140・キリエレイソン・ラプソディ⑤/勇者との再会
シャイニーとコハクから聞いた話は驚きの連続だった。
「しろ丸が······変身した?」
「ええ、あの赤豹と同じくらいのサイズに変身して、アタシ達と一緒に戦ったわ。トドメは刺せずに逃したけど、首をへし折って眼を抉り潰してやったから、もう駄目でしょうね」
怖い、怖すぎるぞコイツ。
だけど、犠牲もあった。
「アタシの剣と鎧は完全に破壊されちゃった。あーあ、お気に入りだったのに」
声色は明るいが、悲しんでいるのがありありと伝わってきた。あの双剣や鎧に愛着があるのは分かっていたし、すぐに変わりのなんて切り替えも出来ないだろう。
「ご主人様ご主人様、みてみて」
「ん?」
コハクは立ち上がり、見覚えのない武具を見せつける。
群青色に黄金のラインが雷のように刻まれた篭手とグリーブだ。あれ、どこかで見たような?
「これ、ご主人様に買ってもらった武器、なんか強くなった」
「は?」
意味わからん、なんだよ強くなったって。
するとコハクは腕を交差させる。
「『獣甲』」
コハクが呟くと、武具がドロリと溶けてコハクの全身を包み込み、まるで太陽達みたいな鎧になった。
虎のような兜と爪、竜のような翼とギザギザの尻尾。群青色のボディに稲妻のような黄金のラインが刻まれ、兜からはコハクの琥珀色の髪がサラリと流れている。
『カッコいい?』
度肝を抜かれてる俺とミレイナに、手をパタパタ振りながら無邪気に言う。
「こ、これって聖剣の技術だよな······」
「は、はい、ゴンズさんの武具ですよね。確か戦闘形態になるとか」
そういえばそんな事を言ってたっけ。
コハクは鎧を解除すると俺の腕にじゃれつく。おおっと、柔らかい肉まんが俺の腕に押し付けられるぅ。
「えへへ、わたし強くなった。これもご主人様のおかげ」
「そ、そうか。あの、身体は何ともないのか?」
「うん、へーき」
確か、太陽達は鎧には時間制限があるとか言ってた。
今の技術ではなく昔の技術だし、身体に異変が出ないとも限らない。あまり多様はしない方がいい。帰ったらゴンズ爺さんにいろいろ聞いてみるか。
その日はミレイナが大量の料理を作った。
シャイニーとコハクとしろ丸は競い合うように食べ、久しぶりにみんなで楽しく食事が出来た。あとはキリエを迎えに行けば全て終わる。女性陣としろ丸はトラックの温泉で汗を流し、この日はゆっくりと休めたようだ。
翌日、キリエを迎えにホーリーシットへ向かう。
さて、さっさと終わらせてゼニモウケに帰ろう。
*****《キリエ視点》*****
キリエは、クリスを連れてホーリーシットの街宿に泊まっていた。
荷物は全て持ってきたので、もう大聖堂に戻る必要はない。
それに、クリスの必要性がほぼ無くなった今となっては、聖王はおろか城の誰も二人を引き止める者は居なかった。
「まさか、ここまでやるとは」
キリエは宿のベッドの上で苦笑した。
それもそのはず、グレゴリオ聖王はクリスの死亡を発表したのだ。
神話魔術の奇跡を起こし戦争を止めた英雄としてクリスを称え、代償としてクリスは命を失ったとホーリーシット国内とオーマイゴッド軍に通達をした。
よって、オーマイゴッドは聖女を失い、ホーリーシットは聖王を失った。
さらに、神話魔術の奇跡は両宗教の改革をもたらせた。
聖なる神イースの信奉者と母なる神パナギアの信奉者がお互いに交流を持ち始めたのである。
まだ小さな交流であり、司祭や大司祭クラスの人間は認めない事も多い。だけど奇跡を目の当たりにした信者達は少しづつ変わって行くだろう。
ベッドでスヤスヤ眠るのは、ただのクリスだ。
聖女でも聖王でもない、勇者パーティーの一人であるクリスになった。
「ごめんなさいクリス······」
キリエは柔らかく発光する手でクリスを撫で、クリスに掛けた催眠を解く。
「·········ん、あれ? キリエねぇ?」
「おはようクリス、今お茶を淹れますね」
キリエはお茶を淹れ、これまでの事を説明する。
