109・トラック野郎、再び長期休業の流れ
キリエが居なくても、仕事は順調に進んだ。
これなら、ローテーションを組んで週休二日制度を採用できるかもしれない。不謹慎だがいいテストになった。
お昼頃にはシャイニー達も帰って来て、みんなでカップラーメンを食べた。
キリエはクリスの部屋でたべるらしい。まだ起きないから少し不安になるけど、シャイニーの見立てでは疲労困憊だから心配ないとの事だ。元冒険者の経験から出した答えらしい。
そして問題もなく本日の仕事は終わり、夕飯の支度をするミレイナを眺めながらボンヤリしてると、クリスの部屋からキリエが出てきた。
「お疲れ様です。社長、ミレイナ」
「おう、そっちもな。クリスは?」
「熱は下がりましたので、暫くすれば起きると思います。今はしろ丸が見ています」
「そっか、お前も少し休め」
「そうですよキリエ、はいどうぞ」
「······ありがとう、ミレイナ」
ミレイナは調理の手を止めて、キリエにハーブティーを淹れた。
フワリと香るのはミント系の香り。確か疲労回復に効果のある薬草だっけ。
「美味しい······」
ハーブティーを飲んだキリエは息を吐く。
すると、ガレージのシャッターが落ちる音が聞こえてきた。どうやらシャイニーとコハクが帰ってきたみたいだな。
「ただいまー」
「ただいま、ご主人様」
「おかえりなさい、シャイニー、コハク」
二人は手洗いうがいを済ませ、着替えをして戻って来た。
腹も減ったし、まずは夕飯にしよう。
そして、それは夕食が終わったと同時に聞こえてきた。
『なうなうなうっ‼』
しろ丸だ。
クリスの部屋のドアがガタガタ揺れる。どうやらしろ丸が開けようとしてるのか、まぁしろ丸じゃ絶対に開けられないだろう。
「クリスっ」
しろ丸が騒ぐとしたら、クリスの事でだろう。
全員で行っても仕方ないので、キリエが向かいミレイナが水差しを持って行く。俺とシャイニーとコハクはまだ行かない。
それから数分としないうちに、クリスの嗚咽が聞こえてきた。
ミレイナが部屋から出て俺に向かって頷く。今は邪魔をしないでのんびり待とう。
「私、クリスさんの食事を準備します」
「ああ。腹減ってるだろうしな」
ミレイナは手早くお粥を温め、クリスの元へ持って行く。
クリスが元気になったら、改めて事情を聞かせて貰おう。
それから三〇分ほど経過し、キリエが俺たちを呼んだ。
社員全員でクリスの元へ向かい、改めて事情を確認する。
クリスはベッドから起き上がり、ミレイナの寝間着を着ていた。
「あの、助けてくれてありがとう、お兄さん」
「気にすんな。それより身体は大丈夫か?」
「うん……わわっ!!」
『なうー』
「な、なにこの子……でも、かわいい」
『なうなうー』
クリスのベッドの上に、しろ丸が飛び乗った。
あんな短い手足なのに、大したジャンプ力だ。
「クリス、聞きたいことが山ほどあります。何故行き倒れていたのですか?」
「…………」
クリスはしろ丸をギュッと抱きしめる。
「私……オレサンジョウ王国から逃げてきたの」
俺たちは黙って話を聞く。
「キリエ姉ぇ……私、私たち……聖王国ホーリーシットの、王族かもしれないの」
「…………」
俺とコハクは首を傾げ、ミレイナとキリエは仰天していた。
この感じ、シャイニーがウツクシー王国のお姫様ってわかった時の反応に似てるな。
「私の癒しの力の起源、知ってるよね?」
「ええ、聖なる神イースから授かりし祝福の力ですね。かつてオーマイゴットを救った伝説の『聖女』の力……」
「そう……でも違ったの。私とキリエ姉は、オーマイゴットの生まれじゃない……聖王国ホーリーシットの王族から誘拐された子供だったの。だからこの力は聖なる神イースじゃない、母なる神パナギアの息子ヨシュアの力なの……」
「………なるほど」
えーと、さっぱりわかりません。
シャイニーとミレイナはわからないっていうか驚いて声が出ないみたいだし、コハクはぼんやりしたまま俺の後ろで突っ立ってる。そろそろツッコんだ方がいいのかな。
「そのことに気が付いたホーリーシットは私の返還を望んだ、でもオーマイゴットはそのことを認めず、勇者パーティーから離脱してオーマイゴットへ帰るように指示してきたの。もしホーリーシットに向かえば拘束されるかもしれないし、オーマイゴットに帰ったら監禁されるかもしれない。オレサンジョウ王国は中立だから、両国の指示を無視して私を匿うなんて決断はしなかったし、オレサンジョウ王国の決断は、最初に私の返還の書状が届いたオーマイゴットに従うつもりだったみたい」
「つまり……オーマイゴットに監禁ね」
「はい。どのみちホーリーシットにはモンスター討伐の依頼が入っていたので、タイヨウ達は向かったと思います……私は、逃げちゃいましたけど」
「モンスター討伐ですか?」
ミレイナとシャイニーも会話に参加し始めた。
俺とコハクがだんだんと空気になってきてるな。
「はい、ホーリーシットの山中に現れた災害級危険種です」
「災害級危険種……またですか」
