128・ブルー・アンバー・ウルフ①/ちょっとした過去
*****《シャイニー、コハク、しろ丸視点・ヒダリの集落》*****
ヒダリの集落では、住人の若い男達により集落を囲う柵の強化が施されていた。
もちろん、こんな柵に災害級危険種が手間取るはずがない。無いよりはあったほうがいいレベルの囲いである。
若い男衆と言っても大した人数はいない。しかも全員が農民で戦闘経験など無い。シャイニーとコハクの存在は集落にとってとてもありがたい存在だった。
現在、シャイニーとコハクは集落を見て回っている。
「······やっぱダメね。戦力は期待出来ない」
「うん。筋肉は付いてるけどそれだけ、戦いには向いてない」
「農民だからね。力仕事は得意でも、戦いなんて精々が狩りぐらい、住人は集落の護衛を任せて、アタシ達だけでやるしかないわ」
「うん」
そう考えていたが、二人の顔は笑っていた。
相手は災害級危険種、これまでにない相手である。
集落を一通り周り入口近くの岩に腰掛けると、しろ丸が鳴いた。
『なうー』
「どうしたの? おなか減った?」
『なうなう』
コハクはカバンからシュークリームを取り出すと、袋を開けてしろ丸の口元へ。するとしろ丸は嬉しそうにガツガツ食べ始めた。
「しろ丸のお兄さんか······」
「うん」
しろ丸は、実の兄に殺されかけてこの姿になった。
その事を考えると、シャイニーの胸は熱くなる。
「実の弟を殺すなんて······しかも、理由が『人間を食べなかった』から? ふざけんじゃないわよ」
「よーしよーし」
『うなーお』
コハクはしろ丸の頭をフカフカとなでると、しろ丸は嬉しそうに鳴いた。それを見たシャイニーもカバンからパックのカフェオレを取り出して飲む。
コウタ達と別れ数日が経過していた。
「······ねえ、コハク」
「なに?」
時刻は朝の八時頃。集落が聖王国から貰った情報によると、災害級危険種は日中に現れている。恐らくだが深夜の寝こみを襲うより、人の活動する日中を選んでいるのだろうと予想していた。どこまでも悪趣味な獣だとシャイニーは思っていた。
オセロトルが現れるまでの時間、シャイニーはコハクと話す事にした。
「あのさ、仕事はそこそこ慣れてきたけどさ、まだアタシはあんたの事をよく知らないのよね」
「それはわたしも同じ」
「うん。せっかくだし、アタシの事を話すわ」
シャイニーは、自分の事を話した。
ウツクシー王国の元王女で、濡れ衣を着せられて追放された事、ゼニモウケで冒険者になった事、『七色の冒険者』の一人だった事、冒険者をクビになりコウタと出逢った事、ウツクシー王国へ戻り復讐を終わらせた事などなど。
コハクは真剣に聞いていた。
「とまぁ、こんなところね」
シャイニーは淡々と語り終えた。とっくに終わってる事なので感情が揺れることはない。
「シャイニー、強い」
「そ、そうかしらね」
「うん。わたしとは違う」
「·········え?」
コハクは、抱えていたしろ丸をシャイニーに渡す。
「わたし、両親に見放された子供なの」
コハクは、あっさりと言った。
「わたし、純粋な『魔竜族』じゃない、混ざり物のハーフらしいの」
コハクは頭に巻いたバンダナを取る。そこには小さなツノが二本生えていた。
「魔竜族にとってツノは象徴、でもわたしはこんな半端なツノのおかげで、兄弟達からよく虐められた」
ツノは数センチほどで色は黄色。バンダナでもキレイに隠れてしまうサイズだ。
「お父さんは、わたしを見ようとしなかったし、お母さんの事は何を聞いても絶対に答えてくれなかった。でも、わたしに格闘技は教えてくれた」
コハクは懐かしいのか、ほんの少しだけ微笑を浮かべる。
「お父さんと叔父さんは魔竜族最強の双璧って呼ばれて、お父さんは魔竜族の長に、叔父さんは魔王四天王の一人として魔界でも尊敬されてた。わたしも尊敬してる、だから強くなろうって思ったの」
