133・ブルー・アンバー・ウルフ③/豹骨獣
豹帝オセロトル、臥狼ヴァルナガンド。
二匹の災害級危険種の対峙は、恐るべきプレッシャーとなり周囲を揺らす。
『ヴァルナガンド、生きていたのは誤算だが……忘れたのか?』
『……』
オセロトルはニヤリと口を歪め、ガパッと開ける。
『貴様の風では、オレの牙を防ぐことは出来ん!!』
散弾銃以上の威力と規模で発射された『牙』は、ヴァルナガンドだけでなく近くに居たシャイニーとコハクをも巻き込もうとしていた。
だが、ヴァルナガンドの表情は変わらない。
ブワッと周囲に風が巻き起こる。
『……なに?』
『ふ……愚かだな、オセロトル』
そこには、無傷のヴァルナガンド、シャイニー、コハクがいた。
牙は全て逸れ、近くの木や岩に突き刺さっている。
訝しむオセロトルに、ヴァルナガンドは親切に説明をした。
『確かに、貴様の牙は強力だ。我の風では防ぐことは不可能……だが、逸らすことは出来る』
『何だと!?』
『以前は頭に血が上っていたからな、貴様と正面からぶつかる事しか考えられなかったが、今は違う。冷静に対処すれば貴様の牙を風で誘導するなどワケがない』
『ば、馬鹿な!! 牙の数は千を超えているのだぞ!? その全て、一つ一つを逸らすなど……』
『出来る。何度も言わせるな……我は、貴様より強い!!』
風を纏ったヴァルナガンドが、恐るべき速度でオセロトルへ迫る。
オセロトルは飛び上がり距離を取ろうとするが、ヴァルナガンドがそれを赦さない。
一瞬で距離を詰められ、風を纏った爪で切り裂かれた。
『グッォォッ!?』
『ガルァァァァッ!!』
二匹の獣の咆吼が響く。
先ほどと違うのは、追い詰めているのがヴァルナガンドで、追い詰められているのがオセロトルという事だ。これを見たシャイニーは唖然とする。
「す、すっご……速くて見えない」
「しろ丸、強い」
シャイニーは何とか立ち上がり、今だ立てないコハクの傍へ向かい、身体を支えて立ち上がらせる。
「ボロボロね……」
「うん。シャイニー、おっぱい見えてるよ?」
「え、あ、わわわっ」
シャイニーの上半身はほぼ裸だった。
鎧は砕かれ鎧下に着ていた鎖帷子も引きちぎられた。細かい擦り傷や血が流れ、慎ましい乳房は大胆に露出していた。
シャイニーは、戦闘前に投げ捨てたカバンに向かい、中から止血用のサラシを取りだして胸を隠すように巻き付けた。
木々を足場に飛び回る二匹の災害級危険種の戦いは激しさを増しているが、シャイニーは速すぎて視認できない。だがコハクは辛うじて捕らえていた。
「しろ丸、追い詰めてる……あの赤い豹の攻撃、しろ丸には殆ど当たってない」
「マジ?……はぁ、イヤになるわね。アタシ達って必要ない?」
「………」
コハクは、答えなかった。
オセロトルの攻撃は、牙を飛ばし近づけば爪で切り裂くの二種類だけだった。だがヴァルナガンドの攻撃はそれ以上に豊富だ。
変幻自在の風の刃、突風、風を纏った突進、爪で切り裂き、竜巻を作りオセロトルを弾き飛ばすなど、徹底的にオセロトルを追い詰めている。
牙はもはやヴァルナガンドに当たらない、爪で切り裂きも当たらない。
オセロトルは徐々に徐々に追い詰められ、全身に無数の切り傷と出血が目立つようになる。
『グゥォォォォォッ!! ヴァルナガンドォォォォォッ!!』
『黙れ!! 貴様のようなクズはここで死ねッ!!』
ヴァルナガンドは風の玉を作り出しオセロトルへ向けて放つと、玉に囚われたオセロトルの身体が更に切り刻まれ、地面に叩き付けられた。
『グガァァァァッ!?』
『終わりだオセロトル、せめて我の手で眠れ』
地面に転がったオセロトルと、ほぼ無傷のヴァルナガンド。
『く、ククク……』
勝敗は決した。
誰が見ても、この状況ならそう思うだろう。
『はははは………流石は、オレの弟だ』
だが、オセロトルから出た言葉は、ヴァルナガンドへの賞賛。
血塗れの身体で立ち上がると、フラフラしながら高笑いする。
『いいだろう……貴様に使うことになるとはな』
『……何?』
『見せてやろう、パイラオフ様と戦うために編み出した、我が奥義を』
次の瞬間、オセロトルの身体から無数の『骨』が飛び出した。
