160・アガツマ運送のお話③/歩み寄るための第一歩
*****《アガツマ運送》*****
アガツマ運送は、ニナのおかげでいつもと変わらぬ仕事をする事が出来た。
ニナは愛想も良く、お客様からの評判も良かった。それにギルド長という役職柄、書類整理などの事務作業も得意で、配達のない日はミレイナとキリエの仕事を手伝い、アガツマ運送に貢献していた。
ニナがシャイニーの心中を知り、ウィンクと出会ってから数日後の事だった。
お昼、ミレイナ特性のシーフードパスタを食べながら、ミレイナがニナに提案した。
「ニナさん、よろしければここに住みませんか? 部屋は余っていますし、仕事終わりにギルドへ帰るのも大変でしょうし······」
「む、しかし······」
「そ、それに、お昼だけじゃなくて、朝昼晩一緒にご飯を食べれますし、オフィスは真下ですから遅刻もしないし」
「ミレイナ、私は遅刻した事はないぞ?」
「え、ええと」
「ニナさん、ミレイナはニナさんと一緒に暮らしたいそうですよ。ねぇミレイナ?」
「う、うぅ······」
顔を赤くしたミレイナは俯いてしまう。
そんなミレイナをニナは可愛いと思い、それと同時に嬉しく思う。こんな合理主義の自分が必要とされているなんて、と。
ニナはチラリとシャイニーを見るが、シャイニーは何の感情も浮かべずにパスタを啜る。
「シャイニー、貴女はどうですか?」
「······別に、いいんじゃない?」
キリエの問い掛けにも素っ気無く答え、残りのパスタを完食する。
「ごちそーさま」
シャイニーは、そのまま部屋に戻ってしまった。
ニナとシャイニーの二人は仕事を順調にこなし、事務的だが会話もある。
シャイニーの想いを受け止めたニナだが、自分の想いをシャイニーに伝えていない。自分勝手で虫のいい話だが、ニナも正直にシャイニーに打ち明けるつもりだった。
なので、夕食時に今朝の答えを告げる。
「ミレイナ、今朝の話だが、ここで世話になってもいいか?」
「もちろん、大歓迎です!!」
「ふふ、楽しくなりそうですね」
「ふん······」
翌日、ニナは着替えを詰めたカバンを持ってやって来た。
ミレイナとキリエが掃除した部屋に荷物を置き、着替えを済ませてダイニングルームへ。
「えへへ、今日も腕によりをかけて作りますね」
「ああ、期待してる」
何が嬉しいのか、ニナにはわからない。
こうして女性だけでの生活に、新しくニナが加わった。
仕事が終わり、シャイニーは一人シャワーを浴びていた。
蒼く美しい髪は腰下まで流れ、水を吸って真っ直ぐに伸びている。手入れは大変だが、髪の色と長さはシャイニーの自慢の一つだった。
「はぁ······」
身体を洗い、髪も丁寧に洗う。
コウタが出掛け、ニナが来てから、シャイニーの調子は少しづつ落ちていた。
愛剣・愛鎧の消失も合わせ、心身ともに弱っていくのがわかる。大量生産の安い鉄剣じゃ自主トレーニングにも身が入らない。それに何よりも、ニナに打ち明けた本音がシャイニーを苦しめていた。
「そりゃ、アタシが悪いわよ。でも······」
ニナに言った言葉は、紛れもない本心だ。
大勢の前でクビを宣告され、晒し者にする事で冒険者達の秩序を取り戻す。それはシャイニーを利用して捨てた、姉のプルシアンと重なる。
「······でも」
でも、ニナには恩がある。
鍛えてくれた、育ててくれた、思い出や強さをくれた恩がある。
許せない気持ちはあるが、完全には嫌いになれない。だからこそ素っ気無い態度しか取れずにいた。
「······バカ」
それは、誰に当てた言葉なのか。
そして、浴室のドアが開かれる。
「入るぞ」
「え······」
振り向くと、一糸纏わぬニナがそこにいた。
「な、なによアンタ······」
「久しぶりだろう? 昔はよく背中を流してくれたじゃないか」
「そ、それはアンタが無理矢理······」
