134・ブルー・アンバー・ウルフ④/砕ける剣、目覚める拳
二人と一匹になっても、戦況は厳しかった。
シャイニーの剣はボロボロで攻撃力が無いに等しく、コハクの打撃やしろ丸の風は今のオセロトルに対して殆ど効果が無い。しかもコンディションは最悪、ダメージが多くまともに動けない。
それに対してオセロトルは、徐々に回復しつつあった。
全身を骨で覆う事により防御力は今までと比較にならないくらい上昇し、骨でガッチリと傷を押さえることにより、今まで受けた傷を止血する。
それにより、痛みこそあるが戦闘にはまるで問題なかった。
その余裕からか、オセロトルはシャイニー達をいたぶり始める。
『どうしたどうした? もっと本気で来い』
オセロトルは、既に防御を放棄していた。
ヴァルナガンドの鎌鼬ですら避けず、強靱な骨鎧で受ける。
余裕の表れであり、完全にシャイニー達を見下している行動だった。
その行動が、命取りになるとも知らずに。
「ハァァァァァッ!!」
シャイニーは叫びながら双剣を振り、オセロトルの前足を何度も斬りつける。
オセロトルは避けようともせず意に介してすら居ない。足下でじゃれつくシャイニーを見て薄ら笑いを浮かべていた。
「だぁぁぁっ!!」
同じく、コハクの打撃も効いていない。
二人の攻撃音だけが空しく響き、オセロトルは前足でシャイニー達にじゃれつく。
「ぐぁぁっ!?」
「あぐぅッ!?」
ほんの少し触れるだけで、二人は弾き飛ばされる。
力の差はあまりにも絶望的だったが、それで諦める二人では無い。
『オセロトルッ!!』
『無駄無駄、いい加減に諦めろ……そうだヴァルナガンド、お前に最後のチャンスをやろう』
『何……?』
オセロトルは下卑た薄ら笑いを浮かべ、シャイニーとコハクを見る。
『そこの二匹を殺し喰らえば……今までの事を赦してやろう』
『………』
『どうだ兄弟、また昔みたいに暴れようじゃないか』
『断る』
ヴァルナガンドは、一切の迷いを見せなかった。
『貴様は我の敵だ。ここで始末することに変わりない』
『………憐れ』
何本もの牙がヴァルナガンドを襲うが、風を使い軌道を逸らす。
だが、何本かの牙は逸らすことが出来ず、ヴァルナガンドの身体をかすめる。
『そろそろ、終わりにするか。いい加減に腹も減った』
『ッ!!』
「しろ丸っ!!」
シャイニーが叫び、その意図を察したヴァルナガンドは風を起こし砂を巻き上げる。
『ぬ……』
砂嵐が晴れると、そこには誰も居なかった。
『奇襲か……面白い』
オセロトルから少し離れた木の上、ヴァルナガンドの背中に乗ったシャイニーとコハクがいた。
ボロボロで、二人とも肩で息をしているが、闘志は失っていない。
「しろ丸、見えた?」
『ああ。だが······今のままではムリだ』
「大丈夫。ね、シャイニー」
「ええ、アタシとコハクで突っ込むからアシストして。トドメは譲る」
『だが……我の風では今のオセロトルの牙を完全には逸らすことは不可能だ。お前達の身体を風で覆っても、恐らく数発しか耐えることは出来ん』
「大丈夫よ、あとは根性で弾くから」
「任せて。ふんす」
シャイニーとコハクが立てた作戦。
それは、二人がオセロトルの相手をしてる間に、ヴァルナガンドがオセロトルの弱点を探るという事だった。そしてヴァルナガンドは弱点を見つけた。
『······危険すぎる』
「「·········」」
ヴァルナガンドは、心の底から二人を心配していた。
共に食事をし、撫でてもらい、洗ってもらい、甘やかしてくれた。
そんな二人が、今まさに死地に飛び込もうとしてる。
「いい? ここでアタシ達が気張らないと、ヒダリの集落は全滅する。アタシはそんなのイヤ」
「わたしは、ご主人様に頼まれた。だから戦う」
『お前ら……』
シャイニーは、ヴァルナガンドの背中を撫でる。
コハクは、ヴァルナガンドの頭に抱きつきモフモフ甘える。
「しろ丸、アタシ達を信じて」
「わたし、頑張る」
『······わかった』
