154・トラック野郎、アレクシエルと話す
調整機が置いてある小部屋の壁際に、安っぽい椅子とテーブルが設置されている。
俺とアレクシエルは椅子に座り、眼鏡秘書リーンベルさんが淹れてくれたお茶を飲みながら待つことにした。
「それにしても、あのコハクとかいう子······めっちゃ怖いわね。まさかリーンベルに歯向かうなんて思わなかったわ」
「普段は大人しくて優しいんだけどな、俺の買ってやった武具を貶したお前が悪いんだからな」
「ふ、ふん······どうせ暴れてもリーンベルがいるから問題ないもん」
いやいや、コハクも相当強いぞ。
リーンベルさんを見ると、困ったように微笑んだ。
ピシッとした黒のスーツに白いワイシャツ、長い黒髪を後頭部でお団子にまとめてる。オシャレなデザインの眼鏡をかけ、前髪の一部に紫のメッシュを入れて個性を出していた。
「あの御方は恐ろしい強さをお持ちですね、私でも勝てるかどうかわかりません」
「なーに言ってんのよ。あんたが負けるわけないわ」
「その根拠は何なんだよ······」
するとアレクシエルは、自慢げに言った。
「だってリーンベルは『七色の冒険者』の一人で『紫』を司る、『紫影暗器リーンベル』なのよ? まぁ今はあたしの護衛兼御世話係だけどね」
驚く俺を見て、リーンベルさんは恥ずかしそうに一礼した。
秘書のお姉さんは、まさかの『七色の冒険者』だった。
リーンベルさんは小さな皿にクッキーを盛りしろ丸の前に出す。するとしろ丸は美味しそうに食べていた。
「まぁいいわ。そういえば、調整が終わったらダンジョンに行くんだっけ?」
「ああ。災害級危険種が勇者パーティーをご指名なんだとさ」
「ふーん。でもまぁ、あたしの《勇者武具》に勝てるモンスターなんて存在しないけどね」
どうやら、武具の正式名称らしいな。カッコいいじゃねーか。
すると今度は部屋にビープ音が鳴り響く。
「終わったようね。さーてチェックチェック」
アレクシエルが調整機に手をかざすと幾何学模様が光り、ベッドがゆっくりと動き出して立ち上がる。やっべぇ、月詠達の裸が丸見えだ。
「やっぱ勇者の魔力量はとんでもないわね、普通の魔術師が束になっても敵わないわ」
アレクシエルが幾何学模様にタッチしてる。俺には理解不能だがこれが調整らしい。
「さーて調整終わり、覚醒させるわよ」
ベッドは再度横になり、幾何学模様が消える。
するとみんなが目を覚まし起き上がる。うぉぉ、一六歳のハダカが丸見えですよ。
「う·········おおおっ‼ うっひょーっ‼」
「う、ううん」
「ふぁ······よく眠りました」
「ん〜、おわったの?」
太陽は興奮して女の子達をガン見してる。おいおい、股間のマグナムを隠せよみっともない。
「うぅ〜ん、ご主人さまぁ······」
コハクはまだ寝てる。
可愛いけどおっぱいを隠しなさい。太陽のヤツにガン見されてるぞ。
「しろ丸、頼む」
『うなーお』
コハクはしろ丸に任せ、俺は一度部屋を出た。
太陽の断末魔の叫びが響いたのは、それからすぐ後だった。
最初の居間で待っていると、着替えを済ませた勇者達とコハクが戻ってきた。ちゃんと武具も装備してる。
太陽の顔がボコボコなのは、月詠に殴られたからだろう。
アレクシエルとリーンベルさんも戻り、説明を開始した。
「調整は終わり。これでレガリアとあんた達の身体は完全に同調したわ。鎧身の負担も減ったし装着時間も伸びたはずよ」
「あの、アクセルトリガーは?」
「アクセルトリガー? ああ、《聖武具展開補助装置》ね。あれの性能はレガリアの同調に比例するから問題ないわ。むしろ使いやすくなったはずよ」
「おー、スゲぇな」
「それとグラムガインの同調も完璧よ。調整でいくつか使用不可になってた武装を開放したし、身体にかかる負担もだいぶ減らせたから、じゃんじゃん使用して構わないわ」
「ありがとう」
コハクは素直に礼を言った。
とりあえず、コハクの身体に異常はないみたいで良かったぜ。じゃんじゃん使用しろってのもアレだが。
太陽達は立ち上がり、アレクシエルに頭を下げる。
「アレクシエル博士、ありがとうございました」
「当然よ。天才のあたしが作った武具ですもの、あたしの調整でより完璧になったわ」
アレクシエルは平べったい胸を自慢げに張る。
ここで、これからの方針を月詠が話す。
「さて、武具の調整が終わったから、次はダンジョンね」
「ああ、災害級のヤツが待ってるぜ。まぁ今のオレらの敵じゃねーけどな」
「太陽くん、油断大敵ですよ?」
「わーってるよ」
「えへへ、でも試してみたいよね〜」
「ああ、そうだな」
勇者パーティーが盛り上がっていると、話を聞いていたコハクが言う。
「ダンジョン······」
「コハク?」
「ご主人様、わたしもダンジョンに入りたい」
「え」
実は、そんな事を言い出す気はしてた。
俺の目的は勇者パーティーの送迎と、コハクの武具について調べる事。それが終わった今、勇者達がダンジョンに潜ってる間、ダンジョン前にトラックを止めてのんびり待ってればいい。
だが、災害級がいるダンジョン······コハクが気にならないはずがない。
「いや待てコハク、勇者パーティーの邪魔になるし、俺と一緒に大人しく待ってよう」
「ご主人様、おねがい」
「んだよおっさん、そんなの気にすんなよ、コハクさんなら大歓迎だぜ」
こら太陽、余計な事を言うな。
するとここで追撃。
「確かに、コハクさんの強さなら。むしろこちらからお願いしたいですね、相手は災害級ですし、戦力が多くて困ることはありません」
「そうですね。ダンジョンではどんな危険があるかわかりませんし······」
「コハクさん、一緒にがんばろーっ」
あ、これ拒否不可能なパターンだ。
事態は、最悪な展開に進んでいた。
「ご主人様ご主人様、ご主人様もダンジョンに入ろう」
「は?」
「お、そりゃいいな。おっさんもたまには身体を動かした方がいいぜ」
「おいこら」
「せっかくですし、一緒にどうですか? 道中の安全はあたし達が確保しますので」
「え、いや、その」
「ふふふ、日常から離れた冒険は、いい刺激になりますよ?」
「あの」
「よーし、お兄さんとコハクさんと一緒に冒険だーっ!!」
「ちょ」
俺は、命の危機に進んでいた。
ちょい待て、俺が、生身の俺がダンジョンだと?
俺の人生に不必要な『刺激』を求めてダンジョンに入る?
「あ、あのさ、ダンジョンってトラックは······」
「けっこう入り組んでるから入れねーよ。でも大丈夫だって、オレらがいるからさ」
あ、やっぱこれ拒否不可能なパターンだ。
するとアレクシエルがニヤニヤしながら言う。
「くくく、おっさん、死なないでねー」
「うるせぇ!!」
こうして、俺は人生初のダンジョンに潜ることになった。
もう一度言う、事態は最悪な展開に進んでいた。