138・キリエレイソン・ラプソディ④/戦争集結
*****《コウタ視点》*****
えーと、これからどうしよう。
モニターで確認したら戦車は全機能停止、両軍の歩兵は幸せそうな顔でスヤスヤ眠ってる。
キリエの使った魔術は『神話魔術』と呼ばれてるこの世界最高の魔術だそうだ。なんでも、伝承でしか伝わっていない神様が残していった魔術だとか、人間が神を呼び寄せるために生み出した実現不可能な魔術だとか……キリエは、幼い頃の記憶で詠唱術式を知っていたらしい。子守歌とか言ってたけど深くは聞けなかった。
「キリエ、聞こえるか? これからどうするんだ?」
『クリスの口から戦争終結を宣言させます。狙いを兵士だけに絞りましたので、両軍の軍事本部に居る司令官クラスの人間は起きたままです……まぁ、今頃は大混乱に陥ってるでしょうね』
「なんか楽しそうだな……」
『いえ、そんな事は…………ふふっ』
楽しんでんじゃん。全くコイツはもう。
「それと、クリスの事はどうするんだ? 戦争が終わっても、聖王って事に変わりないだろ?」
『そちらも考えてありますのでご安心下さい。クリスは勇者パーティーの元へ、私は貴方の元へ帰りますから』
「ああ。終わったらシャイニーとコハクを迎えに行こう」
『はい』
さて、俺はこのまま待機かね。
変形を解いてミレイナと一緒におやつでも食べて待つとしますか。
*****《キリエ視点》*****
「クリス、起きて下さい……クリス」
「う、んん~……んあ? あれ、キリエねぇ?」
クリスは眠そうに眼をゴシゴシ擦ると立ち上がる。
場所は馬車の荷台の上、目の前に居るのは姉のキリエだ。
「クリス、戦争は終わりました」
「え?……ええ?」
「貴女が唱えた詠唱により『神話魔術』が発動し、オーマイゴッド軍もホーリーシット軍も全員が眠りにつきました、よって戦争は終結しました」
「え、ええ!? ちょ、待って!! 神話魔術? 詠唱って……あの、ホーリーシットで読んだ文献? でも私、魔術なんて使ってない!! それに」
「落ち着いて。いいですか、貴女は間違いなく魔術を発動させました。神話魔術の効果は不明とのことでしたが、恐らく戦意ある者を強制的に眠らせる催眠魔術に近いようです。そして無差別……いえ、これは神の意志の力なのかも知れませんね。人間同士で争う我々に、神の天罰が下ったのかも知れません」
「………」
クリスは、混乱していた。
周囲を見ると、馬車の護衛兵が全員眠っている。しかも全員が安らかな表情で。
「とにかく、このまま最前線へ向かいます。貴女は私の言う通り、終戦の宣誓を」
「わ、わかった……」
キリエは馬車を走らせ最前線へ。
暫く進むとキリエの言うことが理解出来た。戦場の歩兵が敵味方関係なく全員倒れ、戦車は装甲の一部に大きな穴が空いて機能停止していた。さらに聞こえてくるのは倒れた兵士の寝息……あまりに異様な光景に、夢でも見ているのかとクリスは錯覚した。
キリエは無表情で馬車を進ませ、先ほど宣誓を行った国境沿いへ到着した。
ここなら拡声器を使えば両軍の軍事本部まで声が聞こえるはず。
「さ、クリス」
「う、うん」
クリスは、キリエの言う通りに終結宣言をする。
戸惑いはあったが、戦いが終わるならと自分に言い聞かせる。
『オーマイゴッド軍、ホーリーシット軍、ここに戦争の終結を宣言する!!』
クリスの声が、戦場に響く。
その声に反応したのか、眠っていた兵士達がゆっくりと身体を起こす。顔をゴシゴシ擦り、眠そうに欠伸をして、まるで起きるのを拒む子供のように。
『両軍に被害をもたらした奇跡の魔術は、この私が発動した神話魔術である。だが……私の発動させた魔術は暴走し、戦場に居る全ての兵士達と兵器を破壊した……これは私にも想定外の事であり、考えられるのは、愚かな人間に対する天罰だと理解した』