「うん。ウツクシー王国で戦ったウミヘビが言ってたんだけど、どうやらこの世界に六匹の災害級危険種が放たれたらしいの。オレサンジョウ王国は『六王獣』って名付けて、見つけ次第退治しようとしてる」
「ろ、六匹の災害級危険種……ヤバいわね」
うーん、あのウミヘビはデコトラカイザーで釣り上げて瞬殺したからなぁ。強いってイメージがない。
「それより、これからどうするんだ?」
おし、ようやく会話に混ざれたぜ。
今はそんな危険モンスターはどうでもいい、問題はクリスだ。
「………わかんない。オレサンジョウ王国を出てきたのも、オーマイゴットにもホーリーシットにも行きたくないからだし、これからどうするかなんて考えてない」
クリスは、俯いてしまった。
しろ丸は黙ったまま抱きしめられてる。
「たぶん……オーマイゴットもホーリーシットもオレサンジョウ王国も私を探してる。私とキリエ姉が姉妹って事はバレてるし、ここに人が来るのも時間の問題……ごめんねキリエ姉、迷惑かけて……」
「………バカですね」
「え……わわっ」
キリエはクリスを抱きしめる。
クリスはキリエの柔らかそうな胸に包まれた。
「私は貴女の姉です。だから……頼ってくださいな」
「で、でも……」
「クリス、貴女はどうしたいのですか?」
「え……」
「オレサンジョウ王国も、オーマイゴットも、ホーリーシットも関係ない。貴女が、クリス・エレイソンがどうしたいのか……教えてください」
「わ、私が……?」
「はい。貴女の気持ちです」
「………」
クリスは黙り込み、次第に嗚咽を漏らし始める。
するとキリエの胸に抱かれながら、涙声で言う。
「わたし……タイヨウと、いっしょにいたい……タイヨウ、わたしをお嫁さんにするって……わたし、逃げちゃったけど……帰りたい」
「それが答えですね……ちゃんとあるじゃないですか、帰る場所」
「キリエねぇ……」
「クリス、勇者タイヨウは貴女を大事にしてくれますか? 貴女がどんな苦境に立たされようと、貴女を守ってくれますか?」
「………うん」
「それなら行きましょう。勇者パーティーの元へ」
「でも……私、逃げちゃった……」
「大丈夫です、私が一緒に謝ってあげます」
「でも……」
「ふふ、大丈夫ですよ。勇者はきっと赦してくれます。神は言いました、『許しを請う者は赦される』と」
「キリエ姉……」
うーん、二人の世界だ。
それにこの流れ、もしかしてまた長期休業の流れか?
「社長、私とクリスはホーリーシットへ向かいます。申し訳ありませんが、もう戻れない可能性もあるので、退職の手続きをお願いします」
「え」
突然の退職宣言に、俺は何も返せなかった。
すると、今まで黙っていたミレイナ達が前に出る。
「ダメです!! キリエは私たちの家族です。勝手に辞めるなんて赦しません!!」
「そうね。あんたはどうせ馬車で向かうつもりだろうけど、ゼニモウケからホーリーシットなんて数ヶ月は掛かる道のりよ。それならトラックで向かった方が早いわ」
「え」
「ミレイナ、シャイニー……」
「お姉さん……」
これは俺が運転するパターン?
「それに、追っ手が来るってわかってるなら、優秀な護衛が必要でしょ?」
シャイニーはやる気満々だ。
ミレイナも張り切ってるのか息が荒い。
「クリス、勇者パーティーにアンタを届ければ、勇者がアンタを守ってくれるのね?」
「……はい、タイヨウはきっと、私を守ってくれると思います」
「なら、アガツマ運送会社に依頼を出しなさい。荷物はクリス・エレイソン、届け先は勇者パーティーの元……報酬は勇者タイヨウの支払いでね」
おい、なんか勝手に始まってるよ。
俺、社長なのに……影薄すぎない?
「皆さん……お願いします。私を……タイヨウの元へ送って下さい!!」
「はいっ!!」
「任せなさい!!」
「クリス、私は貴女の味方です」
どうやら決定したようだ……ははは、泣けるぜ。
すると、コハクが俺の肩を叩く。
「ご主人様ご主人様、おでかけするの?」
「………ああ、そうだよ」
「わぁ、楽しみ」
「ははは………」
素直なコハクが眩しいぜ。
今更ダメなんて言えないし、こりゃまた長期休業だな。
「ご主人様ご主人様、つよいモンスターいる?」
「うーん、災害級危険種ならいるぞ」
「災害級……SSSレートだね。わたしまだ戦ったことない」
「会いたくねぇよ……」
いやマジで。
するとクリスがようやく気が付いた。
「あの、こちらの方は?」
「わたしコハク。ご主人様に買われた奴隷だよ」
「え……」
「おい、なんだその目は」
「い、いや別に……そ、それより、災害級危険種に興味があるんですか?」
クリスは視線を無理矢理コハクへ向けた。
もしかして俺への好感度がダウンしたのかも……悲しい。
「うん、戦ってみたい」
「ふふ、でもきっとムリですよ。私たちが向かう頃にはきっと討伐が終わってます。今回のモンスターは真っ赤な身体をした豹らしいですが、どんな敵が相手でも、タイヨウ達は負けません!!」
『ッ!?』
すごい信頼感だ、よっぽど太陽の強さに自信があるんだな。
でも、また長期休業かぁ……なんか長期休業が当たり前になってきたなぁ。




