155・シスター・オブ・ブルーハーツ②/ニナとウィンク
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*****《ニナ視点》*****
アガツマ運送での初日を終えたニナは、ミレイナに誘われた夕食を丁重に断り、住まいである冒険者ギルドの宿泊施設へ戻ってきた。
平静を保っていたが、いざシャイニーに想いをぶつけられると心が揺らいでしまった。
シャイニーに否があるとはいえ、ゼニモウケに所属する冒険者のために、ニナがシャイニーを切り捨てた事は事実だ。
だが、それだけではない。強さを求めていたシャイニーは、自分より他人を優先し過ぎ、何度も危ない目に合う事が多かった。
ルール違反の殆どが、自分のためではなく誰かのために身体を張った結果である事も、ちゃんと理解はしていた。
だけど、ルール違反はルール違反。それに、シャイニーの自己犠牲体質は病気のような物であり、このまま冒険者を続けていればシャイニーは間違いなく、必ずどこかで命を落とす。
だからこそ、ニナは冒険者達のために、シャイニーのために、自分が恨まれ憎まれようともシャイニーを追放する決断を下したのである。
「全て、私の自己満足だがな······」
ニナはベッドに身体を投げ出し呟いた。
もう、かつてのようには戻れない。ニナを慕いつつもライバルとして共に戦ったシャイニーブルーはもういない。
そうなるように決断をしたのはニナだ。でも、今となって後悔している。
あの時、謹慎程度の処罰で終わらせていれば、シャイニーは冒険者として戦っているだろうか。
「······バカか、私は」
ニナは考えるのをやめ、食事も取らずにベッドに入った。
*****《ウィンク視点》*****
商業都市ゼニモウケに、ウィンクは到着した。
馬を飛ばして来たが、ウィンクも馬も相当な疲労が溜まっている。日も高いが今日はやすむことにした。
「······今日は宿を取ろう」
馬を労るように撫で、疲れた足で歩き出す。
ウィンクは少しだけ贅沢をし、個室に風呂がある宿を選んだ。
馬を宿の厩舎に預け、お金を払って新鮮な野菜と水をたっぷり与えるように頼むと、自分も部屋に入る。
「······う」
何気なく自分のニオイを嗅いだが、相当臭う。
荷物の下着や着替えを全て出し、まだ着ていない服と下着に着替え、残りを全て宿屋に預けて洗濯を依頼する。
その間、部屋の風呂にお湯を貯めて久しぶりの入浴を楽しむ事にした。
「はぁ……久しぶりだな」
服を脱いで裸になり、湯船の前にシャワーで汚れを落とす。
同世代の少女に比べると胸は小さいが、しなやかでスベスベした肌をお湯が伝い、旅の汚れがキレイに流れていく。
「ふぅ······」
汚れを落とし湯船に浸かる。
疲れが溶け落ち血行も良くなり、ウィンクの顔も自然と穏やかになる。
最近ずっと干し肉や乾燥野菜のスープだったので、今日は久しぶりに贅沢でもしよう、ウィンクはそう考えた。
騎士団に在席していた時は、こんな考えを浮かべた事はない。
太陽達の影響だろうか、ウィンクも変わっていた。
久し振りに温かく豪勢な食事を戴き、その日のウィンクは泥のようにぐっすり眠った。
翌日、疲れが溜まっていたのか、起床したのはお昼の手前であり、自分が思った以上にたるんでると頭を抱えたウィンクは、朝食もそこそこに厩舎へ向かい、その日は愛馬にマッサージを兼ねたブラッシングをみっちり行った。
夕食を終えたウィンクは、明日こそ目的地へ向かおうと早めの就寝をする。
「冒険者ギルド……」
ベッドに横になったウィンクはポツリと呟き、そのまま眠りについた。
翌日、ウィンクは徒歩で冒険者ギルドへやって来た。
念のため装備一式に『海流槍ネプチューン』を持ってきている。ネプチューンの柄は伸縮が可能で、伸縮させた槍を腰のベルトに下げている。
冒険者ギルドには屈強な男性や複数のグループ、魔術師の女性や弓士、女性だけのグループやウィンクよりも若い少年少女のパーティと、組み合わせは様々だった。
「ウツクシーはそうでもなかったが、やはり冒険者は人気なのか……」
そう呟き、ウィンクはギルドのドアを潜る。
商業都市なだけあり依頼も豊富なのだろう、受付カウンターは広く、依頼掲示板には何枚もの羊皮紙が貼られている。
掲示板で依頼を物色してる若いパーティや、ギルド内に併設されてる飲食スペースで玄人の冒険者が酒盛りをしている。
