149・トラック野郎、龍虎VSマグマ
翌日、トラックはタダッピロ大平原を走っていた。
現れるモンスターは雑魚ばかり、機銃とレーザーカッターで難なく倒し、目的地であるタダッピロ大平原の中心へ向かっていた。
「なぁタマ、ここって強いモンスターいないのか?」
『タダッピロ大平原は危険種が集まる大平原です。強いモンスターこそ存在しませんが、危険種の種類数は最多となってます』
「へぇ、じゃあ機銃とレーザーで対応できるな。変形もしなくてすむ」
『肯定です』
戦闘が無いに越したことはない。
何度も言うが、俺の人生で最も必要ないのが戦闘だ。スリルとは無縁のスローライフを送りたい。
隣のコハクは寝てるし、しろ丸はコハクの巨乳に包まれ苦しそうにしてる。
目的地までもう少し、しろ丸のためにも急がないとな。
タダッピロ大平原の中心部。
見渡す限り何もない、ホントにただっ広い大平原だ。
トラックを止め、俺と太陽と煌星とクリスはトラックの傍に立ち、コハクと月詠は少し離れた場所で向かい合っていた。
ちなみにしろ丸はクリスが抱っこしてる。
「本気で行かせて戴きます」
「うん、わたしも」
模擬戦のルールは相手を殺さない事、それ以外は何でもアリ······つまり、鎧も使っていいって事だ。
怪我をしたらクリスが治してくれるし、それがわかってるからこそ月詠もコハクも本気になれる。
ちなみに始まりの合図は俺が出す。
「よし、じゃあ始めるぞ」
月詠とコハクは同時に構える。
俺は息を吸い、ピリピリとする空気に身体を震わせる。
右手を上げ、思い切り叫ぶと同時に振り下ろす
「始めっ!!」
合図と同時に、コハクと月詠は飛び出した。
繰り出されたのは、お互いの正拳突き。
篭手同士がぶつかり激しい金属音が響く。てっきりコハクのパワーなら月詠をふっ飛ばすかと思ったが、意外な事に均衡していた。
「月詠だけじゃなく、オレ達は魔力を燃料にして身体能力を増幅させてる。月詠は魔術が使えない代わりに、有り余る魔力を身体能力強化に当ててるんだ。でも、まさか月詠のパワーと互角なんて······この時点でもコハクさんはスゲぇよ」
意外にも太陽が説明してくれた。
なるほど、魔力で身体能力強化······便利だな。ちなみにコハクは素であのパワーだけどな。
「はぁぁぁぁッ!!」
そんな殺人的ラッシュがコハクを襲う。
だがコハクは全てを回避、受け止め、相殺する。
超接近戦でお互いの拳と蹴りが舞い、見てるこっちもハラハラする。そして、お互いの回し蹴りが交差した。
「······あれ、コハク」
おかしいな、コハクのヤツ武具の内蔵装備を使わない。
「なるほど、お互いの格闘力を見極めてやがる」
解説ありがとうございました。
なるほど、まずは純粋な格闘で力量のチェックをしてるのね。
「始まるぜ」
お互いに距離を取り、本気の戦いが始まる。
コハクは武具の全ギミックを展開し、月詠の両手両足から真っ赤な炎が燃え上がる。
「お、おい、月詠は熱くないのか?」
「ええ、魔力で皮膚や服を覆ってるので燃える心配はありませんよ。普通の魔術師があの戦闘方法を真似すれば、一分も持たずに魔力切れを起こしますけどね」
つまり、莫大な魔力を持つ勇者専用の戦闘方法か。
「コハクさん、火傷じゃ済みませんよ?」
「おもしろい」
コハクも月詠も怖いくらい笑顔だ。
先手は月詠だった。
「『炎駆』」
両手両足から炎が吹き出して移動してる。まるでアイアンマンのような感じだ。
上下左右不規則な動きでコハクを惑わしながら移動し、上空から炎の噴射で加速したミサイルのような蹴りを放つ。
「『唐紅』!!」
「ッ!?」
コハクは腕を交差してブロック、だが衝撃で地面を抉りながら何メートルも後退する。
月詠はコハクの腕を足場にし、再度噴射のジャンプ。
「あれが月詠の本領だ、炎を攻撃じゃなくて推進力にして強化した肉体による強烈な一撃を食らわせる。もちろん炎による攻撃も……」
すると、噴射により上空に飛んでいた月詠の両拳から炎が巻き起こり、炎が何かを形作る。
「焦がし喰らえ、『獅子炎王』!!」
それは、炎の獅子。
唖然とする俺、楽しくて仕方が無い表情のコハク。
炎の獅子はコハクに向かって駆ける。おいおい、やり過ぎだろ!?