シャイニーは黙ったまま聞いていた。
何かを質問すれば、この話は終わってしまうような気がした。
「わたし、一人でいろんな場所へ行って戦った。SやSSのモンスターを狩って、どんどん強くなった。兄弟の誰よりも強くなった。でも·········お父さんは、わたしを見てくれなかった」
浮かべた微笑は儚く消えた。
「だから決めたの。強くなって、お父さんよりも強くなって、わたしを見てもらおうって。だから旅に出た、この人間の住む世界に」
コハクは俯いた顔を上げ、蒼い空を見上げる。
「わたし、悪い事をして捕まった。でも、ご主人様が助けてくれた。だからご主人様に恩を返す。アガツマ運送の社員として、ご主人様のために頑張るの」
コハクは、ここでシャイニーを見た。
まっすぐなキラキラした瞳で。
「今はとても楽しい。ミレイナ、シャイニー、キリエがいて、しろ丸も居てくれる。わたしの人生で一番の思い出の時間」
そして、笑顔の種類が変わる。
「だから守る。ご主人様と、ご主人様が守りたい物を。悪い事をするモンスターを倒して、ご主人様に褒めてもらう」
闘志に満ち溢れた、獰猛な笑みを浮かべる。
強くてまっすぐな瞳に、シャイニーは同類の笑みで返す。
「あんたの事、よくわかった······ふふ」
「わたしも、シャイニーのお話を聞いて、シャイニーが大好きになった」
「そう? ふふふ」
『なうっ‼』
しろ丸は、とても嬉しそうに鳴いた。
それは、突然現れた。
「っ‼」
「えっ⁉」
『ッ‼』
コハクは集落の入口を見て、シャイニーも一瞬遅れて、しろ丸はシャイニーの腕から飛び降り、入口へ向けて走り出す。
「シャイニー‼」
「わかってるわよ‼」
二人はしろ丸の後を追い、集落の入口へ。
強い殺気、そして重圧。シャイニーとコハクは確信した。
『くくく······エサの時間だ』
『なぅぅぅぅっ‼』
災害級危険種『豹帝オセロトル』
真っ赤な体毛に黄金の瞳を持つ豹の怪物。どうやら勇者は間に合わなかったようだ。
シャイニーがチラリと入口の隅を見ると、腰を抜かしている門番の男性がいた。
「住人は全員家に避難、終わるまで出てきちゃダメ、いいわね」
冷たく言うと、門番は何度もコクコクと頷いて這いずるように集落へ戻った。
それを見届け、シャイニーは前を向く。
「こうして対峙するととんでもないわね」
「うん、すっごく強い」
だが、引かない。引くわけに行かない。
シャイニーは双剣『シュテルン&エトワール』を抜き、コハクは両手両足に装備した『破龍拳グラムガイン』を確かめるように両拳を打ち付ける。
それを見たオセロトルは鼻で笑った。
『フン、人間が抵抗するのか······んん? 貴様は違うな······スンスン、このニオイ、魔族か?』
「うん、でも関係ない。あなたはここの人達をたべるんでしょ? ならわたしの敵」
その言葉に、オセロトルは笑う。
『くくく、貴様もまた裏切り者か。いいだろう、ヴァルナガンドと共に、オレの一部にしてやろう』
オセロトルはガパッと口を開け、全身の毛を逆立て威嚇する。
ビリビリとした重圧は、シャイニーが今まで経験した中でも最高の威圧だった。
リアルに感じる死の恐怖に、シャイニーは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。だが、一歩前に出たコハクがシャイニーに向かってニッコリ笑う。
「シャイニー、やろう」
「······ふん、年下のくせに」
シャイニーは両手の双剣をクルクルと回転させ逆手で構える。
コハクは拳を前に突き出し構えを取る。
しろ丸は毛を逆立てて威嚇する。
『ふん、いい加減に腹が空いてるんだ、さっさと死ね‼』
こうして、人間と魔族としろ丸の戦いが始まった