127・トラック野郎、わけわからん
トラックは、兵士達に完全包囲されての入国となった。
そして、連行されるようにホーリーシットの象徴である『エクテニア聖王堂』へ連れて行かれる。というか先行する馬車に付いていくんだけどな。
隣には、キリエが乗っている。
「……なぁ、どういうことなんだ?」
「申し訳ありません。あの場を収めるには、これしかありませんでした」
キリエ曰く、クリスが飛び出すのを止められなかったとか。
あの場でクリスが飛び出せば、騒ぎになることは当然わかっていた。だが、寝てばかりで何の役にも立ててないクリスは我慢出来なかったようで、自然と身体が動いてしまったとか。
クリスは、先行する馬車に乗せられて大聖堂を目指してる。
俺達はクリスを運んできた関係者プラス姉のキリエという事で、一緒に連れて行かれてる。
当初の予定では、聖王に謁見するのは勇者パーティーと合流してからのはずだったのに、いきなり出鼻をくじかれたぜ。
キリエはため息を吐きながら言う。
「仕方ありません。勇者パーティーは居ませんが、何とか聖王を説得するしかありませんね」
「でもよ、太陽達が居ないんじゃ、クリスは捕まっちまうかも知れないぞ」
「……社長、お願いがあります」
「え?」
キリエは、少しだけ間を置いて言った。
「私の考えが正しければ、恐らくクリスは宣戦布告の材料として使われるでしょう。聖王国の象徴である、新たな『聖王』として、自らの足でこのホーリーシットまで戻ってきたと伝われば、ホーリーシット軍の士気は上がり、オーマイゴッド軍の士気は下がるのが目に見えています」
「戻ってきたってか勇者パーティーに会いに来たんだけどな……」
「関係ないでしょうね。恐らくですが、もう勇者パーティーには会えない可能性があります。少なくとも、戦争が始まり、終わるまでは……」
ああ、なんてこった。
どうしてこう、面倒な事ばかり起きるんだよ。
「そこでお願いがあります」
「………なんだ?」
イヤな予感がした。
そして、その予感はいつも的中する。
「デコトラカイザーの力で、ホーリーシット軍の戦車を全て破壊して下さい」
冗談抜きで、キリエの正気を疑った。
そもそも、何故あそこで名乗りを上げたのか?
「あくまでクリスが戻ってきたように見せかけるためです。連れられてきたのと自らの足で戻ってきたのでは違いますからね。少しでもこちらの立場を上にするために、敢えて威厳を見せつけるように言いました」
これから、なにをするのか?
「私とクリスはグレゴリオ聖王に謁見します。クリスを一人には出来ないので、私が傍に居ます。上手くいけば戦車を撤退させ、両軍を引かせることが可能かも知れません」
なぜ、デコトラカイザーで戦車を破壊するのか?
「前線に戦車が配備されている以上、近くにオーマイゴッド軍も居るはずです。そこで全車両を破壊して見せつけるのです。『オーマイゴッドでもない、ホーリーシットでもない、最強の力』を。そうすれば両軍は混乱に陥るはず」
「………まさか、暴れるデコトラカイザーを見せつけろと?」
「いえ、トラックの新たな変形を習得すれば、姿を見せずに戦車を破壊することが可能です。そうですね、タマ様」
『肯定です。中遠距離砲撃形態・『ユニックデコトラカイザー・クレーンジャケット』ならば姿を見せずに遠距離から正確、かつ安全な砲撃で戦車を無効化することが可能』
「え」
おい、なんでキリエがそのことを知ってる。
「こんなこともあろうかと、タマ様にトラックの性能について確認しておいたのです」
「マジかよ……」
俺以上にトラックを知ってやがる。
「社長、私が上手く言いくるめますので、大聖堂に到着したら国境まで向かって下さい」
「ゆ、勇者パーティーはどうするんだよ?」
「ご安心下さい。私がグレゴリウス聖王に情報を提供して、勇者パーティーをヒダリの集落へ向かわせます」
「………でも」
「安心して下さい。私は必ず戻ります」
「キリエ……」
俺は、不安だった。
キリエと別れたら、もう会えなくなるような気がした。
そんな俺の不安を感じたのか、キリエは手を伸ばしてハンドルを握る俺の手にそっと重ねる。
「私の帰る場所は……貴方の、いいえ、アガツマ運送です」
「………わかった」
優しい笑顔だった。
社長が、社員を信じないでどうしろってんだ。
「グレゴリオ聖王は私にお任せを。クリスを勇者パーティーに戻し、オーマイゴッドやホーリーシットが二度と干渉出来ないようにしてみせます」
後でわかった事だが、キリエは恐ろしい奴だった。
大聖堂へ到着するまでの間、簡単な打ち合わせをした。