「コハクッ!!」
俺は思わず叫ぶがコハクは動かない………ウソだろ、迎え撃つつもりか?
コハクは両手を前に突き出し、緩やかな動きで腕を回転させた。
「ふぅ………」
炎の獅子が眼前に迫り、コハクは思い切り手を前に突きだした。
「ハッ!!」
気合いなのか? コハクの掌底と炎の獅子が正面からぶつかり、風圧で炎の獅子は消え去った。
そして、月詠の姿はコハクの背後へ。
「『爆塵』!!」
真っ赤な炎を帯びた正拳突き。
炎の獅子は囮、目くらましだった。月詠は炎の獅子に隠れ、上空を移動しながらコハクの背後へ移動していた。そして力を込めた正拳突きがコハクを襲う。
「……」
「……」
事は、なかった。
コハクはここまで読んでいたのか、後ろを見ること無く片足を上げ、踵に展開した『飛龍爪』を月詠の首元に一瞬で添えた。
それにより、月詠の正拳突きも止まる。
月詠の拳が下がり、コハクの踵も下がり、お互いの距離が離れる。はぁ、勝負は引き分けか……心臓に悪すぎるぜ。
「はぁ……終わりか」
「何言ってんだよおっさん、こっからが本番だぜ」
「へ?」
太陽が俺に向かって呆れて言いうと、コハクと月詠がほぼ同時に叫んだ。
「『鎧身』!!」
「『獣甲』!!」
真っ赤でスタイリッシュな鎧、月詠の『灼熱拳レーヴァテイン』
群青に黄金の稲妻ラインの獣鎧、コハクの『破龍拳グラムガイン』
第二ラウンドが始まった。
いや、本気になりすぎだろ。
俺のマジな感想だ。その証拠に周囲の地形が変わり始めてる。
月詠の炎が周囲の草を燃やすが、クリスが勝負の邪魔にならない範囲で魔術による水で消化している。
コハクと月詠の戦いは、俺が見る限り最強同士の戦いだった。ぶっちゃけアインディーネが雑魚に見えるレベル、例え彼女が一〇人居てもこの二人の戦いに介入することは不可能だろう。
「溶解しろ、『迦具土ノ拳』」
月詠の両拳が真っ赤というかもはやオレンジ色に染まり、全身から炎とマグマが噴出した。
「あれが月詠ちゃんの最強戦闘形態、『真愚魔炎神』です。危険種程度なら近づくだけで溶かせます」
「ウソだろおい」
「ちなみに、今のオレ達なら単体で玄武王を倒せるぜ。見栄でも何でもない事実だ」
太陽は誇るでもなく淡々と言う。コイツらマジでバケモノレベルの強さを手に入れてやがる。ホントに一六歳の高校生かよ?
