105・人に愛されし神
*****《神聖国オーマイゴッド》*****
『神聖国オーマイゴッド』
大昔、この国には神が降り立ったと言う伝説が残っている。
全ての文明の始まりであり、最初の人間が築いた聖なる土地『エレイソン』が、この神聖王国オーマイゴッドの始まりである、という伝承が残っている。
聖なる神『イース』は、自らが生み出した一二人の子供達に特殊な力を与え、文化を創り出させた。
イースが天に還った後は彼(彼女?)を忘れまいと、聖なる大地エレイソンに証を建てた。
それから月日は流れ、一二人の子供達が作り出した文化が町を作り人を作った。
町はいつしか『神聖なる神が舞い降りた聖なる地、オーマイゴット』と呼ばれ、イースが残した一二人の子供達の子孫による統治が始まっていた。
一二人の子供達は争うことは無かった。常に対等であり一二の意思がイースの意思という誓いを立て、神聖王国オーマイゴッドを運営し、繁栄させていった。
そして数百年前、一二人の子供達の子孫……『一二使徒』はイースを崇め称える象徴である建築物、『エレイソン大聖堂』の建築を始めた。
完成まで三〇〇年という巨大な大聖堂は、世代を変えながら建設され完成した。
大聖堂は完成し、一二使徒とオーマイゴットの住人は歓喜した。そして完成を祝い全国民が祈りを捧げたある日……奇跡が起きた。
大聖堂に、一人の少女が現れた。
その少女は黄金の髪をなびかせ、神々しい光を纏いながら祈りを捧げた。
すると……聖なる光が大聖堂を照らした。
誰もがその光景を神の祝福、イースの祝福と信じた。
現れた少女は言った。「自分はイースより祝福の神託を授かった『聖女』だ」と。
その言葉に一二使徒は歓喜、涙した。
少女は言った……「私はイースより奇跡の力を授かった」と。
少女は民衆の注目する中、奇跡を起こした。
枯れた草花に命を与え、病に苦しむ人々を癒やす奇跡を。
少女は言った。「イースの祝福は、このオーマイゴットをいつまでも照らすであろう」と。
そして、少女が亡き後も『聖女』は現れ続けるだろうと。
神聖王国オーマイゴッド・エレイソン大聖堂。
ここでは現在、一二使徒と呼ばれる大司祭が大聖堂と町の運営を任されていた。
その中の一人であるシメオン大司祭は頭を抱えていた。
「……まだ、聖女は見つからんのか」
「はい。現在捜索中です」
勇者王国オレサンジョウに出向していた聖女クリスの返還。そして行方不明の知らせは、一二使徒と一部の関係者しか知らない。
報告に来た部下を下がらせ、シメオン大司祭は自分に割り当てられた大司祭室で比喩ではなく頭を抱えていた。
「くそ……まさかホーリーシットに手を回されたのか。それともオレサンジョウ王国が隠蔽……いや、オレサンジョウは中立国だ、そんな事をすればオーマイゴットだけじゃなくホーリーシットをも敵に回す……そんな馬鹿な事はしないはずだ。ならばやはりホーリーシットが……」
高級な執務机を指先でトントン叩きながら考え、思考の泥沼に沈んでいく。
「何故このタイミングで……ホーリーシットめ、ついに軍事的行動に出るつもりなのか」
以前から主張があった。クリスは『聖女』ではなく『聖王』だと。
ホーリーシットの寄越した書状には、クリスの返還をするようにと指示があった。
手紙には、従わぬ場合は軍事的措置を取るとも書かれていた。
それはつまり、ホーリーシットの準備が出来ているという事だった。
「聖女……」
シメオン大司祭は、クリスの事を考えた。
確かにクリスは一二使徒の誰の子供でもない。幼い頃、エレイソン大聖堂の前に姉と共に捨てられていた捨て子であり、親どころか身元すらわからない。
だが『聖女』として癒しの奇跡に覚醒し、怪我や病気を治す光景を一二使徒は誰もが目撃している。
どんな手段を使っても身元は分からない。しかし癒しの奇跡を使える以上、クリスを聖女として崇め、イースが与えた奇跡の使い手として認めた。
