162・蒼き姉妹の二重奏①/輝きの蒼と瞬きの蒼
ウィンクは双剣が収められてるケースを抱えながら、アガツマ運送会社までの道を歩いていた。
「·········」
心臓が高鳴る。
まだかなり距離があるはずなのに、緊張しているのがわかる。
ウィンクがシャイニーを初めて見たのは、ウツクシー王国の謁見の間。
ウィンクは国王に仕える主席槍士として、フィルマメント国王に食って掛かるプルシアンを冷静に眺めていた。
見ただけでわかる。腹違いの姉であるプルシアンは、作られた笑顔の裏で悪どい事を平然とやってのける顔の持ち主だ。現に、国王に食って掛かるプルシアンの顔は醜く歪んでいた。
国王に手を伸ばしでもすれば、腹違いの姉であろうとも手を下す覚悟はあった。だが、突然乱入した勇者パーティーと数人の男女が全てをぶち壊した。
そう、本当の姉であるシャルルブルーム、いや、シャイニーブルーの手によって。
ウィンクは、姉が犯罪を犯して追放された事は知っていた。だが濡れ衣だと聞いて驚き、納得もした。
父から聞いた姉のイメージは天真爛漫で、国宝を盗み出し破壊するような人だとは思えなかったのである。
そして、シャイニーブルーの復讐が始まり、その強さと剣技に惚れ惚れした。
冒険者最強の七人と呼ばれる内の一人を降し、腹違いの姉であるプルシアンを豪快にぶん殴った。
ウィンクは、その豪快な姿に憧れ、尊敬した。
「··········もうすぐ、会える」
彼女は、自分を妹だと気が付いてくれるだろうか。
この双剣を見て、どんな反応をするだろうか。
高鳴る心臓を抑え、ウィンクは歩く。
まだかなりの距離があるが、心を落ち着かせるために敢えて歩く。
そして、ついに到着した。
「ここが······」
アガツマ運送会社。
公園の敷地半分が会社の土地で、オフィスとなる三階建がある。建物の脇に大きな横長の倉庫があった。後で知った事だが、トラックやエブリーを置くガレージと、荷物倉庫というらしい。
入口には看板があり、『本日定休日』と記されていた。
「誰か、いるかな······」
ウィンクは敷地に入り、来客用ドアを引く······しかし、カギが掛かっていたので開かない。
どうしようと悩んでいると、ガレージ脇にドアがあった。呼び鈴もあるのでここも出入り口だろうと思い、呼び鈴に手を伸ばした。
「アンタ、今日は休みよ」
そして、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
出会いは、突然だった。
「今日は休みなの、悪いわ·········え」
「あ······」
シャイニーブルーとウィンクブルー。
蒼い髪をポニーテールにしたスレンダーな美少女、シャイニーブルーと、同じくミディアムヘアの蒼い髪を低めのお団子で括った美少女、ウィンクブルー。
身長はシャイニーの方が高い。ウィンクは少し見上げる形になる。
お互いがお互いを観察し、先に口を開いたのはシャイニーだった。
「·········アンタ、ウツクシー王国の王族ね? アタシに用事かしら?」
「え、あ······はい」
「何しに来たか知らないけど、立ち話もなんだし上がりなさいよ。お茶くらいは出してあげる」
「·········」
シャイニーは、ウィンクが妹だとは気が付いていない。それもそのはず、シャイニーは妹の存在すら知らない。
だからウィンクは、先手を打った。
「初めまして。私の名前はウィンクブルー、今は無きウツクシー王国の王族です」
「知ってるわよ。その蒼い髪と瞳が何よりの証」
シャイニーは、何を今更と言った表情で言う。
だが、ウィンクの話は止まらない。
「父はフィルマメント、母は······シャローナ」
「え······」
シャイニーの表情が凍る。
ウィンクは頭を下げ、シャイニーの視線を正面から受け止めた。
「初めまして。私は貴女の妹ウィンクブルーです」
スッキリとした何かが、ウィンクの中を満たしていた。
アガツマ運送会社のオフィスで、ウィンクはカフェオレを飲んでいた。
「なーるほどねぇ······ってか、何よアタシの悪影響って。そりゃ礼儀作法なんてクソ喰らえだって思ってたし、海で泳ぐのは好きだったし······」
ウィンクの出生を話すと、シャイニーはブツブツ言う。
そして、ウィンクの顔をジッと見つめた。
「それにしても、妹ねぇ······」
「事実です。私と貴女は血縁関係にあります」
「別に疑ってないわよ。ふーん、へーえ、ほーお······」
「な、何でしょうか」
「別に。それより、それ美味しい?」
シャイニーは、ウィンクの持ってる紙パックのカフェオレを指差す。
「はい、甘くてまろやかでとても美味しいです。クセになりそうな味ですね」
「でしょ? ミレイナやキリエはあまり飲まないから、この美味しさを分かち合える人間が居なかったのよ」