コハクは危険を察知したのか、月詠の攻撃をガードせず躱し始めた。
だが、コハクの拳が月詠の鎧に触れた瞬間に拳の部分に亀裂が入る。
「やっぱり……」
「どうした、煌星?」
「いえ、コハクさんの鎧ですけど、武器が仕込んである以外に特殊な能力は付属されてません。恐らく過去の技術では限界だったのでしょう」
確かに。おいおい、じゃあコハクに勝ち目なんて無いじゃん。
するとマグマと炎を全身から噴出させ、月詠が上空に滞空する。
「コハクさん、あなたは強い……なので、私の最終奥義で決めさせて戴きます」
「………いいよ」
月詠は空中で構えを取ると何やら唱え始めた。
「灼熱拳レーヴァテインよ、真っ赤に燃え上がれ、マグマの如く噴火せよ」
すると、焦ったのは太陽と煌星とクリスだ。
「ちょ、月詠!?」
「ま、まさかアレをここで!?」
「わわわ、ぼ、防御しないと!!」
「は? なんだよ、ヤバいのか?」
「月詠のヤツ、興奮しすぎて周りが見えてねぇ、あの技はヤバい!!」
太陽が言うが、もう遅かった。
月詠の鎧からマグマと炎が吹き荒れる。
「我が拳、我が炎、我がマグマ、猛り狂え大噴火!!」
マグマと炎が人の形になり、その心臓部分に月詠が見える。
人の形をしたマグマのデザインが精錬され、まるで仏像にでもありそうな、筋骨隆々で怒り顔の神様になった。
「我が拳は怒りの一撃!! 砕けろ、『倶利伽羅不動・大激震』!!」
強大なマグマの拳が、コハクを襲った。
俺は声が出なかった。
クリスが慌てて出した結界の中で、見てることしか出来なかった。
「こ……こは、く」
コハクは、居なかった。
大きなクレーター状に抉れ、ドロドロに溶けた大地に、コハクの存在は無かった。
太陽達は青ざめている。まさか月詠がコハクを殺すなんて考えていなかったのか。
俺は、コハクを殺した月詠にどんな感情を向けるか。
許せないのか、仕方ないと曖昧に微笑むのか、やられたらやり返す、デコトラカイザーで叩きのめしてやろうか、どうすればいいのかわからず上空の月詠を見上げた。
「あ」
俺のヌケた声に、太陽達も反応した。
灼熱の鎧を纏う月詠の背後……そこには、群青と黄金の獣鎧があった。
だが、ボロボロに砕けている。コハク自身も出血していた。
「ッ!!」
次の瞬間、強烈なプレッシャーが周囲を包み、気が付いた月詠が無意識に両腕を交差して振り向いた。
「喰らえ」
爆音が響いた。
圧倒的腕力で振るわれたコハクの拳は、月詠の両腕を鎧と共に破壊し、月詠の身体はもの凄い勢いで吹っ飛び、トラックのバンボディに激突した。
トラックが揺れ、バンボディに月詠がめり込んだ。
両腕が折れ、真っ赤に腫れ上がっている。しかも月詠は完全に気を失っていた。
「わたしの勝ち」
こうして、コハクの勝利で戦いは終了した。
月詠の鎧は強制解除され、両腕のへし折れた状態で気を失っていた。
「く、クリス頼む!!」
「う、うん!!」
クリスは杖から淡い光を放ち、月詠の身体全体を光で包む。するとパンパンに腫れ上がった月詠の腕は治り、細かい擦り傷も完全に回復した。
クリスはそのままコハクも治療し、お互いの傷は完全に回復した。
それから間もなくして月詠は眼を覚ます。
「う、うぅん……」
「月詠、大丈夫か?」
「……う、うん」
太陽に抱かれた月詠は、顔を赤くしつつ身体を起こす。おいおい、こんな時に青春してんじゃねぇよ。
すると月詠はすぐに状況を把握した。
「あたし……負けたのね」
「わたしの勝ち。でも、久し振りに全力を出した。こんなに本気になったのはお父さん以来」
「そうですか……」
コハクは、月詠に向かって手をさしのべる。
「本当に強かった……最後の一撃、死を覚悟した」
「まさか、躱されるとは想いませんでした」
「ギリギリだった。擦っただけで鎧が砕かれた……ホントに、死ぬかと想った」
月詠はコハクの手を握り立ち上がる。
「次は、あたしが勝ちます」
「わたしも、負けない」
なんだろう、この「終わりよければすべてよし」感は。
周囲の地形は変わってるし、月詠が開けた大穴は未だにマグマがボコボコしてるんですけど。それにトラックのバンボディにも月詠がめり込んだ跡が残ってるし。
でもま、余計な事を言うのは野暮だな。
「さーて、腹も減ったしメシでも食おう」
「お、いいね、じゃあおっさん、コンビニで買い物しよーぜ」
こうして、模擬戦という名の殺試合は終わった。
なんだろう、こうして見ると俺ってマジで空気じゃね?
そう想いながら、俺達は全員で居住ルームへ入っていった。