「ふふふ、昔のお前は風呂嫌いだったからな。モンスターの返り血を浴びてもシャワーすら浴びなかった頃が懐かしいな」
「う、うるさいわね」
シャイニーはとっさに胸を隠すが、それを見たニナは呆れて溜息を吐いた。
「何を恥ずかしがってる?」
「······む、べ、別に」
シャイニーは堂々と胸を張り、ニナに向き直る。
ニナとは対照的に、慎ましい乳房を見せつけた。
「で、何か用事?」
「ああ久しぶりの裸の付き合い、そして······私の本音を聞いてもらおうと思ってな」
「······」
「ほら、背中を流してやる」
シャイニーは、大人しく背中を向けた。
ニナは見た事のない容器に入ってるボディソープ(コンビニの商品。コウタが買い浴室に置いた)をシャイニーに教えてもらいながら手で泡立て、シャイニーの背中をマッサージする。
「っ、ぴゃうっ⁉」
「お前、その変な声治ってないのか?」
「う、うるさ······うぴゃっ!」
しばらくすると、シャイニーの声が収まる。
肩を揉み、背中を指圧すると、シャイニーの表情はリラックスしていく。
「確かに、私は冒険者の秩序とお前を天秤に掛けた。そして······冒険者達の秩序を選んだ」
「··········」
「そこを言い訳するつもりはない。だが、私はお前の事を捨てたつもりはないし、蔑ろにしたつもりもない。私は·········お前が心配だった」
「心配?」
「ああ。考えてみろ、私の教え子で、私を慕ってくれた可愛い弟子を蔑ろにすると思うか? お前に『七色の冒険者』の称号を譲ったのも、お前が冒険者の誰よりも相応しいと思ったからだ」
ニナのマッサージは止まり、シャイニーは振り返る。
ニナは、優しく微笑んでいた。
「だがお前は『七色の冒険者』の称号に囚われ、無茶な依頼を一人で請け負ったり、規則違反をしても依頼を成功させるようになった。お前に自覚はないだろうが、あの頃のお前は強さを求める事と、称号に相応しくあろうと、取り憑かれたように剣を振るっていた」
「あ、アタシはそんな」
「事実だ。私は悟ったよ、お前は強い、だがそれ以上に脆い。二つを抱えて戦えるほど器用じゃない。このままではいずれ死ぬとな」
「っ······」
ニナの微笑みは苦しげに変わる。
「だから私はお前を除籍処分にすると決めた。並大抵の理由ではお前は決して納得しないだろうと思い策を巡らせていたところ、ヴェノムドラゴンの騒ぎがあった。そしてそれを利用してお前を除籍処分にした。今だからこそ断言する、冒険者の秩序はついでだ」
「な、つ、ついで、ですって?」
「ああ、私がお前を除籍処分にした真の理由は、可愛い愛弟子のお前を死なせたくないからだ」
ツゥ、と······ニナの瞳から涙が零れ落ちた。
様々な想いが溢れ、涙となって零れ落ちる。そしてニナはシャイニーを正面から抱き締める。
「こんな事を言ってももう遅いのはわかってる。お前を利用した事に変わりはない。勝手だが······今のお前を見て、この選択は間違っていないと思える。この会社で働くお前は、冒険者時代よりも輝いてるぞ」
「あ······」
シャイニーの瞳からも涙が溢れ、零れ落ちた。
ニナの背中に手を回し、震える声で言う。
「最初から、そう言いなさいよ······バカ」
「なんだ、信じてくれるのか······?」
「だって、アンタは嘘ついてない。話を聞けばわかるわよ······」
「そうか······」
この日、二人は和解した。
まだ完璧ではない、小さな一歩を踏み出しただけ。
それでも、その一歩はとても価値のある第一歩だ。
二人の様子を見に来たミレイナとキリエは、脱衣場で二人のやり取りを聞いていた。
「さて、明日も忙しくなりそうですね」
「そうですね、でも······きっと大丈夫です」
「ええ、ふふふ」
ミレイナとキリエは、お互いに微笑み合った。