こうして、最後の攻防が繰り広げられようとしていた。
『来たか!!』
オセロトルは振り返り頭上を見上げる。
するとそこには、風を纏ったシャイニーとコハクがいた。
「おりゃーーーーーーッ!!」
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
『いい加減に飽きてきた……死ねッ!!』
放たれるのは、今までとは比較にならない量の『牙』だ。
散弾銃を何丁も合わせて同時に発射したような、牙の雨。
シャイニーとコハクは、迎撃する。
シャイニーは、恐るべき量の牙を前に怯えること無く切り払う。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
全神経を集中して見る、視る、覧る。
牙の一本一本の動きを見て、身体をずらし、飛んでくる牙に足を乗せて足場に、必要最低限の動きで躱し、剣で切り払い、当たっても支障の無い牙は無視。
シャイニーは戦いの中で進化していく。
全身を使い、人間では到底不可能な動きで牙を凌いでいく。
「ぐぅぅっあァァァァァッ!!」
何度目かの剣撃で、『シュテルン』が粉々に砕け散った。
残った『エトワール』もヒビだらけで、あと数撃で砕け散るだろう。
身体を守る物は無い。牙が擦るたびにサラシは破れ鮮血が飛び散る。
だけど、シャイニーブルーは諦めない。
着ているサラシがほぼ破れ、白い裸体が赤く染まっても。
そして、シャイニーは叫ぶ。
「人間ナメんなゴラァァァァァァァーーーーーーッ!」
そして。
コハクは『破龍拳グラムガイン』のギミックを全て展開し、オセロトルに向けて飛ぶ。
両手の爪『竜虎爪』、両踵の牙『飛龍爪』、両膝の杭『竜杭』、両肘の刃『龍刃』。
「がぁぁぁぁぁーーーっ!!」
獣のような咆吼を上げ、迫る牙を叩き落とす。
コハクはシャイニーより強いが、シャイニーほど器用では無い。
飛んでくる牙は見えるが、手や足を振り回し強引に叩き落としているだけであり、視界に入るが対応しきれない牙がコハクの身体を少しずつ傷付けていく。
だが、コハクは諦めない。
コハクは、ずっと淋しかった。
親兄弟から愛されず母親も知らない。そんなコハクが貰った物は、格闘技という強さだけ。
修行というのを口実に家を出た。ホントは淋しかった。誰でもいいから自分を必要として欲しかった。
そして、悪い事をして捕まった。イライラして何人も殴り飛ばしてしまった。捕まったのも自分が悪いと思っていたし、どんな目に遭っても受け入れようと思っていた。
だけど、コウタは助けてくれた、優しかった。
自分を必要としてくれた。美味しい物をいっぱいくれた。優しく頭を撫でてくれた。大事な、たくさんの思い出をくれた。
ミレイナ、シャイニー、キリエ、しろ丸という仲間に出会った。
初めて出来た、大事な人達。
守りたいと願う、初めて力が欲しいと思った。
「ガァァァァァァァァァーーーッ!!」
牙がコハクの身体を貫き傷付ける。
『破龍拳グラムガイン』がひび割れ、籠手が砕けレガースも割れる。
「もっと、もっともっと!!」
身体中が熱くなる。
心臓が高鳴り、熱い何かが身体中を駆け巡る。
それは魔族としてのコハクの中に眠っていた魔力。
「グゥゥガァァァーーーーーーーッ!!」
コハクが吠えた瞬間、群青と黄金の光がコハクを包み込む。
鈍い銀色の『破龍拳グラムガイン』の形状が変わる。より精錬されたデザインに、群青色をベースに、稲妻のような黄金のラインが何本も入る。まるでコハクの瞳のような色へ。
そして、破龍拳グラムガインは更なる変化を遂げる。
ドロリと金属が溶け、コハクの身体を包み込む。
かつて伝説の勇者パーティーの一人が使った、最強の戦闘形態へ。
「砕けろぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」
群青と黄金が混ざった虎のような兜、龍のような尻尾、虎のように進化した『竜虎爪』に、龍のような翼が生えた、コハクだけの『鎧身形態』へ進化した。