聖王と聖女は死に、クリスは勇者パーティーのクリスになったこと、もう宗教的な争いに巻き込まれる事はないと言う事。つまり、真の自由になった事実を告げる。
「ほ、ホントなの?」
「はい、聖王を言いくるめるのに苦労しました」
「私、ぜんぜん覚えてないよ?」
「申し訳ありません、貴女を眠らせ私だけで話をしたのです。貴女は口下手ですから、下手な事を言わせる訳にはいかなかったので」
「じゃあ、タイヨウと一緒にいられるの?」
「ええ、もちろんです」
「·········」
細かい話や事実もある。
だけど、今はクリスが開放された喜びだけでいい。
キリエはクリスを抱き締め、クリスはキリエの胸で嗚咽を漏らす。
キリエは、クリスに嘘を付いた。
「キリエねぇ······」
「·········」
いつか、自分は罰を受けるだろう。
キリエはそう考え、クリスを優しく抱きしめた。
それから数日、姉妹で過ごした。
平民の服に着替え宿の近くで買い物をしたり、カフェでお茶を飲んだりご飯を食べたりして平和な時間を過ごす。
そして、宿に大聖堂からの使者が来た。
「勇者一行が帰還されました」
「わかりました。では、この宿の場所をお伝え下さい」
「え······で、ですが」
「構いません。行きなさい」
「か、畏まりました」
使者はキリエに圧倒され、その場を後にした。
キリエは、出来る事ならクリスをあの大聖堂に近付けたくはないと考えている。
「タイヨウ、ツクヨ、キラボシ、ウィンク······」
「大丈夫です」
キリエは、不安になるクリスを抱き締める。
そして使者が帰ってから一時間も立たない内に、キリエの部屋のドアがガンガンノックされた。
「クリス、ここか‼ クリスっ‼」
「·········お静かに」
キリエが少しドアを開け、ジト目で太陽を睨む。
「す、すんません」
「こら太陽‼ 先に行くなっての‼」
「はぁ、はぁ······速すぎです、太陽くん」
「流石はタイヨウ殿、全く追いつけませんでした」
一人で突っ走って来たのか、後方から三人の少女が現れる。
キリエは太陽達を部屋に招き入れた。
そして、部屋の隅でモジモジしてるクリスと太陽の目が合った。
「クリス······クリスっ‼」
「た、タイヨウ······タイヨウッ‼」
太陽は一直線にクリスの元へ向かい、その小さな身体を思い切り抱きしめた。
「タイヨウ、わたし······んぐっ⁉」
「·······っ」
そして、深いキスをする。
これには流石のキリエも驚き、月詠は顔を背け、煌星は微笑み、ウィンクは赤い顔を手で覆う。
「た、タイヨ」
「ごちゃごちゃ言うのはナシだ。いいか、お前はオレの嫁だ‼」
それだけで終わった。
クリスが無断で居なくなったとか、聖王だとか聖女だとか、勇者太陽はそんな事を忘れていた。ただ、大事な嫁であるクリスの無事に安堵し、クリスの事情や心境を全て無視した。
クリスは涙を流し、太陽の胸に顔を埋める。
「······はい」
「よし‼」
キリエは思った。
この勇者太陽は、器の大きいとんでもない人物なのか、それともただのバカなのか。だが、こんなバカだからこそクリスを預けても安心出来る。
「ツクヨ、キラボシ、ウィンク······」
「はぁ、言いたい事はいろいろあるけどいいわ。おかえり、クリス」
「大聖堂で聞きました。これからはずっと一緒ですね」
「クリス殿。ご帰還、おめでとうございます」
「あ······ありがと、みんな」
クリスは煌星に抱きつき、再び涙を流す。
そして、ウィンクが差し出した装飾杖『光輝杖アウローラ』を受け取り一礼した。
「心配かけてごめんなさい。私を、もう一度勇者パーティーに入れて下さい」
「当然‼」
「ふふ、やれやれね」
「おかえりなさい、クリスちゃん」
「またよろしくお願いします、クリス殿」
こうしてクリスは勇者パーティーに復帰した。
キリエは、太陽に向かって言う。
「勇者タイヨウ。クリスをよろしくお願いします」
「もちろんです。クリスはオレが守ります、命を賭けてな‼」
「······お願いします」
やはりバカだ。キリエはそう思った。