137・キリエレイソン・ラプソディ③/憐れみの賛歌を謳え
とんでもないカミングアウトだった。
俺は声を出すことも出来ず、戦争が始まってることすら忘れかけた。
そして、キリエの『独り言』は続く。
『二歳の頃、とても寒く雪の降る日……私はエレイソン大聖堂の礼拝堂に捨てられました。そして、私と同じ日に捨てられ、籠の中で毛布に包まれた赤ん坊を見つけた……その子がクリスです』
キリエの告白は、いや独り言は続く。
おいおい、一気に話されても受け入れられねーぞ。
『保護された私は、無意識にクリスを『妹』だと伝えました。大聖堂の大人達は誰も疑いませんでしたし、クリスは私によく懐いていました……あんなウソを付いたのもきっと、私が淋しかっただけですけどね』
キリエは馬車の荷台に腰掛け、眠るクリスの頭を優しく撫でる。その姿はどう見ても、妹を思いやる姉にしか見えない。
『私が六歳になったとき、自分が普通の子供ではないと理解しました。一度読んだ本の中身は決して忘れませんでしたし、どんなに難しい数式や計算も難なくこなせました。そして、一番得意だったのが······魔術でした』
俺は、キリエの独り言から耳が離せなかった。
無言で、聞き逃すまいと。
『大聖堂にあった魔術関連の本を読み、毎晩施設の子供達が眠ってから魔術の訓練をするのが日課となり、気が付いたんです……私の魔術特性に』
キリエの表情が見えにくい。
なんだろう、まるで俺に見せないようにしてる?
『どんな属性の魔術も自在に扱うことが出来ました。大聖堂にあった魔術教本に載っていた魔術は全て扱うことが出来ました。そして気が付いたんです、私には、普通の魔術師が使うことが出来ない魔術すら扱える才能があると。私の魔術特性は『極』であり、かの『聖王』と同じ属性であると』
俺は、ゴクリとツバを飲み込む。
それはつまり、そういう事なのか。
『私が······私こそが、『聖王』の後継者だったんです』
キリエの独り言は、まるで懺悔のようだった。
『私は、この力に恐怖しました。生憎、私が魔術の訓練を行っている事は誰も知らなかったので、この事は一生の秘密にしようと思い、エレイソン大聖堂のシスターとして生活する日々が続きました。そして······』
キリエは、クリスの頭を撫でながら呟く。
『クリスが、『聖女』として癒やしの力に目覚めました。本当に驚きました······まさかクリスが『聖女』と同じ力に目覚めるなんて』
キリエは、驚き半分と嬉しさ半分くらいの表情に見える。
『クリスは聖女として崇め称えられ、勇者パーティーの一員としてスカウトされるまでになりました。クリスは嬉しかったのでしょう、迷わず旅立ちを決意して大聖堂から巣立ちました。ちょうどその頃です······ホーリーシットが、クリスは聖女ではなく聖王の可能性があると、私が知ったのは』
クリスが旅立ったのは、俺がキリエと出会う前の事だよな。
『もちろん、クリスは聖王ではありません。クリスは癒やしの力以外に魔術など扱えなかったのですから。伝承によると聖王はありとあらゆる属性の魔術を自在に行使し奇跡を起こしたらしいです。まるで私のように』
つまり、キリエは魔術のエキスパートなんだよな?
普段の生活で魔術なんて使わないから知らなかった。
『私は怯えました。誰にも言わない私の秘密のせいで、クリスに危機が迫る可能性が出て来たというのに······でも、伝説の勇者と一緒なら危険は無いだろうと考えてしまい、むしろ姉である私に危機が来るかもと考えてしまった······そんな時、異形の乗り物を操る社長と出逢ったのです』
「·········」
俺は考えるのをやめ、無言で聞いていた。
こうしている間にも、戦車や歩兵は進軍してる。
『社長との出会いに運命を感じました。この方なら私を守ってくれるかも知れないと······そこで、社長に接触したのです。まさかこうして運送屋として働くなんて、考えてもいませんでしたけどね』
これは独り言だ。
なんでだろう、聞きたくなくなってきた。
『私は、愚かです。自分の事ばかりで······クリスは可愛い妹なのに、こうして利用され、勇者と引き離され、一人寂しく泣いていた······全て、私の責任であり罪です』
キリエは自分の力を誰にも知られる事なく、無かったことにして生活をしていた。
でも、クリスが聖女として覚醒してしまい、聖王国から目を付けられてしまう。だけどキリエは自分の生活が壊れるのがイヤで、クリスが危険になると知りながら放置した。勇者パーティーと共に居れば安全だと信じて。
自分は俺を利用してエレイソン大聖堂から逃げ出し、運送屋としてオーマイゴッドともホーリーシットとも無関係な人生を送ろうと考えていた。
おかげで、妹であるクリスがこうして苦境に立たされている。
つまり、全てはキリエのせいだ。
キリエが聖王に名乗りを上げれば、戦争は起こらなかったかも知れない。クリスは聖女のままでいられたのかも知れない。
キリエは自分勝手だ。
その結果が、この惨状であり現実だ。
『それでも、それでも私は······クリスの姉のまま、アガツマ運送の事務会計士でいたい······社長、私は······愚かな罪人でしょうか?』
「違う‼」
俺はコックピットの計器を素手で叩いた。
聞こえる訳ない、でも言いたかった。
「お前はウチの会計事務だ、どんな理由があっても変わらない‼ どんな理由があってもお前をスカウトしたのは俺だ‼ 社員の責任は······俺の責任だ‼」
『·········ふふ』
「え?」
キリエは涙を流し微笑んだ。
そして耳元に手を添えると、小さな何かを外す。
『ありがとうございます、社長。その言葉だけで私は救われました······』
それは、イヤホン。
ま、まさか、今の俺の叫びを聞かれたのか?
