129・ブルー・アンバー・ウルフ②/苦戦
先手はコハクだった。
地面が抉れるほどのダッシュでオセロトルの距離をゼロにする。
『ほう』
「はぁぁっ‼」
オセロトルは感心したように言う。
コハクは速度を維持したまま方向を変え、オセロトルの右前脚と右後脚の間、つまり脇腹へ向けて飛び上がり、拳を突き上げた。
狙いは内蔵。コハクの拳なら体表を超えて衝撃が内部まで浸透する。どんな生物でも内蔵は鍛えられていないはず。
「えっ」
だが、オセロトルは一瞬で姿を消した。
脇腹まであと数センチというところで、オセロトルの身体がブレた。そえ認識した時にはすでに遅かった。
『遅い』
「っ⁉」
飛び上がったコハクの背後。
前脚を振り上げるオセロトルを確認、コハクは瞬間的に攻撃を中断、身体を丸めた。
「ぎぁっ⁉」
が、そのまま地面に叩きつけられる。
地面が陥没し、コハクは衝撃で吐血した。
「コハクっ‼」
シャイニーが双剣を構えオセロトルに向かおうとした瞬間。
『プッ‼』
オセロトルは口から何かを吐き出した。
「ッ‼」
シャイニーは血の気が引き咄嗟に双剣を交差、ほぼ同時に恐ろしい衝撃が全身を揺さぶり、地面に踏ん張る事が出来ずに弾き飛ばされた。
「あ、がぁっ⁉」
地面を何度も転がった。
衝撃は凄まじく、何かを受け止めた両手はビリビリと痺れ、直撃を受けた双剣の一本であるシュテルンは、ヒビが入っていた。
シャイニーは、受け止めたのが『牙』と認識する。
デコトラカイザーとオセロトルの戦いを見ていなければ、受け止める事は出来なかっただろう。
「ぐ······」
「はぁ、はぁ、はぁ······」
コハクは倒れたまま、シャイニーは肩で息をしている。
戦闘が始まって一分、早くも心が折れそうになった。
「はぁ、はぁ······」
甘かった。
見るのと戦うのではまるで違う。
デコトラカイザーの耐久性があったからこそ『牙』を耐えることが出来た。モニターで見る牙の速度なら躱せると踏んでいた。
だが、現実は違う。
対峙しただけで理解した、人間が勝てる相手ではないと。
『くくく、心が折れたか』
オセロトルの言葉が、シャイニーの胸に突き刺さる。
コハクはゆっくりと立ち上がり、改めて構えを取る。
「負けない」
『ほぉ、こちらの娘はまだやるか』
シャイニーは、立ち上がる事が出来なかった。
コハクは両手の篭手から三本爪の『龍虎爪』を出し、足に装備した靴と一体型レガースの踵から『飛龍爪』を展開した。
『いいだろう、相手をしてやる』
その表情は愉悦、コハクの抵抗が面白いのだろう。
コハクは飛び出し、先程とは比べ物にならないジャンプをする。
空中で右足を高く上げ、オセロトル目掛けて振り下ろす。
「だぁっ‼」
強烈な踵落としは外れ、地面にクレーターを作る。
当たらない事はわかっていたのか、コハクは両手の爪を踵落としの体制のまま突き上げた。
『ぬっ⁉』
そこには、前脚を振り下ろすオセロトルがいた。
コハクは踵落としが当たらない、そして追撃のためにオセロトルが前脚を振り下ろす攻撃をしてくるだろうと読んでいた。そこで敢えて踵落としを繰り出し、カウンターを取ろうと我作したのだ。そして見事に策は成功する。
『チッ』
「やぁぁぁぁッ‼」
振り下ろされた前脚に強烈なカウンター。
オセロトルの前脚にコハクの爪が刺さり、赤い血が飛び散った。
『グゥゥッ‼ この、ガキっ‼』
コハクから距離を取り、オセロトルは大口を開ける。
散弾銃のような牙が発射されるが、コハクはすでにそこにいない。限界まで身体を低くして、オセロトルに向かって走り出したのだ。
『貴様っ‼』
「近付けば当たらない‼」