『教えてやろうヴァルナガンド……オレの力は、無数の牙を飛ばす事じゃない、本来は全身の『骨』を無限に作り出すことが出来る能力だ。牙を飛ばす事など能力の副産物に過ぎん』
ベキベキと音を立て、オセロトルの身体を『骨』が包んでいく。
まるで鎧のように、鋭角で血の滴る赤い斑模様の骨鎧が包んでいく。
『な……』
驚きに包まれるヴァルナガンド。
オセロトルの身体は、骨の鎧により肥大化していた。
黄金に輝く瞳はギラギラ輝き、口から伸びる牙もサーベルのように長い、触れればそれだけで切れそうな赤と白の骨鎧、その姿は今までと完全に別物だった。
『これが我が奥義《豹骨獣》だ。誇りに思えヴァルナガンド、これを見せるのはお前が初めてだ』
先ほどとは違うプレッシャーに、オセロトルの身体から汗が流れる。
だが、ここで引くわけにはいかない。
『グゥゥゥゥ……ガァァァァッ!!』
ヴァルナガンドは、全身に風を纏い突進した。
シャイニーとコハクは、簡単な手当を済ませ、しろ丸の元へ加勢に向かおうと考えていた……が、森の奥から木々をなぎ倒し二人の元へ転がってきたのは、ボロボロになったしろ丸だった。
「な……し、しろ丸っ!!」
「しろ丸、しっかりして!!」
『グ、に、逃げろ……』
全身ボロボロのしろ丸は、呻くように二人に言う。
切り裂かれ、何本もの牙が身体に突き刺さり、あり得ない量の出血をしていた。
そして、森の奥から現れたバケモノを見て、シャイニーとコハクは硬直した。
『ふん、先ほどの勢いはどうしたヴァルナガンド?』
「な……なに、これ」
白い血染めの骨を纏った、豹骨獣オセロトルがそこに居た。
ギラギラと黄金の瞳を輝かせ、骨に包まれた口をニヤニヤと釣り上げている。
「あなた、さっきの豹?……それがホントの姿?」
『ははは、そんな事はどうでも良かろう? これから三匹まとめて死ぬのだからな』
コハクの質問に答える代わりに、口をガパッと開ける。
次の瞬間、ヴァルナガンドが勢いよく立ち上がり、オセロトルに体当たりをした。
『おっと、まだそんな力が残っていたか』
『逃げろ!! コイツはお前達より……いや、我より強い!!』
ヴァルナガンドは叫ぶ。
せめて、恩人である少女達だけでも守ろうと本気で叫ぶ。だが、ボロボロのヴァルナガンドは軽く弾き飛ばされてしまった。
『コイツはご主人の力でないと倒せん!! 今は逃げろ!! 逃げてくれ!!』
「ご主人……コウタのこと?」
『そうだ!! あの金属の力なら、時間を掛ければ倒せる!! 今は逃げろ!!』
「………」
その叫びを聞いて、コハクは立ち上がり前に出る。
シャイニーも息を吐き、ボロボロの双剣を握りしめた。
『な、何を!?』
「ダメだよ、しろ丸」
「………そうね」
『え……』
「まだ、手を尽くしていない。ご主人様はわたし達にここを任せた、なら……その信頼を裏切るわけに行かない。まだやれる事はある」
「そうね。コウタが帰ってきて集落が全滅してたら、きっとい悲しむわ。それに、アタシ達が死んだらもっと悲しむかも」
『な、ならば尚更逃げ……』
「ムリ。ケガしたわたし達じゃ逃げ切れない」
「うん、だったら手は一つ」
シャイニーとコハクは前を、目の前のオセロトルに向き直る。
「コイツを倒す、それしかない」
「ええ、どうせ死ぬんなら、戦って死ぬわ」
「死なないけどね」
ここへ来て初めてヴァルナガンドは狼狽した。
勝ち目のない戦いに身を投じ、命を掛けて戦いおうとしてるのだ。
『ば、馬鹿な……』
「しろ丸、私やコハクじゃ勝てなかった、アンタでも勝てなかった」
「なら、もう決まってるよね?」
『まさか……』
シャイニーとコハクは振り返り、しろ丸を見る。
蒼い瞳と、群青と黄の瞳は戦意に満ちあふれていた。
「みんなで戦えば、きっと勝てる」
「やるわよ、しろ丸」
これが人間、これが魔族。
しろ丸は震えた。恐怖でなく熱い何かが身体を駆け巡る。
『は、ははは………ハハハハハッ!!』
ボロボロの身体を持ち上げ、二人と並ぶ。
不思議と負ける気がしなかった。全身に闘志が満ちあふれた。
『ふん、雑魚が三匹……これで終わりにしてくれる』
相手は、赤い斑模様の骨鎧を纏った災害級危険種オセロトル。
対してこちらは満身創痍の人間、魔族、モンスター。
命を賭けた、最後の勝負が間もなく終わる。