114・オーマイゴッド、ホーリーシット
*****《神聖都市オーマイゴッド》*****
神聖都市オーマイゴッド・十二使徒の一人ナタナエル大司祭は、戦争への準備を着々と進めていた。
オーマイゴッドは、エレイソン大聖堂に所属する十二人の大司祭により運営されている。中でもナタナエル大司祭は、都市の防衛に関する業務を担当し、『聖なる軍勢』という軍隊の総司令官でもあった。
ナタナエル大司祭は、オーマイゴッドの敷地外にある『聖なる軍勢・総本部』の統括司令官室の椅子に座り、部下の報告を聞いていた。
「聖なる軍勢はそれぞれ進軍を開始しました。ホーリーシットの国境到着まで約二十日ほどです」
「ご苦労。こちらの準備が出来次第、私も出るぞ」
「はい」
ナタナエルは、腹心の部下に聞く。
「イクシス、お前はこの戦いをどう見る?」
「······決して避けられぬ戦いと見ます。これは聖なる神イースと神に愛されしヨシュアの代理戦争かと」
「つまり、人と神の戦争か」
「はい。ですが神より生まれし人が神に勝てるわけがありません。この勝負は我らの勝ちかと」
「ふむ、確かにな」
イクシスと呼ばれたナタナエル大司祭の腹心の女性はニヤリと笑う。
「聖なる軍勢はそれぞれが上級の魔術師軍団、何が来ようと全て魔術で蹴散らせる事でしょう」
「その通りだ」
このやり取りは、もう何度もしている。
聖なる軍勢の魔術師団体は、危険種の群れですら相手にならないほどの高火力魔術をいとも容易く使用できる。ナタナエル大司祭自慢の兵隊だった。
「ナタナエル大司祭。聖女クリスティアヌスはどうされますか? 彼女は行方不明と聞きましたが」
「ふ、戦争の引金が引かれた今、聖女などどうでもいい。全てが終わった後にゆっくり探せばよい」
「は。畏まりました」
この戦争は、『聖女』と『聖王』の関係性から来る争いだ。
ナタナエル大司祭は、クリスが聖女ではなく聖王であると確信している。そもそも、十二使徒の血族に現れるはずの『聖女』が、孤児であるクリスに現れたのだから。
ホーリーシットの言い分は間違っていない。
だが、こちらとてそうやすやすと『聖女』を手放すわけにはいかない。だからこそ戦争をするのである。
以前からホーリーシットは気に食わなかった。
聖なる神イースとは別に存在すると言われている母なる神パナギア。
この世界に神は一柱。別の神など存在しない。
あんなインチキ宗教国家など認めない。それがナタナエル大司祭の考えであった。
「国境に到着したら声明を出す。聖女クリスティアヌスの返還は認めないと······つまり、開戦だ」
「畏まりました」
イクシスは恭しく一礼し、部屋を後にした。
ナタナエル大司祭は葉巻を取り出し火をつける。
「くくく、聖女クリスティアヌスよ、貴様はいい起爆剤となった。感謝するぞ」
*****《聖王国ホーリーシット》*****
聖王グレゴリオの補佐であるブルクマンは、聖王国内にある軍事施設で作業をしていた。
「ふぅぅ、戦争の準備は忙しいねぇ」
彼は産業都市スゲーダロで開発された最新型戦闘車『竜甲丸』の最終調整を行い、全二十台のチェックを終えた。
グレゴリオの命令で、これらはホーリーシットの国境に配備される。つまり、こちらの戦争準備も終わりつつあった。
「むふふ、忙しい忙しい······くひひ」
ブルクマンは歪んだ笑みを見せながら、作業員達に指示を出す。
聖王グレゴリオは今頃、勇者パーティーと面会している事だろう。災害級危険種を討伐するため、聖女を除いたメンバーは全員揃ってるはずだ。
話によると、クリス返還の書状が先に届いたのがオーマイゴッドだったという説明をしてるようだが、中立国のオレサンジョウが言うのなら事実だろう。どちらかの国や都市に肩入れしないから中立国なのだ。ここは信用してもいい。
だが、この戦争はもはや聖女一人でどうにかなる物ではない。
聖女はあくまでも火種、もう止まることはない。
「さぁて、あちらさんは準備万端で来るかねぇぇ?」
ブルクマンは、顔を歪めて笑みを浮かべた。