頑強な鎧は牙を意に介せず、進化した『竜虎爪』が届く。
そして。
シャイニーの剣とコハクの爪が、オセロトルの両眼球に突き刺さった。
全身が頑強な骨に守られても、『眼』だけは剝き出しの生身だ。
シャイニーが気付き、気取られないように必死で足を攻撃した。
完全にシャイニー達を嘗めていたオセロトルは、まんまと作戦に引っかかった。
『ガァァァァァァァァァァァァッ!?』
『エトワール』は深々と突き刺さり、シャイニーの二の腕まで眼球に潜り込み、コハクの『竜虎爪』はオセロトルの眼球を遠慮無く抉りだした。
『ごぁぉぉっ!? メが、眼がぁぁぁぁっ!?』
「きゃぁっ!?」
ブンブンと暴れ、シャイニーの腕が眼球から抜けて弾き飛ばされる。
鎧姿のコハクはその場から離れ、飛ばされたシャイニーをキャッチした。
「あ、ありがと……って、それ、勇者の……」
『かっこいい?』
「う、うん……って、それよりも!!」
シャイニーが気が付いた瞬間に、風を纏ったヴァルナガンドが飛翔していた。
視力を失い錯乱状態のオセロトルにトドメを刺すため。
『オセロトルゥゥゥゥゥッ!!』
『グガァァァァッ!!』
ヴァルナガンドは、オセロトルの喉笛に食らいつく。
何度かの攻防で、この部分が一番骨が薄いことを看破していた。
『ガゥゥゥゥゥゥッ!!』
『ガ、カカ……ガア』
バキバキと骨が砕け、ブチュッと肉に牙が食い込む。
オセロトルは足をばたつかせ抵抗するが、ヴァルナガンドの牙は離れない。
そして、ギチギチと音が変化した瞬間。
『さらばだ、我が兄弟!!』
ゴキン、と……オセロトルの首の骨が砕かれた。
オセロトルは完全に沈黙した。
シャイニーはボロボロ、コハクは群青と黄金の竜虎鎧のまま、ヴァルナガンドも血塗れのままでお互いに歩み寄った。
「お、終わった……?」
『おわったね』
『……ああ』
そして、シャイニーが気が付いた。
オセロトルの身体が、ピクピクと動いていたことに。
「しろ丸……」
『すまん……やはり我は臆病者だ』
ヴァルナガンドは、オセロトルを完全に殺していなかった。
ずっと一緒だった兄弟であり、寝食を共に過ごした日々は紛れもなく楽しかったし、袂を分けた今でも思い出は色褪せることがない。
「いいよ、どーせもう動けないだろうし」
『そうだね。みんなお疲れさま』
「って、さっさとその鎧脱ぎなさいよ」
『……どうやるかわかんない。シャイニー、お願い』
「アタシにわかるワケないでしょ!!」
そのやり取りを見ていたヴァルナガンドは小さく微笑み、地面に横たわった。
瞼がゆっくりと閉じられていくのを見たシャイニーは、ハッとなる。
「しろ丸っ!! だ、大丈夫なの?」
『ああ……少し力を使いすぎたようだ……少し、眠る……』
ヴァルナガンドが目を閉じると、再び身体がモコモコと縮んでいく。
その様子を驚いて見ていると、二人の足下に小さな毛玉がコロンと転がった。
『なうー』
愛くるしい、アガツマ運送会社のマスコットであるしろ丸。
いつのもバレーボールサイズの毛玉が、無傷でスヤスヤ眠っていた。
「はは……よかったぁ」
『うん……あ、こうかな?』
ゴソゴソと身体を弄っていたコハクの鎧が解除され、色と形状が変わった『破龍拳グラムガイン』が装着されていた。
「それ、勇者パーティーの武具……まさか変身出来るとはね」
「かっこいい。気に入った」
「ふふ……」
シャイニーは、粉々に砕け散ったエトワールと、オセロトルの眼球深く刺さったシュテルンを思い出す。
あそこまで破壊された武具は、もう修復不可能だろう。
「シャイニー、すっぽんぽん」
「え……あっ!?」
シャイニーは全裸だった。パンツも履いてない。
牙の攻撃で全て破れ、下着すら失ってしまった。
「やばいやばい、替えの着替えは集落の借宿の中だっ、コハク、お願い……あれ?」
シャイニーとコハクは気が付いた。
「うそ……!?」
オセロトルの身体が、消えていた。