いろいろな人が居るが、シャイニーブルーの情報を集めるのに最も適した人物。
「冒険者ギルド長、ニーラマーナだな」
『蒼』を司る『七色の冒険者』であり、ウィンクと同じ槍の使い手。ゼニモウケ内で彼女に並ぶ槍使いは存在しないらしい。情報源としても個人的にも大変興味があった。
ウィンクはさっそく受付に向かい、面会を希望する。
「こんにちは、ご依頼でしょうか?」
「いや、ギルド長に面会したい。会えるだろうか?」
「失礼ですが、ご用件は?」
「姉……いや、前『七色の冒険者』であるシャイニーブルーの情報が知りたいんだ。元冒険者なら、ギルド長に聞けばわかると思ってな」
「……少々お待ち下さい」
受付嬢は奥の部屋へ向かった。
それから間もなくして、受付嬢と共に青い髪の女性が現れる。
「………」
「失礼、ゼニモウケギルド長・ニーラマーナ殿とお見受けする。私は勇者パーティーの一員であり、元ウツクシー王国主席槍士ウィンクブルーと申します」
「ウツクシー王国……そうか、シャイニーブルーの関係者か」
「はい、そうです。是非貴女に伺いたい事が」
「……いいだろう、場所を変えよう」
ニナはウィンクを連れ、ギルド裏手にあるカフェに入る。
カフェのマスターはニナを見るなり、二階の個室に案内した。
「ここは行きつけでな、私は常に特別待遇なのさ。それに今日は依頼先の運送屋が休日でな、ちょうど時間が空いていた」
「なるほど……」
少し子供っぽい微笑みに、ウィンクの警戒心は緩む。
紅茶とクッキーが出され、個室内は二人だけの世界になる。
「で、何が聞きたいんだ?」
ウィンクは、緊張しつつ口を開いた。
ウィンクは、ニナがシャイニーの師匠である事をここで初めて知った。なので、シャイニーの事情をどれほど知っているか聞いたところ、隠し事をしてる事は知っているが、それらの事情は一切知らないという事を聞いた。
だが、ニナの勘は鋭く、ウィンクが血縁関係である事をすぐに看破した。
「妹か······なるほどな」
「そうです。しかし、彼女は私の存在を知りません。私が彼女の事を調べてるのも、私には無い、私の求める強さを彼女が持っているような気がしたからです」
ニナは、ウィンクからウツクシー王国での事件を聞いた。
姉に追放されたこと、復讐を終わらせたこと、その過程でアインディーネを降したことなどの詳細を聞いた。
「·········なるほどな。私は、あいつの姉と同じ事をしたのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
話を終えたウィンクは、改めてニナに聞く。
「姉の師である貴女なら、姉の事をよく理解してると思います。姉がどのような人物なのか、教えて下さい」
強く、真っ直ぐな瞳だった。
雰囲気こそ違うが、似ている姉妹だとニナは思う。
「私の知るシャイニーブルーは、真っ直ぐで努力家で、誰かの為に血を流し泥を被るようなヤツだった。そのおかげで、ギルドに何度も被害を出した事もあるし、ヤツ自身が死にかけた事もあった。だが、不思議とヤツを憎んだり蔑んだりする仲間は誰もいなかった」
単独行動が多かったのは、危険な仕事の時だけ。
冒険者なりたての新人を連れ、薬草採取やゴブリン退治などで手柄を譲ったり、仕事終わりに食事を奢ったりして周囲からも好かれていた。
シャイニーブルーは、目的のために冒険者になり強さを求めていたが、決して冷たい人間ではなかった。むしろ、周りを気遣う事の出来る、尊敬できる冒険者だった。
シャイニーブルーに追放を宣言した時、少なからず撤回を求める声はあった。
それは皆、シャイニーブルーに世話になった冒険者達ばかりで、彼女の人望の現れでもあった。
「あいつは真っ直ぐだ。好きな物は好きと言うし、嫌いな物は嫌いと言う。自分に自信がある、まさに冒険者の鑑だった」
「······」
「すまんな、こんな事しか言えなくて」
「い、いえ······」
ウィンクは思った。
何故、この女性は泣きそうな顔で語るのだろう、と。
「ありがとうございます、参考になりました」
「ああ、良かった。他の意見が聞きたいのなら、ゴンズの武器屋で話を聞くといい。店主のゴンズは私やシャイニーブルーをずっと見ていたからな、いい話が聞けると思う」
「わかりました。それと······」
「わかってる。あいつには何も言わない」
ウィンクは一礼し、カフェを後にした。
残されたニナは、冷めた紅茶を飲みながら、晴れ渡る空を見上げた。