そう、距離さえ詰めれば牙の攻撃は当たらない。
コハクのスピードならオセロトルが牙を発射するまでの間に距離を詰められる。口を開けて牙が発射されるまで、オセロトルは無防備になる事をコハクは看破した。
オセロトルは牙を中断し、前脚と爪を使った打撃と斬撃に切り替える。
「もう当たらない」
『何っ⁉』
どんなに強烈な前脚でも、射程距離や行動は決まっている。
獣の脚では人間のような複雑な動きは不可能、振り下ろしや薙ぎ払い程度しか出来ないとコハクは考えた。そしてその答えは当たっていた。
脚の長さと攻撃パターンを計算し、絶妙な距離の接近戦を仕掛ける。そしてチャンスがあればカウンターでの斬撃をおみまいする。徐々に徐々に、オセロトルの前脚から出血が激しくなっていた。
『チッ······』
オセロトルは攻撃を中断し、近くの木の上に飛び上がる。
『少しは、やるようだな』
「あなたの攻撃は見切った。あとは少しずつ削っていく」
『······ほう』
オセロトルは木の上で斬られた脚をペロペロ舐める。それだけで血は止まっていた。
『では、オレも少し本気を出そう』
「え」
次の瞬間、コハクの身体が弾き飛ばされた。
「う······が、がはっ」
弾き飛ばされたコハクは、シャイニーの近くの木に激突した。
再びの吐血、今度は立ち上がれない。
『腕力、速度、機転、どれもなかなかだ。だが、オレを相手にするのはまだ早い』
オセロトルの口から出たのは、意外にも称賛の言葉だった。
『お前は生かしておいてもいい。だが······』
『なぅぅぅぅっ‼』
全身の白毛を逆立てて、しろ丸は威嚇する。
トラック並みの大きさのオセロトルに、バレーボールほどの大きさのしろ丸では勝敗など考えるのも馬鹿らしい。
『なぁぁぁぁっ‼』
『ふん、憐れすぎて見るに耐えん』
オセロトルは、前脚を使ってつまらなそうにしろ丸を弾き飛ばした。
しろ丸はピンポン玉のように跳ねて木にぶつかり、コロコロと転がる。
『なぅぅ······』
『く、ハハハハハッ‼ 憐れ憐れ、これがかつての弟なのか⁉ 実に滑稽だ‼』
オセロトルは高笑いし、ボロボロのしろ丸を嬲る。
前脚で転がし、叩きつけ、弾き飛ばす。
それを見ていたシャイニーは、座り込んだまま何も出来なかった。
「やめて······」
コハクは気を失っている、しろ丸は嬲られている。
シャイニーは、戦意を失い立つことができない。
『ハハハハハッ‼』
『なぅぅ、なぅぅっ』
ボロボロになりながら転がされているしろ丸。
大事な仲間、可愛らしくフカフカの身体、シュークリームを美味しそうに尻尾を振りながら食べる姿を思い出す。
「やめて、やめてよ······」
シャイニーの目から涙が溢れる。
何が任せろだ、何がアタシ達で倒してやるだ。何も出来ずに座り込み、涙を流してるだけの卑怯者ではないか。
「やめ、て」
フツフツと、闘志が湧いてきた。
そうだ、いつもそうだった。
アインディーネと戦った時は怒りと復讐心が恐怖を打ち消していた。勝てる勝てないじゃなく、許せないから戦った。
なら、今度も同じだ。
大事な仲間をやられて許せない。
怖いから、死ぬかもしれないから戦えないなんて気持ちは無視しろ。
あの豹をブチのめせ。
「やめろ·······」
シャイニーブルーは立ち上がる。
晴れ渡る蒼天のような、美しい蒼髪をなびかせて。
「やめろこのクソ豹がぁぁぁぁーーーッ‼」
ヒビだらけの双剣を構え、シャイニーは飛び出した。
だが、決意や意思だけで人は強くなれない。
「はぁぁぁぁぁッ‼」
『ふん······プッ‼』
オセロトルはつまらなそうに口から牙を飛ばす。
超高速で飛来する牙を前に、シャイニーは。
