120・ハートオブビースト⑤ /また、そして
宴が終わり、村人達は家に帰ったり酔い潰れて広場で寝たりと様々だった。
ヴァルナガンドは立ち上がり、村を出ようと歩き出す。
「行っちゃうの?」
『·········』
そんなヴァルナガンドを、一人の少女が見上げていた。
一番最初にヴァルナガンドに懐いた少女であり、ずっとフカフカのお腹で寝転んでいた少女だ。
村人は酔い潰れて寝ているが、この少女は起きていた。
「オオカミさん、また来る?」
『·········』
少女の真っ直ぐな瞳を見て、ヴァルナガンドは思う。
「また来る」の一言が、喉の奥まで出掛かっていた。
『·········さぁな』
「えへへ、またお腹触らせてね」
何故だろうか。
ヴァルナガンドは、とてもくすぐったい気持ちになった。
胸の奥から生まれた気持ちを振り払うように、ヴァルナガンドは跳躍する。
災害級危険種に分類されるヴァルナガンドの脚力は、この程度の規模の村なら一度の跳躍で離れる事は容易かった。
『·········ふん、いい餌場を見つけた』
ヴァルナガンドは自分に言い聞かせる。
この村なら美味い飯をたらふく食える。生肉を喰らい血を啜るのも飽きたし、暫くは利用してやろう。
その為には、もっと美味い肉を土産に持っていけばいい。
この辺りに生息する、そこそこ強いモンスターの肉ならもっと美味い飯に有りつける。
『ふ、言い訳だらけで情けない』
まずは、オセロトルと合流してこの村の事を誤魔化しておこう。オセロトルがここを見つけたら厄介な事になる。
そう考え、ヴァルナガンドはオセロトルと合流する事にした。
村からかなり離れた場所で、オセロトルと落ち合った。
オセロトルは興奮した様子でヴァルナガンドを出迎える。
『首尾はどうだ、ヴァルナガンド』
『ああ、大した成果はない』
『·········そうか、くくく』
『お前はどうなのだ、オセロトル』
ヴァルナガンドは気が付いていた。
オセロトルから、血のニオイが漂っていたのを。
『冒険者、と呼ばれる人間を何人か見つけた。殺して喰らったが······くくく、やはり人間は美味だ。いい脂が乗っている』
『·········そうか』
舌なめずりをするオセロトルを見て、ヴァルナガンドは嫌悪感を感じていた。
生まれてからずっと一緒にいた兄弟なのに、どうして······。
『·········』
いや、違う。
変わったのは、ヴァルナガンドの方だ。
モンスターの有り方としては、オセロトルのが正しい。
モンスターから見ても、異端なのはヴァルナガンドの方だ。
『オセロトル、我の探索した地域に村や集落はなかった。人間らしいニオイも感じなかったし、向こう側はハズレだろうな』
『そうなのか? ふむ、ならば明日は別の地域を探索しろ。オレはもう少しこちらを探索する』
『わかった』
オセロトルと話し、ヴァルナガンドはその場に座る。
するとオセロトルが聞いてきた。
『ヴァルナガンド、お前は人間を食えるか?』
『なんだ、突然』
『いいから答えろ』
『·········食えるさ』
『そうかそうか、くくく······』
それだけ言うと、オセロトルは身体を丸めた。
翌朝。
ヴァルナガンドが目覚めると、既にオセロトルは居なかった。
恐らく、人間を探しに出掛けたのだろう。
『さて、我も獲物を狩りに行くか』
この辺りで美味そうな肉はオーク肉だろう。
脂の乗った肉は焼くと絶品、塩コショウで味付けをしたシンプルな骨付き肉がヴァルナガンドは好きだった。
『······おっと、いかんいかん』
無意識に溢れた唾液を前足で器用に拭い、ヴァルナガンドは早速狩りを始めた。
周囲に住むモンスターは敵ではない。先日よりも大きく脂の乗ったオーク肉を仕留めようとヴァルナガンドは森を進む。
『············ぬ?』
そして、気が付いた。
ヴァルナガンドの鼻は、災害級危険種の中でもトップレベルの探知機でもある。
嗅ぎ慣れたニオイがいくつもある。
『···············』
ゾワリと、背中から何かが走る。
嫌な予感が、ヴァルナガンドの何かを刺激した。
『············馬鹿な、あり得ない』
昨夜、オセロトルは言っていた。
もう少しこの辺りを探索すると、ヴァルナガンドが探索した地域には何もないと確かに言った。だからあり得ない。
オセロトルのニオイが、あちこちにあった。
『まさか······』
ヴァルナガンドは、全速力で村に向かった。
最初に感じたのは、血のニオイだった。
村に近付くに連れて、ニオイはどんどん強くなる。
『馬鹿な、馬鹿な馬鹿なっ‼』
村に到着したヴァルナガンドが見たのは血煙の漂う村だった。
何人もの人間がただの肉片となり、村のあちこちに転がっている。
『·········』
その中には、見知った顔もいくつかあった。
ヴァルナガンドが救った三人の狩人が、武器を握ったまま事切れていた。どれも四肢を失い、必死に抵抗したのが目に見える。
『おお、来たかヴァルナガンド』
『·········』
村の中央には、オセロトルが座っていた。
口をモゴモゴ動かし何かを咀嚼している。
『ふん、やはり人間の村があったか······貴様、独り占めしようと黙っていたな?』
ヴァルナガンドは俯いたまま何も言わない。
『気付いていなかったのか? ヴァルナガンド、お前から人間のニオイがプンプンするぞ。そんな事も気付かないほど朦朧したのか?』
『·········』
『やれやれ、我が弟ながら情けない。どこまで人間に気を許したのかは知らんがな·········プッ‼』
モゴモゴと口を動かしていたオセロトルが何かを吐き出した。
それはヴァルナガンドの足元まで転がった。
『·········』
『さて、次の村を探すぞ』
『···············トル』
『この辺りに村があると言う事は、人間共の流通があるという事だ。すぐに見つかるだろうな』
『オ·············トル』
ヴァルナガンドは、震えていた。
何かが、溢れ出していた。
その震えを見たオセロトルは、ニヤリと笑って言う。
『ん、ああ、ここの人間はオレが全て喰った。悪かったなぁ』
『オセロトルゥゥゥゥゥゥゥッ‼』
次の瞬間、ヴァルナガンドの周囲に風が舞う。
完全な殺意を漲らせ、オセロトルに襲い掛かった。
『ガァァァァァッ‼』
『ふん、やはり人間に毒されたか······仕方ない、お前はもういらん、ここで始末してやる』
オセロトルもまた、全身の毛を逆立ててヴァルナガンドを迎え撃つ。
こうして、二匹の災害級危険種の戦いが始まった。
ヴァルナガンドの起こした風に煽られ、オセロトルの吐いた何かが転がった。
それは、小さな人間の······少女のような腕だった。