しろ丸は私の胸に飛び込んでフカフカしてくれたの。あーんな優しいフカフカが悪い子なワケないよ」
「フカフカ……ふふ、そうですわね。それに、人間を守るために戦ったというのは本当でしょうね、コハクさんがウソを付く理由がありませんし」
「煌星、あんたまで……」
「ま、いーんじゃねーの? クリスも煌星もこう言ってるしよ」
「太陽………はぁ、仕方ないなぁ」
と、言いつつ月詠も苦笑してる。
きっとあのフカフカが気に入ったか、忘れられないんだろうな。
「みんな……ありがとう」
コハクさんは、ペコリと頭を下げた。
「じゃ、さっさと先に進もうぜ。しろ丸が居るならおっさんは安全だろーしな」
オレ達は再びダンジョンを進む。
まさかあんな事に、あんな結果が待ち受けてるとは思わなかった。