119・ハートオブビースト④/歓迎と肉の丸焼き
ヴァルナガンドは血のニオイの場所に到着した。
『やはりモンスターか』
そこに居たのは負傷してる数人の人間と、全身が鎧のような筋肉に覆われたゴリラのようなモンスターだった。
「な、なんだ!?」
「くそ、新手か!!」
人間はヴァルナガンドを見て絶望する。
目の前のゴリラのようなモンスターでさえ太刀打ち出来ない相手なのに、さらにモンスターが現れたのだ。ここで諦めても可笑しくない状況だったが、ヴァルナガンドの取った行動はシンプルだった。
『慌てるな人間、貴様等を助けてやる』
「しゃ、喋った!?」
「おいおい、喋るモンスターなんて初めて見たぞ!!」
この瞬間、ヴァルナガンドは殺意をゴリラに向ける。
ゴリラは隙だらけの人間を襲うことなく、注意をヴァルナガンドに向ける。
そして悟る。
『ゴ、ゴ、ゴァァァ……』
『ふん、力の差くらいは計れるか』
ゴリラは、勝ち目がないことを既に悟っていた。
ガタガタ震え、ヴァルナガンドに向けて頭を下げる。
『我に服従を選ぶか……ならば、この山から去れ』
『ガ、ガァァァァッ!!』
そう命じると、ゴリラは一目散に走って逃げた。
人間達は、その光景をポカンと見つめていた。
「あ、あの……」
『拾った命、ムダにするな』
それだけを言い、ヴァルナガンドは去ろうとした。
だが、人間の一人が勇敢にもヴァルナガンドを引き留める。
「あの!! ありがとうございました!!」
『気にするな、ただの気まぐれだ……』
「それでも、命を救って頂きました!! その、何かお礼を……」
「お、おい」
人間の一人が人間を引き留める。
流石に心を許しすぎと警戒してるのだろうか、だがヴァルナガンドは聞いてみた。
『…………ちと、腹が減ったな』
「え?」
『お前ら、肉を焼いて調理する事は出来るか?』
ヴァルナガンドは、エゾと食べた肉の味を思い出していた。
人間に簡単な手当をして、彼らが住む集落に案内して貰った。
その道中、何匹かのモンスターを狩り食材にする。
「オレたち、この近くの村に住んでるんですけど、この山にはよく狩りに来るんです」
「今日は獲物がなかなか捕れなくて……それで、普段は行かない場所に踏み込んだらこのザマです」
「でも、貴方が来てくれたおかげで助かりました」
人間の数は三人。
それぞれアイド、ガム、ドドルという名前があるらしい。
ヴァルナガンドは名乗らず、彼らの歩調に合わせながら歩いていた。当然だが人間に背中を赦すという事はしなかった。
その代わり、ヴァルナガンドの背には先ほど仕留めた野生のビッグオークが乗っている。
『我が村へ入ると騒がしくなるぞ』
「いえ、構いません。命の恩人ですから、精一杯もてなしをさせて下さい」
「当然ですよ。騒ぐ奴等がいたらオレがぶっ飛ばします!!」
「おいドドル、悪いがオレも加勢するぜ」
この三人は村でも最高の腕を持つ猟師らしい。
聞いてもいない事をペラペラ喋るのは鬱陶しかったが、ヴァルナガンドに対して全く恐怖は感じていない。むしろ長年の友に対するような距離で接してきた。
『人間とは不思議なものだ……』
「え? どうしたんですか?」
『ふん』
ヴァルナガンドは苦笑した。
オセロトルとの合流まで時間はある。久し振りの調理された肉に少しウキウキしている自分がいると、ヴァルナガンドは理解していた。
「あ、あそこがオレ達の集落です」
アイドが指さした先には、小さい村があった。
木々に囲まれた小規模の村だ、村民は一〇〇人も居ないだろう。
「帰ったぞー」
ガムが声を上げると、家から何人もの子供や大人が現れ……。
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
「ば、バケモノだぁぁぁっ!!」
「ももも、モンスターッ!!」
「わぁぁ、かっこいいオオカミだぁぁぁっ!!」
大人は逃げ惑い、子供達は目を輝かせた。