クリスの演説を全ての人間が聞いていた。
確かに、破壊されたのは武器と兵器のみで、人間は傷一つ付いていない。
『我々は愚かだった。信仰する神が違えども、我々は同じ神から生まれた人間である。神は、人間同士で争うことを望んでいない。その想いが神話魔術を通し、我々全員に罰を与えたのだ』
この演説を聴いた何人かが崩れ落ち、涙を流し始めた。
戦場から戦意が消え、兵士達は天に祈りを捧げている。兵士といえども全員が宗教国の出身であり、神を信じ信奉するからこそこの戦争に参加したのだ。
クリスの演説は効果抜群だった。
『信じる神は違えども我々は同じ神の子供。争うことを止め手を取り合う事を神も望んでいる。聖なる神イースと母なる神パナギアは、天から我らを見ておられる……これから我々が見せるのは、神の子として共に歩む未来である』
すると、オーマイゴッド軍とホーリーシット軍から歓声が上がり始め、爆発的に連鎖を始める。
奇跡を体験した者同士だからこそ、お互いに歩み寄り始めたのだ。
『聖なる神イース、母なる神パナギアの祝福あれ!!』
爆発的歓声が上がった。
宗教対立という壁が砕けた瞬間だった。
*****《オーマイゴッド軍》*****
「な、なんだこれは……くそ、おい!!」
オーマイゴッド軍・軍事本部では、ナタナエル大司祭が青筋を浮かべ周囲の兵士を怒鳴りつけるが、兵士達はその声を完全に無視し、クリスの演説に涙を流し歓声を上げていた。
ナタナエル大司祭は、副官であるイクシスを呼びつける。
「イクシス!! 後方の魔術部隊に通達、詠唱を開始させろ!!」
「は、畏まりました」
イクシスは淡々と告げ、そのまま本部を後にする。
ナタナエル大司祭はギリギリと歯ぎしりをする。
「くそ………完全にしてやられた」
クリスをダシにして戦争を仕掛けたが、まさかこんな展開になるとは思わなかった。
神話魔術が使われるなど想定外、クリスの影響がオーマイゴッド軍やホーリーシット軍の戦意を消失させる事も想定外。何を行っても戦意を取り戻させるのは難しい状況だった。
戦争が始まれば、オーマイゴッド軍が誇る《聖なる軍勢》の力でホーリーシット軍を壊滅させ、そのまま聖王国ホーリーシットへ進軍する事を考えていた。だが、ここまで神の奇跡を見せつけられればもうお互いに対立する事も難しい。被害が両軍に出ているのも説明が付く。もし神話魔術がオーマイゴッド軍のみを狙ったなら、相手の戦車が壊滅するのはあり得ないからだ。
「くそ……ここまでなのか」
ナタナエル大司祭は決断を迫られた。
撤退か、兵をまとめて再びの進軍か。
「仕方ない、ここは撤退だ、イクシス………イクシス?」
魔術部隊に指示を出しに行ったイクシスが戻ってこない。ナタナエル大司祭は不信に思いながら、別の兵士に指令を出して撤退を通達させる。
副官のイクシスは、戻ってこなかった。
オーマイゴッド軍が撤退し、ホーリーシット軍も撤退を始めた。
クリスは呆然としながら別の馬車に乗り換えて聖王国に向かっていた。当然ながらキリエも一緒である。
「お疲れ様、クリス」
「………うん、なんか疲れたよ」
「少し、眠ったらどうですか? まだまだ王国まで時間が掛かりますし」
「うん。あのね、キリエねぇ……」
「どうしました?」
「あの、あのね……」
クリスは、微笑を浮かべるキリエを見つめる。
優しくていい匂いのする姉にもたれ掛かり、クリスは聞いた。
「キリエねぇ、何か隠してないよね……?」
「………」
クリスは、眠気を感じていた。
キリエに肩を寄せた途端に、眠気が強くなってきたのだ。
「キリエねぇ、私……神話魔術を使ったのに、魔力を全く消費してないの。私、ホントに……」
クリスの意識は闇に落ちた。
キリエは小さく息を吐き、クリスの頭に手を乗せる。
「最後の仕上げと行きますか……」
キリエの手は、淡く発光していた。