107・勇者のお話③/神と人に愛されし勇者
*****《勇者タイヨウ視点》*****
オレ達勇者パーティーは、聖王国ホーリーシットへ向けて馬車を走らせていた。
「·········」
幌付きの馬車に座椅子が設置され、その上にクッションが敷いてある、お客を運ぶタクシーみたいな馬車らしい。だけど今はオレ達勇者パーティーの専用馬車だ。
「······なぁ、あとどのくらいで到着する?」
「途中でいくつか村を経由して補給をしなくちゃいけないから、まだまだ掛かるわ」
「そうか······」
何度したか分からない質問を月詠にする。
いつもの月詠なら「もう、何度も言ってるでしょ?」とか言いそうだが、全く言わない。
「はぁ······」
「·········」
煌星は何度もため息を吐き、ウィンクは目を閉じて黙祷してる。
オレサンジョウ王国を出発して十日、オレ達はこんな感じだ。
それも全て、クリスが行方不明になったからだ。
「なぁ、今度の災害級って、どんなヤツだろうな」
「情報では、赤い獣って話よ。既に人間の集落が襲われてる……急がないとね」
「はい。みなさん、頑張りましょうね」
「もちろん、騎士として当然のことです」
もう、こんな上っ面のやり取りを何度もしてる。
オレたちはクリスの捜索より、既に被害が出てるホーリーシットを優先した。
オレサンジョウ王国が総力を挙げてクリスの行方を追跡すると言ったが、なぜクリスが出て行ったのか、どこに向かったのかはだいたいの目星は付いている。
「なぁ……」
「なに?」
「その……えーと、今回は新兵器を使うんだろ?」
「可能ならね。データも欲しいし」
月詠に聞きたいのはそんな事じゃ無かったが、何となく聞きにくかった。
オレサンジョウ王国を出てから、オレたちはクリスのことを全く話していない。
月詠は、足下にあるケースを馬車の中にある簡易机の上に置き、ケースを開けて中身を確認する。
「スゲーダロで開発された新兵器、『聖武具展開補助装置』ね。これを使えば武具の性能が一時的に上昇する、でもその代わり肉体に掛かる負担はかなりの物……危険なアイテムね」
ケースの中には、装飾された拳銃のような道具が五つ収納されていた。
それぞれ金・赤・緑・白・蒼色に輝く銃口の無いオートマチック拳銃だが、オレたちの武具に対応する強化アイテムである。ヒーローにはお約束だな。
「おい月詠、何度も言ってるだろ」
「なに?」
「名前だよ、な・ま・え。そんな『せいぶぐなんちゃら』なんて言いにくいだろ? ヒーローの強化アイテムって言ったらカッコいい名前が必要だって」
「おお、さすがタイヨウ殿。素晴らしい」
「ふふ、ウィンクちゃんは乗り気ですね」
「あの……キラボシ殿、私にちゃん付けは不要と……」
「うふふ」
話が逸れてしまった。
少しだけいつもの雰囲気に戻った気がする。
「むふふ、名前はもう決めてある。そのアイテムの名前は『アクセルトリガー』だ」
「別に何でもいいわよ……」
「カッコいいです、太陽くん」
「はい、素晴らしいです!!」
オレ達勇者パーティーの強化アイテム『アクセルトリガー』は、きっとこれからの戦いに役に立つ。
さっさと災害級危険種を倒してクリスを探そう。
ちょっとだけ時間を巻き戻す。
クリスが行方不明になったのは、諜報室の話を聞いて数日後のことだった。
クリスから笑顔が消え、部屋に籠もりがちになり、食事も殆ど取らなくなったのを心配したオレたちは、クリスを町に連れ出そうと、全ての予定をキャンセルしてクリスの部屋に向かった。
結局、ホーリーシットへは四人で行くことになった。
いくら勇者と言っても、王国の決定を覆す力は無い。