「っづぁっ‼」
剣で受けて流す。
受け止めた衝撃を堪えるのではなく、無理矢理反らした。
ビギビギと剣が悲鳴を上げるが無視。シャイニーの目にはオセロトルの足元に転がるボロボロのしろ丸だけが写っている。
『ふ、なるほど』
オセロトルはニヤリと笑い、何発もの牙を飛ばす。
シャイニーに当たる物とそうでない物を混ぜ、回避や命中のタイミングを乱す。
「っっぐぁぁぁッ‼」
『何?』
だが、シャイニーはギリギリで受け流し、辛うじて回避した。
双剣はボロボロになり、ハイミスリルの鎧は殆ど砕け、鎧の下に着ていた鎖帷子もボロボロになり素肌が露出した。
だが、そんなの関係ない。
傷だらけのボロボロになりながら、鬼気迫る勢いで突っ込んだ。
「返せぇぇぇぇぇぇーーーッ‼」
『ぬっ⁉』
オセロトルは一歩下がった。
人間の少女の勢いに、僅かに飲まれたのだ。
その隙に、シャイニーは足元に転がるしろ丸をキャッチした。
『貴様ッ‼』
「う、ぐぅっ」
オセロトルの足元でシャイニーは蹲る。
怪我をし過ぎたのか、身体が悲鳴を上げていた。
『死ねッ‼』
振り下ろされる前脚を前に、シャイニーはしろ丸を抱き締め、せめてしろ丸だけでもと、守るように身体を丸めた。
「がぁぁぁぁっ‼」
『何ッ⁉』
だが、オセロトルの攻撃はコハクによって阻止された。
ミサイルのように飛び上がり、オセロトルの前脚を飛び蹴りで弾き飛ばしたのだ。
「コハクッ‼」
「シャイニー、逃げてっ‼」
「うんっ、ぐっ⁉」
シャイニーは立ち上がるが、身体がビキリと硬直する。思った以上にダメージがあり、まともに動けなかった。
「シャイニーッ‼」
『失せろッ‼』
「あっがぁっ‼」
コハクが弾き飛ばされ、シャイニーも巻き込まれた。
二人は何度も転がり、シャイニーはしろ丸を離してしまう。
『もういい、貴様等と遊ぶのも終わりだ。ここで死ねッ‼』
ボロボロの二人は立ち上がれず、顔を上げる。
すると、オセロトルが大口を開け、牙を発射しようとしていた。
「こ、はく······にげて」
「シャイニー、ご主人様······ごめん」
『終わりだ』
無情にも、牙が二人に向けて発射された。
「·········?」
「······え」
シャイニーが思った事は、痛みが来ない事だった。
コハクが感じたのは、柔らかな風だった。
『これは······』
オセロトルの声が、驚愕に染まる。
シャイニーとコハクは目を開け、ゆっくりと前を見た。
『·········』
そこに居たのは、真っ白でフカフカな球体。
愛くるしい、アガツマ運送会社のマスコット。
『ようやく、目が覚めた』
真っ白な球体は低い声で喋った。
『エネルギーを取り続けたお陰か、オセロトルの攻撃のお陰か……くくく、この姿では思考能力も低下するのか、なんともまぁ情けない』
チョコチョコ歩きながら、白い球体はシャイニーとコハクの前まで来る。
『シャイニーブルー、コハク、我を守ってくれて感謝する。ここからは……我に任せよ』
「え、あ……あの」
「しろ丸?」
ボロボロの傷だらけだが、しろ丸は前を向く。
そして、しろ丸の身体が不自然に盛り上がり始めた。
「え、うそ」
「わぁ……」
ボコボコと、丸い球体が盛り上がる。
大きさが変わり形も変わる、白い球体から純白の狼へと変わる。
オセロトルと同サイズまで変化した肉体は、あまりにも威風堂々としていた。
『く、くくく……ハハハハハッ!! やはり、やはりこうでないとな、ヴァルナガンド!!』
『オセロトル……ケリを付けよう』
真紅の豹と、純白の狼。
白虎王パイラオフの眷属であり、『六王獣』の二体。
最強の力を持つモンスター同士、真の戦いが始まった。