131・勇者のお話⑥/大誤算
*****《勇者太陽視点・ミギの集落》*****
ミギの集落に到着して、数日が経過した。
集落内はモンスター対策として壁を補強したり、住民達による警備団などが見回りを強化していたが、至って平和な日が続いていた。
オレ達勇者パーティーが集落にお世話になって数日。集落は平和そのものだった。
「う〜ん······」
「タイヨウ殿、どうされました?」
現在、オレとウィンクは集落とその周辺をパトロールしている。モンスターの痕跡や怪しい気配が無いかを探るためだが、ここ数日、災害級どころかモンスターすら殆ど出なかった。
「いや、もしかしてハズレだったかな」
「いえ、まだわかりません。我々の存在を感知して出てこないのかも」
「それはそれで困るだろ? オレらをシカトしてヒダリの集落にでも向かわれたら、それこそ意味がない」
「も、申し訳ありません。浅はかな考えでした······」
「いやいや、そこまで落ち込むなよ」
ウィンクは、騎士のくせに感情の起伏が激しい。
もっとこう冷静沈着に······ってのが騎士ってイメージなんだが、ウィンクは騎士より冒険者が似合ってるような気がした。
とにかく、今は出来る事をやろう。
パトロールを終えて間借りしてる簡素な平屋に戻ると、ちょうど月詠が料理を作り終えたようだった。
テーブルの上には集落で採れた新鮮野菜を使った野菜炒めに焼き立てパン、鶏肉のスープが並んでいる。
「おかえり、ちょうどいいわ、お昼の時間よ」
「サンキュー、あれ? 煌星は?」
「水汲み、すぐ戻るわ」
と言った瞬間、平屋のドアが開かれた。
「ただいま戻りました〜、あれ、太陽くん達も戻ったんですね」
「手伝います」
ウィンクは煌星の持っていた水瓶を持ち、キッチンへ運ぶ。
本来は男の仕事なのに、ちょっと申し訳ない。
「さ、手を洗って食事にしましょう」
手を洗い席に座り、四人で食事をする。
パンは柔らかく野菜炒めは少し塩味が効いている、なのでパンをカットして野菜炒めを挟んで食べるとちょうどいい味になる。それにスープはやや薄味、実に俺好みだ。
月詠はこう見えて料理が上手い。逆にお嬢様の煌星は料理が苦手で、ウィンクも料理自体したことがないそうだ。クリスは月詠の手伝いをしていたからか、簡単な煮炊きくらいは出来る。ちなみにオレは小学生レベルの料理なら作れるぜ。
食事が終わり、煌星がみんなにお茶を淹れてくれた。
「ふぅ······」
オレ達は、無言でお茶を啜る。
いつもならクリスがみんなに話しかけ、その話題に乗っかり会話するのが日常だったはずなのに。クリスの抜けた穴はやはりデカい。
「なぁ、いつまでここに居ればいいと思う?」
だからこそ、オレがしっかりしないとな。
すると、三人はオレの話題に乗っかってくれた。
「モンスターが現れるまでね。現状、痕跡すら見つからないから、近くには居ないと思うけど······」
「やはり、ヒダリの集落が先なのでしょうか?」
「可能性は否定出来ませんね。ですが、我々には待つ事しか出来ません」
「くそ、じれったいな」
待つだけなんてオレには合わなすぎる。
腹ごなしの運動でもしようかと思い、部屋の隅に置いてあるケースを見ると、月詠がジロリとオレを睨む。
「ダメよ」
「······まだ何も言ってないじゃん」
「あのね、どうせ《アクセルトリガー》の練習をするとか言うんでしょ? 今この瞬間にも災害級が出るかもしれないのに、体力を使うわけにはいかないわ」
「ぐむむ」
産業都市スゲーダロの天才魔導技師《アレクシエル博士》が作り出した新兵器・《アクセルトリガー》は、オレ達の魔力をエネルギーに鎧身形態の能力を開放する、まさに引金だ。
一度だけ、この中で最も魔力量が多い煌星が試したが、一〇秒ちょい程度しか持たなかった。それくらい超高出力で強い。