「お、おいタマ······」
『スペアイヤホンです。キリエ様に依頼され、社長には内密で渡しました』
「··········」
こ、この野郎。マジで叩き壊してやろうか。
するとキリエは、嬉しそうに微笑んだ。
『社長、この戦争を終わらせます。そしてクリスも私も、帰るべき場所へ帰ります。クリスは勇者の元へ、私は······貴方達の元へ』
「······ああ、そうだな」
こっ恥ずかしいなチクショー。
でも何となくわかった、キリエはきっと誰かに赦して欲しかったんだ。
だったら、俺もミレイナもシャイニーもコハクも、ついでにしろ丸も一緒に抱えてやろう。それが仲間だし、大事な家族だ。
『社長、お願いします』
キリエは、静かに謳い始めた。
キリエは静かに謳う。
顔も思い出せない『母』が謳った子守唄を。
『ああ主よ憐れみ給え、大いなる神の光よ、美しき聖なる光よ、献身的な神の子羊達よ』
それは、クリスがエクテニア大聖堂で読んだ文献。
パナギアの息子ヨシュアが残した、大いなる神であり母であったパナギアに会いたいがために生み出した神話の謳。キリエの母がキリエのために歌った神話魔術の詠唱文。
キリエの周囲に巨大な魔法陣が輝き出す。
地水火風光闇の六属性と、今は失われし時空干渉魔術である『時』属性の力が周囲を包む······まるで、虹のように。
『母なるパナギアと歩みぬキリエレイソン。茂る森林いばらの小道をキリエレイソン。胸に抱くはキリエレイソン。まどろみの愛し子、愛と平和のキリエレイソン』
虹の魔法陣は空へ向かい輝きを増す。
キリエの謳が響き渡り戦場を覆い尽くす。
『祈りは届き想いは伝わる、母よ来い、愛しき息子の祈りを聞け。私の生きるこの大地に降りてくれ、人の生きるこの世界に、母なる神の祝福をもたらさん』
戦場は、この光景に釘付けになった。
歩兵は足を止め、戦車の操縦者もドアを開けてこの神々しい光景に目を奪われる。
「な、なんだこれは······」
「······」
ナタナエル大司祭は驚愕し副官のイクシスは微笑を浮かべる。
そして、コウタは何故かウキウキしていた。
「タマ、砲撃準備······へへ、なんかワクワクしてきた」
『遠距離砲撃体制に移行。コックピット移動開始』
運転席が更に上昇し、半円形の硝子の部屋に移動した。
頭上から顔半分を包むヘルメットが降りてコウタの頭を包み、足元から固定されたスナイパーライフルが現れる。
『遠距離砲撃モード移行完了。オールセンサーフルドライブ。ターゲットマルチロックオン』
「おお·······すげえ」
コウタの視界は一台の戦車に合わせられ、内部構造や乗組員の身体データや鼓動など、細かい情報まで表示されている。さらに視線を別のウィンドウに合わせると違う戦車の情報が表示される。つまり、二〇〇台の戦車全ての情報をスキャンした。
「弱点は心臓部の【龍核】だな······」
『クレーンジャケット、遠距離砲撃モード』
クレーンジャケットは中腰になると、背中に背負ったクレーンが肩越しに前に向く。そしてクレーンが伸びて先端が変形して開くと、巨大な銃口が現れた。
『ドライビングバスター、トリガー装填』
クレーンのサイドにドライビングバスターが刺さり、クレーンジャケットの持ち手兼引金となる。
「エネルギーチャージ、全戦車の龍核を狙え」
『了解』
コウタは不思議なくらい落ち着いていた。
キリエの歌声が心地いい。コウタはスナイパーライフルを掴み引き金に指を添える。
ロックオンは完了した。あとは引き金を引くだけだ。
「行くぞ、キリエ、タマ」
そして、虹の魔方陣は最大級の輝きを放つ。
『来たれ母なる神、神話魔術《母神パナギアの聖譚曲》招来』
「発射!!」
『了解。『アークトゥルス・ヴォルテッカー』発射』
虹色の輝きが弾け戦場の全歩兵を包み込む。
クレーンジャケットから発射された光球が弾け、無数のレーザーとなり全戦車の【龍核】だけを打ち抜いて破壊した。
虹の光に包まれた兵士は崩れ落ち、安らかな顔でスヤスヤ眠る。まるで、母の胸に抱かれた赤ん坊のような顔で。
こうして、始まった戦争は五分で終結した。