「はぁ······ところで、お一人ですか?」
「ええ、あと二人······あー三人いるけど、夕飯の買い物して帰るってさ」
「夕飯······」
「良かったら、アンタも食べて行きなさいよ」
不思議だった。
話すのは初めてなのに、不思議と会話が弾む。
居心地の良さに、当初の目的を忘れそうになる事を恐れ、ウィンクは表情を切り替えてシャイニーに向き合った。
「あの、大事なお話があります」
「······なに?」
シャイニーもウィンクの雰囲気が変わった事に気が付き、姿勢を正して聞く。
「現在、私は勇者パーティーに属し、日夜モンスターとの戦いの日々を送っています」
「勇者パーティー······ってことは、アンタも」
シャイニーの視線はウィンクの腰の武具へ向く。
「はい、これは勇者専用の武具です。その前に、貴女に伺いたい事があります」
「なに?」
「以前、私達勇者パーティーは、聖王国から依頼を受け、災害級危険種の討伐に向かいました。そして、とある二つの集落が狙われる事を察知し、片方の集落へ向かいました。ですが······狙われたのは、もう片方の集落。私達の選択は間違っていました」
「·········」
「絶望の中、私達は諦めずに狙われてる集落へ向かいました。そしてその途中、負傷した災害級危険種と出くわし、討伐をしました」
「······ふーん、倒したんだ」
「はいそこで見つけたのです。ボロボロにひび割れた、蒼く透き通るような剣を」
シャイニーの眉がピクリと動く。
「貴女が、あの災害級相手に戦ったのですね?」
「そーよ。ま、倒せずに逃げられたけどね」
シャイニーは、あっさりと認めた。
ウィンクは、ようやく疑問の答えを聞けた。
「教えて下さい。何故、あれほどの強さを持つモンスターに立ち向かえたのですか? 特殊な武装を持ってるわけでもない、軍勢を率いていたわけでもない、災害級というこの世界では最強クラスのモンスター相手に、どうして······私は、貴女の強さの理由が知りたい。もっと強くなるために」
「ふーん。そんなの、集落の人達を守るために決まってるじゃない」
「え」
なんの迷いもなく返された答えに、ウィンクはフリーズした。
シャイニーは、不思議そうに質問を返す。
「アンタも騎士団やってたならわかるでしょ? あそこには子供やお年寄りもたくさんいたし、家畜や畑もあった。捨てて逃げる事なんて出来ないでしょ?」
「で、ですが、相手は災害級危険種で」
「それがどうしたの? それに、アタシが負けるワケないじゃん!!」
「·········」
ウィンクの頭はオーバーヒート寸前だった。
全く以て合理的でない、考えがあるようでない、本能のまま戦い、そして現実に勝利した。
「で、では、貴女の強さは」
「強さ? そんなの決まってるじゃん。アタシは最強、それだけ」
「·········」
「大体、アンタは考えすぎなのよ。相手がどんなヤツとか、どんな考えとか、戦いになれば関係ないわ。どんなヤツが相手でも全力を尽くして戦う。それがアタシのモットーであり、アタシの強さよ」
「ぜ、全力······」
「そ、全力。イチイチ面倒くさい事を考えなくていーの、とにかく全力でヤレばいーのよ」
ウィンクには、まるで理解できない考えだった。
姉の強さの理由、それは考えずに戦う事。ウィンクが今まで習った事のない答えであり、理解出来ない故に納得も出来た。
「そう、ですか······ははは、考えすぎですか」
「そーね。アンタはもっとバカになっていーんじゃない? なーんか堅苦しいのよ」
「それは······」
「ま、勇者タイヨウと居ればすぐに分かるわ。アイツは強いけどバカだしね」
シャイニーは、楽しく笑う。
ウィンクも、つられて笑った。
「ありがとうございます。何か掴めたような気がします」
「そ、よかったわ」
「では、最後にお願いがあります」
「なに?」
ウィンクに戦意が帯びたのを、シャイニーは感じ取る。
「貴女の強さを感じたい······真剣勝負を」
「······嬉しいけど、今は」
ウィンクは、足元のケースをテーブルに載せ、シャイニーに向けて蓋を開けた。
そこに収まってる双剣を見て、シャイニーの表情が変わる。
「こ、これ······」
「『海蛇サーペンソティア』の龍核と『豹帝オセロトル』の牙を使い、ゴンズ武具店の店主に作って貰った、貴女専用の双剣です」
「さ、サーペンソティアって······」
「父上から伝言です、『また、遊びに来てくれ』と」
「·········」
シャイニーは、双剣を手に取る。
「馴染む·········前の双剣より」
「名称は『親愛双剣ナルキッス&セイレーン』です。これなら問題ないでしょうか」
「·········いいわ。料金代わりに全力で相手してあげる」
シャイニーとウィンクは、不敵に微笑んだ。
次回、久しぶりのコウタ視点。絶体絶命から始まります。