クリスを庇い続ける事により、オーマイゴットやホーリーシットから不満を買い、いずれ起こるであろう戦争に巻き込まれる事だけは回避しなくちゃいけないそうだ。
オレたちだってわかってる。だからオレたちに出来る事は、クリスの傍でクリスを支える事だけだ。
ま、オレはクリスを諦めないけどな。だって可愛いし、オレのハーレムの大事なメンバーだし。
「おーいクリス、遊びに行こうぜ」
部屋のドアをノックするが、反応が無い。
もう一度ノックしても反応がない……仕方ない。
「クリス、入るわよ」
月詠にバトンタッチ。
部屋は開いていたらしく、そのまま女性陣が先に部屋に入る。
「クリスちゃん?」
「失礼します、クリス」
煌星が入り、ウィンクはわざわざお辞儀して部屋に。
月詠の了解があるまでオレは部屋の外で待機だ。
すると、顔を青くした月詠が部屋から出てきた。
「太陽………」
「お、来たか。クリスは?」
「……………これ」
「あ?」
月詠の手には、一枚の手紙があった。
『タイヨウ、ツクヨ、キラボシ、ウィンクへ。
勝手なマネをしてごめんなさい。私はホーリーシットへも
オーマイゴットへも帰りません。私の居場所はタイヨウ達の傍だと
思っていましたが、どうやら違うみたいでした。
私は、こんな力いらない。
私はクリス。聖王でも聖女でもない。
オーマイゴットへ帰ったら、きっと私はホーリーシットへの交渉材料
として利用されるか監禁される。
ホーリーシットへ向かったら、聖王だの何だの言われて捕まる可能性がある。
私は怖い。私は私なのに、考えれば考えるほど利用される未来しか見えない。
だから、私はここから逃げます。
本当にごめんなさい。
こんなこと言う資格なんてないけど、愛してるよ、タイヨウ。
クリス・エレイソン』
それは、クリスが残した手紙。
「な……なんだよ、これ」
「太陽くん、これ………」
「な、それ」
煌星が持っていたのは、クリスの武具『光輝杖アウローラ』だ。
ウィンクが苦々しく言う。
「部屋にはクリスがいませんでした。旅支度の跡もありましたので、魔術を使い窓から脱出したのでは無いかと推測されます」
「ウソだろ………」
手紙を持ったまま、オレは唖然とした。
すると小さく息を吐いた月詠が背筋を伸ばす。
「とにかく、大至急陛下に報告よ。オレサンジョウ王国内にいる可能性もあるし、諜報部を動員してクリスの行方を捜索するわ」
月詠の揺れない心は大したモンだと思う。
オレや煌星はダメだ。この事実を受け入れられず、動くことが出来ない。
ウィンクは真っ先に動き出し、動かないオレたちを月詠が叱咤する。
「太陽、煌星!! 行くわよ」
「あ、ああ」
「はい……」
それから、オレサンジョウ王国は大変だった。
クリスの捜索が始まり、オーマイゴットとホーリーシットにそれぞれクリス行方不明の書状が送られた。
オレたち勇者パーティーはショックを受けていたが、モンスター被害が出てるホーリーシットを放っておくわけにもいかず、モチベーションが低いまま出発した。
そして、今に至るってわけだ。
馬車の窓から外を眺めながら、今までの事を振り返った。
「………なぁ」
「なに?」
オレは、隣に座る月詠に聞いた。
「クリスは………元気かな?」
「………」
きっと、答えは出ないだろうな。
オレたちは沈黙する。すると月詠が言った。
「きっと元気よ。だって……」
「はい、そうですね……」
「ふ。クリスは元気だと思いますよ」
「だな……」
答えはわからない。
でも、きっとクリスなら大丈夫だろう。
「クリスには、優しいお姉さんが付いてるからな」
オレたちはトラック運転手のおっさんを思い出し、クリスの姉のキリエを思い出した。
聖王国ホーリーシットまで、もう少しだ。