巨大なオオカミに近づこうとする子供を親が引き留め、必死になって逃げようとしてる。
「おい、この御方はオレたちの命の恩人だ!! 失礼なこと言うなっ!!」
「そうだそうだ、見ろこのオーク肉を」
「さ、村長を呼んでくれ」
『おい、肉を』
「はい、それでは村の中央までご案内します。しばしお待ち下さい」
ヴァルナガンドは三人に案内され、村の中心広場に来た。
村人は家に引きこもり誰も居ない。ヴァルナガンドはオーク肉を広場に降ろした。
「では、村長の所へ行ってきます。その後すぐに肉を調理しますので」
『ああ、手早く頼むぞ』
三人が居なくなり、ヴァルナガンドはその場に横になる。
人付き合い、という物だろうか。
人間とは面倒だなと再確認し、ヴァルナガンドは大きな欠伸をした。
『………ぬ?』
「…………」
すると、目の前に小さな人間のメスがいた。
ヴァルナガンドを見上げ、ジッと見てる。
『…………』
「…………」
『何だ、娘』
「ねぇ、触っていい?」
全く遠慮も恐怖もなかった。
この瞬間にでもこの小さな娘を丸呑み出来る距離だ。
だがヴァルナガンドは、スンと鼻を鳴らし無視をした。
「わぁ、ふかふか」
『ぬ?』
「あったかーい……」
鼻を鳴らしたのを許可と取ったのか、娘がヴァルナガンドのお腹部分に顔を埋めていた。
フカフカと気持ちいいのか、娘はすぐに寝てしまった。
『………ふん』
それを咎めることなく、ヴァルナガンドは大あくびをして目を閉じる。
敵意や殺意を感じたらすぐに目が覚めるし、あの三人が戻ってくるまで一眠りする。
睡魔は、すぐにやって来た。
ふと気が付いた、身体が重い。
『…………な、これは』
目が覚めたヴァルナガンドが見たのは、自分の身体にもたれ掛かる何人もの子供達だった。
もたれ掛かるだけではなく、身体をよじ登り眠ってる子供も居る。
敵意や悪意、殺意などは全く感じなかった。だからこそ気が付かなかった。
『おいお前ら!! 我の身体を寝床にするな!!』
身体を揺すると子供達が一斉に起き、ワーワーキャーキャー騒ぎ出す。
その叫びは恐怖ではない、イタズラがバレた時の子供の声だった。
そして、フワリと漂う肉の焼ける香り。
『ぬ、これは……』
「あ、おはようございます。もうすぐ焼けますので」
広場の中央には大きな特注かまどが作られ、オーク肉は豪快に丸焼きとなっていた。
ポタポタと肉汁が垂れ、村全体を香ばしい香りが包み込む。
それだけではない。何故か周囲には大樽や机が準備され、何人もの人間が忙しそうに動いていた。
ヴァルナガンドは訝しみ、肉を焼くドドルに聞く。
『おい、何が始まるんだ』
「ああ、宴ですよ。あなた様に感謝の気持ちを込めた宴です。所でお酒は飲めますかな?」
『う、宴だと? それと酒?』
「はい、オーク肉はもちろん、料理もたくさん作りますので期待して下さい」
『ぬ、だが、人間は我を歓迎していないようだったが……』
「ああ、子供達が貴方様に懐くのを見てすぐにわかりましたよ。なので問題ありません」
『…………』
こうして、宴が始まった。
村の住人はヴァルナガンドに感謝し、歓迎した。
三人の猟師を救った救世主であり、神の使いとまで言われた。
オーク肉の丸焼きを豪快に皿に出され、ヴァルナガンドはその肉を貪る。
『……………美味い』
塩こしょうを効かせた絶品のオーク肉。
調理が加わると、肉はこうも美味くなる。
この味をオセロトルに伝えたいと思いつつ、オーク肉をガツガツ食べる。
「救世主さま、よかったらこちらをどうぞ!!」
『なんだこれは……ぬぅぅっ!? く、なんだこれはっ!?』
「何って、お酒ですよお酒。い~い気持ちになれますぜ?」
『くはっ、これは……ムリだ!!』
酒のきついニオイに当てられ、ヴァルナガンドは顔をしかめる。
救世主は酒が苦手、それを見た村人達は大笑いする。
村の広場は、いつしか祭り会場のように騒がしくなっていた。