136・キリエレイソン・ラプソディ②/クレーンジャケット
*****《コウタ視点》*****
ユニック車の高性能カメラが捉えた映像には、檻のような白い箱を運ぶ豪華な装飾が施された馬車だった。しかも箱を引く馬にも飾りが付いている。
「何だありゃ······」
「なんでしょうね?」
ミレイナもポカンとしてる。
キリエの予想だと、国境に展開してるオーマイゴッド軍に、クリスが聖王であると宣言するはずだ。そうすれば争いの火種であるクリス自身が、オーマイゴッドの聖女ではないという宣言にもなるので、オーマイゴッド軍がクリスを狙う意味がなくなるって事だけど。
豪華な馬車と護衛は国境の最前線へ。
すげぇな、戦車に馬車に兵士が何人もいる。国境の向こう側にもオーマイゴッド軍が展開してるし、一触即発なのは間違いないだろ。
キリエ曰く、勇者が災害級危険種を討伐するまで戦争は起きないと言ってたけど、状況次第ではこのまま開戦と言う事もあり得るらしく、可能性としては高いらしい。
すると、国境ギリギリのところへ馬車が進み、白い箱の一部がパタパタと開き、中から豪華な法衣を纏ったクリスが現れた。そして傍には似たような法衣を着て跪くキリエがいる。
そして、魔道具を使った拡声器でクリスが話し始めた。
『オーマイゴッド軍よ、聞きなさい』
普段の子供っぽい声ではなく、凛々しく通る声だった。
甘えるようなクリスの声とは違う、他所用の声だなこりゃ。
『私はクリスティアヌス。次期聖王であるクリスティアヌスである。貴方達が求める聖女クリスではない、私はクリスティアヌス、次期聖王である‼』
拡声器の音量は大きく、国境沿いに設置された拡声器からも声が響いている。なんでもスゲーダロの技術だとか。
『私は昔、ホーリーシットのテロリストにより誘拐され、オーマイゴッドのエレイソン大聖堂に放置された捨て子であった。私の力は聖なる神イースの奇跡ではなく、母なる神パナギアの祝福である。改めて宣言する、私は聖女ではない、聖王国ホーリーシットの次期聖王クリスティアヌスである‼』
言い切った。
ここまで言えばもう完璧だろ、これでクリスが聖女だと主張するのは難しい。なにせ本人が聖王だって言ってるんだしな。
さて、オーマイゴッド軍の出方次第で、俺の仕事になる。
果たしてオーマイゴッド軍はどう出るか。
*****《オーマイゴッド軍》*****
ナタナエル大司祭は、軍の最後部にある仮拠点で、クリスの演説を聞いていた。
その顔には苛立ちと、ほんの僅かな愉悦。
「想定内だ。これでいい」
「はい」
ナタナエル大司祭に付き従う副官のイクシスは、近くの兵士に伝令を伝える。
「予定通り行くぞ、全魔術部隊に指示を出せ。狙いは戦車部隊」
「はっ、『聖なる軍勢』部隊詠唱開始。合図があるまで待機せよ」
イクシスの命令で魔術部隊が詠唱に入る。
オーマイゴッドの魔術師の一人の魔力ではない、複数の魔術師の詠唱を重ねることで大きな一つの魔術を放つ事が可能となる。
「······拡声器を」
「こちらに」
イクシスはナタナエル大司祭に拡声器を渡す。
するとナタナエル大司祭は威厳に満ちた重く低い声で宣誓した。
『偽りの聖女クリスに告ぐ······我々オーマイゴッド軍は、聖王でありながら聖女の名を語り、我々オーマイゴッドの崇拝する聖なる神イースを侮辱した聖王を許す事は出来ない。よって、聖なる神の裁きを受けてもらおう』
すると、クリスの頭上に黒い雲が集まりだした。
「な、なに言ってるの? わ、私が聖女を語ったって······」
「······やはり、こうなりましたか」
どう転ぼうと、ナタナエル大司祭は戦争を引き起こすつもりだった。
クリスが戻ればよし、そうでなければ裏切り者として、聖女の名を語った罪人として、神の名のもとに裁きを下せばいい。
キリエは、こうなるかも知れないと考えていた。
だからこそ、準備はしてある。
「クリス」
「う、うん······」
クリスは魔術障壁を展開すると、頭上の雲から雷が落ちた。
障壁に弾かれ雷は霧散するが、それはどう見ても宣戦布告にして開戦の合図になってしまった。
「馬車を下げなさい‼ 聖王クリスを守るのです‼」
馬車は方向転換し、前線から下がる。
それと同時に、二〇〇台の戦車が起動した。
「·········」
キリエは、時が来たと小さく頷いた。
*****《コウタ視点》*****
「は、始まった······」
「キリエの読み通りでしたね······」
それにしても、戦争ってこんな簡単に始まるのかよ。