「社長、最悪の場合、私を見捨てても構いません。少なくとも」
「却下」
俺はキリエが何か言う前に止める。
俺は腰抜けのビビリだが一つの会社を経営する社長だ。社員を見捨てる事は出来ない。トカゲのしっぽ切りみたいな事をするなんて、俺が嫌っていたブラック企業そのものだ。
「悪いな、もしお前に何かあれば、ミレイナやシャイニーやコハクが黙っていない。当然だが俺もだ」
「·········」
「ま、お前が上手くやれば済む話だ。頼んだぞ」
「·········はい」
キリエは俯いたが、嬉しそうに見えた。
西欧風の町並みを抜け、ついに到着した。
「おぉ、すげえ」
「これが『エクテニア聖王堂』ですか。確かに、オーマイゴッドの『エレイソン大聖堂』に匹敵する大きさですね」
エレイソン大聖堂がサグラダ・ファミリアだとすると、エクテニア大聖堂はモンサンミッシェルだな。例えが子供みたいで申し訳ない。
歴史を感じさせる白い煉瓦建築の立派な聖堂だ。確か一般開放もされてるんだよな。
先導する馬車は、迷いなく大聖堂の敷地内へ。どうやら人目のつかない裏口に向かうらしい。
馬車が止まり、中からクリスが降りてくる。
顔色が非常に悪い。ありゃ「やっちまった」って表情だ。
「では社長、手筈通りに」
「ああ」
トラックを包囲していた兵士達は離れ裏口に整列する。すると裏口の観音開きの立派なドアが開かれ、中から法衣を着た偉そうなオバちゃんが現れた。
キリエはトラックから降りるとクリスの傍へ。
クリスはキリエのシスター服を掴み、泣きそうな顔をしていた。
「キリエねぇ······」
「大丈夫」
それだけ言うと、オバちゃんが話し始める。
「初めまして。私は大司祭の一人ブリジットです。お初にお目にかかります、聖王クリスティアヌスとその実姉キリエレイソン」
「初めましてブリジット大司祭。エクテニア大聖堂始まって以来の女性司祭として、尊敬しております」
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいわ。楽にしなさい」
ううう、なんか胃が痛くなってきた。
俺は運転席に座ったままなのに、空気がピリピリしてるのが伝わってくる。
「長旅でお疲れでしょう? 部屋を用意したのでまずは身を清めて着替えを済ませなさい。その後、グレゴリウス聖王と謁見をして戴きますので」
「ありがとうございます」
キリエは優雅に礼をするが、クリスはカタカタ震えてる。
仮にも勇者パーティーで鍛えられていた少女なのに、完全に怯えていた。
「ところで······あれは何かしら?」
ブリジット大司祭の視線は、トラックに向いていた。
俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じ、ツバをゴクリと飲む。
「あれは旅の運送屋です。護衛を兼ねてここまで運んで戴きました。報酬は支払い済みですので、解放を」
「·········ふむ、不思議な乗り物ね」
嫌な予感がした。
だが、キリエは上手だった。
「詳しくは機密なので話してくれませんでしたが、どうやら勇者王国が作り出した物だそうです。下手に勘繰りを入れると危険と判断したので、詮索は不要かと」
「勇者王国? まさか······」
「恐らく、勇者と繋がりのある異物です。あれを利用すれば安全にここまで来れると思い利用しました」
「ほう······」
「御者も男性ですので」
キリエは胸をクイッと上げた。
それだけで理解したのか、ブリジット大司祭はニヤリと笑う。
「ふふふ、気に入ったわ。貴女とはいいお話ができそうね」
「ありがとうございます」
そう言って、ブリジット大司祭は中へ。キリエとクリスも後に続いた。
兵士の一人が近付き、俺に言う。
「案内御苦労、出口は向うだ」
来た道を引き返し、大聖堂の敷地から町へ。
これで見事にパーティーが別れた。
俺とミレイナ、シャイニーとコハクとしろ丸、キリエとクリス。
やるべき事を済ませ、みんなを迎えに行かなくちゃ。
俺は一度だけ振り返り、大聖堂を見る。
「はぁ、とんでもない事になったな」
平穏な運送屋への道は、まだまだ先になりそうだ。
『警告』
「え?」
『······警告解除』
「は? なんだよタマ」
『一瞬、敵意を感知しました』
「はい? 敵意ってこんな町中でかよ」
『現在は消失。問題ありません』
「ふーん」
ま、何かの勘違いだろ。
とにかく、打ち合わせ通り国境へ向かおう。
この時は、気が付かなかった。
「······へぇ」
ニヤリと、誰かが微笑んでいたなんて。