おかげで町は賑わい、聖女降臨の都市として益々の繁栄をした。
「だが……ホーリーシットめ」
そう、聖王国ホーリーシットが、クリスは王族であると書状を送ってきたのだ。
王家転覆を狙うテロリストにより幼い姉妹が誘拐され、宗教対立をするオーマイゴットに捨てられたという言い掛かりを付けてきたのである。
ホーリーシットの言い分は筋が通っていた。
クリスの身元が分からない以上、ホーリーシットの言い分は間違いなく正しかった。
しかし、宗教対立をするホーリーシットの言い分には証拠が無い。故にオーマイゴットはクリスを渡さず、その言い争いは何年も、今も続いている。
数ヶ月前、オレサンジョウ王国が召喚したという伝説の勇者が現れ、クリスが魔王討伐に必要だと言って連れて行った。
それ自体は仕方が無い。魔王は人類の脅威であるので聖女の力が必要になるのは分かっていた。なので一二使徒たちは中立国であるオレサンジョウ王国に、クリスを派遣した。
そして先日、しびれを切らせたホーリーシットが、軍事的措置を取るとの警告をしてきた。
そこに合わせてクリスの行方不明である。シメオン大司祭でなくても頭が痛くなるのは間違いない。
頭を抱えていたシメオン大司祭の部屋のドアがノックされた。
「……入れ」
「失礼する、シメオン大司祭」
「ナタナエル大司祭、何かご用か?」
「ふ、決まっているだろう。聖女の件だ」
ナタナエル大司祭は、まだ三〇代後半の若き大司祭だ。
大司祭最年少であり、オーマイゴットが所有する『聖なる軍勢』と呼ばれる軍隊の統括総帥でもある。
「遠回しな言い方はしないで直球で聞く。シメオン大司祭、貴方は聖女の扱いをどうされるおつもりだ」
「何?」
「聖女の返還はもちろんだが、問題はその後だ。ホーリーシットを黙らせるには二つ……聖女の返還を正式に執り行うか、聖女を柱にしてホーリーシットに攻め込むか。シメオン大司祭、貴方はどちらを選ぶ」
「な、何を言っている!? まさか戦争を起こすつもりなのか!?」
「そうではない……だが、宣戦布告が出てる以上、何もしないままでは居られん。祈りだけで人間は収まらん。与えられし物を守るために、戦いが必要な時もあるのだ」
「だ、だが……」
「聞かせてくれシメオン大司祭、貴方はどう考えてる。返還か、戦いか」
「………」
シメオン大司祭は俯く。
ナタナエル大司祭の言うことはもっともだ。クリスの返還後、どうするか……シメオン大司祭の中では、おぼろげながら答えはあった。
「私は……無駄な争いは避けるべきと考える」
「ほう」
ギリギリと歯を食いしばり、俯きながら言う。
「だが……だが、聖女が居なくなればオーマイゴットは揺らぐ。聖女が居たからこそ繁栄があったのも事実だ。もし聖女がオーマイゴットの『聖女』ではなく、ホーリーシットの『聖王』ならば……オーマイゴットの信者たちは聖王を崇めていた事になる」
シメオン大司祭は顔を上げ、真っ直ぐにナタナエル大司祭を見た。
「私は……無駄な争いはしたくない。だが……戦わなければならないと感じている!!」
呻くような、泣きそうな声でシメオン大司祭は答えた。
それに対しナタナエル大司祭はニヤリと笑う。
「何が可笑しい!!」
「いや、やはり我ら一二使徒はイースの使徒なのだな、と」
「何だと……」
ナタナエル大司祭は嬉しそうに言った。
「シメオン大司祭。貴方を含めた一二人の大司祭は皆、聖女を引き渡さず戦いを望んだ。これでホーリーシットへの返事は決まったな」
「な、何だと!?」
「そう、これは聖戦の始まりだ」
こうして、神聖王国オーマイゴッドは戦いの道を選んだ。
『聖女』は神聖王国オーマイゴッドに舞い降りた『イース』のもたらした奇跡という主張を変えることはなかった。
ナタナエル大司祭率いる『聖なる軍勢』は、着々と戦争の準備を始めている。