災害級との戦いで披露すれば、最高の演出になると思うんだけどなぁ。
「······今は待ちましょう。焦っても仕方ないわ」
「そうですね。でも、太陽くんが焦れる気持ちもわかります」
「ぐぅぅ、私もです‼ 待つしか出来ないこの気持ちをどうすれば‼」
「そのへんのモンスターにでもぶつけてこいよ······」
この話から数日後、事態は最悪の展開を迎えた。
朝起きて朝食を食べると、伝令が来た。
ホーリーシットからの伝令らしく、急いで馬を走らせたのか顔色が非常に悪い。でも仕事はきっちりこなすタイプなのか、王様からの手紙をオレ達に渡した後も、直立不動で立っていた。
月詠が王様からの伝令を読み上げると、オレ達の顔色も伝令兵と同じくらい青くなった。
「ウソ、だろ?」
「ヒダリの集落が······次の標的」
「そんな、まさか······」
「く······馬鹿な」
オレ達、いや······オレの選択は間違っていた。
情報によると、旅の運送屋の護衛がヒダリの集落を守っているらしいが、災害級危険種相手に戦えるはずがない。つまり、ヒダリの集落はもう······なんて考えてる場合か‼
「行くぞ、まだ間に合うかもしれねぇ」
「ちょ、これからヒダリの集落へ⁉」
「決まってんだろ、このまま見過ごすわけに行くか」
「で、でも······もう」
「月詠‼」
「っ、ご、ごめん」
オレは旅支度をするために平屋の自室へ、するとウィンクが後に続く。
「休まず馬車を飛ばせば数日で到着します。急ぎましょう」
「ああ‼」
オレは諦めない、ウィンクも諦めない。
月詠と煌星には悪いが、オレはヒダリの集落へ向かう。
カバンを掴み外へ出ると、月詠が追いかけてきた。
「太陽、待ちなさい。もう」
「うるせぇっ‼ まだ間に合うかもしれねぇだろ、ここで動かなかったら本当に手遅れになる‼」
「いい? ホーリーシットからここまで馬で飛ばしても数日は掛かる。ホーリーシットに情報が入ってここまで来たって事は、少なくてもヒダリの集落が狙われてると知ってから数日は経過してる、今から向かっても手遅れよ‼」
「そんなの確認しないとわからねぇだろうが‼ じゃあなんだ、ここで待ちぼうけしてろってのか? 次の報告は『ヒダリの集落が全滅したから次はミギだ』なんてわかりきった報告を待つのかよ⁉」
「違うわよ‼ いいから落ち着いて、今この集落を離れるのは間違ってる‼」
「オレは一人でも行く‼ 絶対に最後まで諦めねーぞ‼」
「······っ、あたしだって」
怒鳴り合いをするオレと月詠に、ふわりと煌星が割り込んだ。
手には大きなカバンが二つある。
「二人とも落ち着いて下さいな。月詠ちゃん、太陽くん」
「煌星······」
「わたくしは、太陽くんに賛成です。今から急いで集落へ向かえば、数日で到着するでしょう。集落の安否を確かめても、一週間は掛かりません」
「で、でも······」
「落ち着いて下さい、今まで襲われた集落の統計情報ですと、集落が襲われて次に向かうまで最低でも一週間程の空きがあります。ミギの集落に災害級が現れるとしても、十分な時間があるはずです」
「で、でも、データはデータで」
「はい。なので、今すぐ、これから向かいましょう」
煌星は、ニッコリ笑ってカバンを差し出す。
月詠は頭を抱え、差し出されたカバンを引っ手繰る。
「······行くわよ」
「はい」
煌星は優しく微笑むと、月詠の後に続く。
外ではウィンクが馬車を準備し、出発の時を待っていた。
「皆さん、急ぎましょう‼」
オレ達は馬車に乗り込み、ヒダリの集落へ向けて出発した。
「太陽」
「ん?」
「その······ごめん」
「いや、オレも悪かった」
頭に登った血は、煌星のおかげで下がった。
こんな時、頼りになるのは煌星だ。
とにかく、今は急いでヒダリの集落へ向かおう。