戦車がゆっくり前進し、オーマイゴッド軍の歩兵が盾を構えて国境沿いに展開してる。その後方には魔術師部隊が何人も集まり詠唱をしてるのがフロントガラスモニターで確認出来た。
ホーリーシット軍も、戦車をメインに歩兵を展開し、ゆっくりと国境へ向けて前進してる。
守りのオーマイゴッド軍、攻めのホーリーシット軍って感じだ。
「よし、俺達も行くぞタマ」
『畏まりました』
ここからは、新形態のお披露目と行くぜ。
「デコトラ・フュージョン、ユニックフォーム‼」
ユニック車が変形し、ミレイナの座る助手席が後方にスライドする。慣れたもんなのかミレイナは特に驚かない。
座席が持ち上がり車高が高くなる。そして完全変形した人型のロボットが完成する。
「完成‼ ユニックデコトラカイザー‼」
いつもと違うのはここからだ。
「重機召喚、クレーンジャケット‼」
後方に巨大な異空間への穴が開き、そこから巨大なクレーン車が現れる。
その姿は巨大なクレーン車、オールテレーンクレーン車。
超巨大な車体にぶっといクレーン、大型のタイヤが左右合わせて十四輪もあるバケモノクレーン車だ。
ユニックデコトラカイザーのメインカラーが青なのに対し、オールテレーンクレーン車は赤色だ。実に俺好み。
「重機合神‼」
『変形コード確認。重機合神プロセス開始』
オールテレーンクレーン車が変形する。
立ち上がり、アジの開きのように車体が開く。そこにユニックデコトラカイザーが飲み込まれ、まるでパワードスーツを着てるような感じに変形した。
頭部の部分にクレーン車の追加パーツが装着され、姿形が完全に変わり変形完了。
「完成‼ ユニックデコトラカイザー・クレーンジャケット‼」
カッコいいポーズを決めて変形終了した。
あー恥ずかしい、言っておくけど叫んでいたのは仕様であり俺の意思じゃないからな。
「で、デカいな······」
クレーンジャケットはデコトラカイザーよりもデカい。それに装甲も厚く防御力も上がってる。
何より、背中に背負うようにクレーンが伸びていた。
「よし、あとはキリエの合図を待つだけだ」
クレーンジャケットの索敵探知能力なら、砂漠に落ちたコメ一粒探せるし、海に落としたビー玉ですら探知して掴むことが出来るし、遠く離れた場所でのひそひそ話ですら聞き取ることが出来るそうだ。ある意味プライベートもクソもない。
まずは、キリエの位置を確認しよう。
「タマ、キリエの位置を確認。モニターに表示」
『畏まりました』
すると、モニターにキリエの姿が表示される。
馬車は最後部に移動し、白い箱と馬が取り払われ豪華な荷台となっていた。その周囲には護衛が一〇人ほど配置されている。
「んん?……なんか変だな」
よく見ると、周囲には護衛一〇人とクリスとキリエしかいない。
ほかの部隊や戦車は最前線で戦い始め、不自然なくらい人気の無い場所に移動していた。
クリスはキリエに寄り添い不安そうな表情をして、そんなクリスを安心させるようにキリエは微笑んでいる。これから何が始まるんだろうか。
「………え?」
すると、キリエとクリスを囲んでいた護衛がバタバタ倒れた。
「な、なんだ!? おいタマ、音声拾え!!」
『畏まりました』
*****《?????》*****
突然倒れた護衛を見たクリスは驚いていた。
「な、なにこれ……キリエねぇ?」
「………クリス、こちらへ」
「え……?」
キリエはクリスを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
「大丈夫、私があなたを守ります」
「キリエねぇ……あれ? なんだろ……ねむ……」
クリスの顔が蕩け、次第に意識が遠のいていく。
キリエは、クリスが眠りに落ちるまで優しく頭を撫でていた。そして、完全に意識が落ちたのを確認し、ゆっくりと馬車の荷台に寝かせる。
そして、必ず見て聞いている人物に話しかけた。
「聞こえますか、社長」
*****《コウタ視点》*****
『聞こえますか、社長』
流石にビビったね。だって音声を拾ったと同時に話しかけられたから。
ちなみに聞こえているが、こっちの話声はキリエに聞こえない。
『打ち合わせ通り、私の合図で砲撃をお願いします。目標は全戦車……お願いします』
「ああ、任せろ」
聞こえていないが返事をする。
それより、そっちの状況がもの凄く気になった。
『……合図の前に、少しだけ独り言をさせて下さい』
キリエは俯き、視線をクリスへ向ける。
このタイミングで独り言か、何だろうか?
するとキリエは、ポツリと呟いた。
『私とクリスは姉妹ではありません。血の繋がらない赤の他人です』