113・ハートオブビースト③/心と恩を
ヴァルナガンドがエゾと出会い数百年。
エゾとの思いでは色褪せることなくヴァルナガンドの心に刻まれている。
エゾと別れたヴァルナガンドは、その足でコロンゾン大陸に帰りオセロトルと再会した。それから二匹は切磋琢磨してお互いを高めあい、災害級危険種と呼ばれる強さを手に入れた。
コロンゾン大陸でも上位レベルの強さのモンスターとなった二匹は恐れられ、退屈な日々が続く。
この頃から、ヴァルナガンドはオセロトルとは別に単独行動を取るようになっていた。
『ヴァルナガンド、どこへ行く?』
『ちと、近くの集落へな』
『また魔族の観察か……飽きぬものよ』
『ふ、気にするな』
ヴァルナガンドは、エゾと過ごした日々が忘れられなかった。
オセロトル以外は敵である。襲ってくるモンスターはエサであり退屈しのぎである。この考えに変化をもたらしたエゾは人間であり魔族ではない。
だが、人間に近い姿を持つ魔族を観察することで、またあの温かいふれあいを感じることが出来るのではないか……そう考えていた。
ヴァルナガンドは知りたかった。
弱肉強食の世界とは違う温かさ、人とふれあうぬくもりを。
そんな生活が長く続いた頃、ヴァルナガンドとオセロトルの前に一人魔族が現れる。
それはいつもと同じ狩りをして、仕留めた獲物の肉を喰らってる時の事であった。
『………ぬ、オセロトル!!』
『わかっているっ!!』
ふと、強大な魔力を感じた。
すでに骨だけとなったモンスターから離れ、二匹は最大の警戒をする。
「へぇ〜、あんた達が噂のケモノね。けっこうカワイイじゃん?」
現れたのは、一人の女の魔族。
白い肌に短い黒と白が混じった髪に、真っ赤な瞳を持つ女だ。
頭頂部には白い猫のような耳がピンと立ち、臀部の辺りからは白黒の縞模様の尻尾が生えている。
年齢は一〇代後半ほど、子供っぽい笑みを浮かべている。
『オセロトル……』
『言うな、ヴァルナガンド』
だが、二匹は瞬時に理解した。
この魔族は、自分たちより遥かに格上であると。
「まぁまぁ、別にケンカしに来たわけじゃないよ。ちょっとスカウトに来たんだ」
『………』
『………』
最大級の警戒をしながら、二匹は相手の出方をうかがう。
両手を広げて隙だらけをアピールしているが、飛び込んだ瞬間に細切れにされる未来が見えた。
ヴァルナガンドの後ろ足が震える。今までに無い恐怖の感情がわき上がった。
「あーもう、そんなに怖がらないでってば。ほーら、いい子いい子」
『ッ!!』
謎の女は一瞬でヴァルナガンドの傍に立つ。
速さには自信があったヴァルナガンドだが、この女は次元が違う。
気が付くと地面に座り込み、まるで子犬のように撫でられていた。
それは、ヴァルナガンドがこの女に屈服した瞬間でもあった。
「ふふ、ふーわふわだねぇ……ふかふか、ふかふか」
『クッ……』
「そっちの赤い子も、おいで」
『………』
オセロトルも、女の傍へへたり込む。
「こっちは……ふわって言うかさらっとしてる。うん、気に入ったよ」
女は満足したように笑顔を浮かべ、二匹の頭を撫でながら言った。
「今日から君たちは、ボクの眷属だ」
この少女の名前は『白虎王パイラオフ』
魔王四天王の一人であり、後に二匹が忠誠を誓った主である。
「いやー実はさ、ブラスタヴァンのおっさんとアルマーチェのクソガキが強ーい家来を連れててさ、なんか羨ましくなっちゃったんだよね。バサルテスのマヌケはどうでもいいみたいだったけど。それにボクの部下は自慢できるようなヤツはいない雑魚ばっかだし……でも、君たちなら自慢できるよ」
『は、はぁ……それだけで?』
『うむむ、オレには理解出来ん』
「見栄の問題だよ。ブラスタヴァンはともかく、アルマーチェのクソガキは自慢するのが目に見えてたからね、だから先手を打ったのさ」
意味は理解出来なかったが、二匹はパイラオフのしもべとなった。
「じゃ、行こうか、ボクの家に案内するよ。その後は天魔王様に紹介するから」
『……わかりました。このヴァルナガンド、あなた様に従いましょう』
『オレもです、我ら兄弟、あなた様に忠誠を誓います』
「あはは、ありがとね」
これが、勇者パーティーが玄武王バサルテスを倒す数年前の出来事だった。
それから数年後、事件は起きる。
異世界より勇者が現れ、人間界で暴れていた玄武王バサルテスが討伐されたと言うのだ。
バサルテスの討伐は大した問題ではなかった。バサルテスは四天王最弱で、六匹の眷属にすら劣ると言われていたが、問題は四天王が人間に討伐されたという事実だった。
これに対して魔王陣営が出した結論は、六匹の眷属の人間界進出だった。
つまり、今までは不干渉だった人間界で暴れてこい、魔族の強さを見せつけ二度と刃向かう気を起こさせるなという警告を含めた意味での進出だった。
この決定に、オセロトルは歓喜した。
『そうかそうか、人間界へ進出か!!』
『オセロトル……』
『くくく、嘗めた人間共め、我らの力を見せてやろう。なぁヴァルナガンド』
『………オセロトル、ここは抑えるべきだ』
『何?』
『玄武王バサルテスは人間界で暴れた、だから討伐されたのだ。力を力で返すやり方は······』
『黙れヴァルナガンド。貴様、天魔王様と主の決定に逆らう気か?』
『……』
答えられなかった。
ヴァルナガンドの中には、人間界に行ける喜びがあった。
もう会えないだろうが、エゾと過ごした森に行くチャンスだったからだ。
そして、魔術の力でホーリーシットの山に転移し今に至る。
ヴァルナガンドとオセロトルは、人間の集落を探すために単独行動を開始する。
オセロトルは嬉々として飛び出し、ヴァルナガンドは気が乗らずどっしりとした足取りで森を進む。
『はぁ······美味い肉が食べたい』
パイラオフに仕えてから、人間らしい食事はした事がない。
基本的にパイラオフは放任主義で、必要な時以外は二匹を放置していた。それにヴァルナガンドから美味しい食事が食べたいなど言えるはずがない。
『·········ぬ、血のニオイ』
嗅覚はオセロトルよりヴァルナガンドの方が優れている。
大きな獣臭と細かな鉄や革のニオイ。ヴァルナガンドはすぐに理解した。
『人間か·········どうやら襲われてるようだな』
ヴァルナガンドは別に人間を愛してるわけではない、エゾが特別だっただけである。
だが、ここで人間を救えば美味い飯に有りつけるかも······そんな打算的な思いを巡らせた。
『ふ、あれから数百年は経つのに、我も随分と甘くなったな』
人間や魔族はエサ、だがモンスターにはない技術がある。
自分に劣る生物に尻尾を振るなどあり得ない。
『人間、感謝するのだな』
かつてエゾは言った。
人間は同族で争う愚かな種族だ、でも人間全てがそうじゃない。中には優しく温かい心を持つ者もいるし、貰った恩を返そうと尽くす者もいる。自分は嫌われ者だが貰った恩に報いる事くらいはしたいと。
ヴァルナガンドは気付いていない。
彼もまた、エゾから受けた恩を返そうと立ち上がったのを。