101・ハートオブビースト①/臥狼ヴァルナガンド
コウタがコハクを買う前、とある山中の出来事。
そこは『聖王国ホーリーシット』の近くの山中。人間の出入りが殆ど無い、山の奥深くの森の中。
そんな森の奥深くに、巨大な二つの魔方陣が現れた。
魔方陣から現れたのは二匹の獣。
一匹は一〇メートルほどの大きさを誇る純白の狼。
もう一匹も同じ大きさだが、真紅の身体を持つ豹。
巨大な白狼は森を見渡し、人語で答えた。
『美しい森だな……』
白狼は、本心からそう思った。
それに対して赤豹は、つまらなそうに鼻を鳴らす。
『フン、森なんてどうでもいい。まずは腹ごしらえと行こうぜ、ヴァルナガンド』
『そうだな……』
白狼……ヴァルナガンドは、先に歩き出した赤豹に付いていく。
赤豹の後ろ姿を見ながら、ヴァルナガンドは呟いた。
『オセロトル……やはり我は気が乗らん』
『またその話か』
赤豹……オセロトルは、うんざりした声で首を傾ける。
ヴァルナガンドはエサを探しながら、オセロトルに言う。
『やはり我は気が乗らん……パイラオフ様の命令といえ、人間を襲うなど……』
『下らん!! ヴァルナガンド、貴様……主に逆らうというのか?』
『違う!! 我は知っているのだ。人間を襲うのは間違っている、バサルテスが討伐されたのは当然の報いだ、怒りの矛先を人間に向けるのは間違っている!!』
『それがどうした!! バサルテスのような小物はどうでもいい、我々はただ主の命令に従えばよい!! そこに怒りなどない、あるのは主に従う我らの忠義だけだ!!』
『オセロトル!! だが……』
『いい加減にしろヴァルナガンド!! 兄の言うことが聞けぬのか!!』
『……く』
生まれこそ違うが、この二匹は兄弟である。
『白虎王パイラオフ』の眷属である『臥狼ヴァルナガンド』と『豹帝オセロトル』
勇者パーティーによって討伐された玄武王バサルテスの報復のために送られた六体のモンスターの内の二体であり、『六王獣』の二体である。
『話は終わりだ。まずはメシの確保、それから周辺の散策をして人間の集落を探すぞ』
『…………』
『ヴァルナガンド、返事をしろ』
『…………ああ』
白狼は、小さな声で呟いた。
人間の世界のモンスターなど、この二匹にとってはなんの障害にもならない。
ヴァルナガンドとオセロトルは超危険種モンスターを狩り、その肉を喰らっていた。
『やはり肉は美味い。人間世界のモンスターは脂が乗っていい味を出しているな』
『そうだな。実に美味だ、オセロトル』
ヴァルナガンドも同意したが、オセロトルの次の言葉には同意出来なかった。
『よく考えてみろ······モンスターですらこの味だ、このモンスターを喰らう人間の味は、どれほど美味だと思う?』
『·········』
『素直になれヴァルナガンド。オレ達は所詮モンスター、お前と人間の間に何があったか知らんが、相容れる事は決してない』
『·········うるさい』
所詮、モンスター。
ヴァルナガンドは、その言葉と共に昔を思い出す。
大昔、ヴァルナガンドは荒野を駆ける白狼だった。
兄であるオセロトルより速く駆ける事ができたヴァルナガンドは、コロンゾン大陸をうまく抜けて人間の世界までやって来た。
だが、コロンゾン大陸は禁忌の地域と呼ばれ、超々危険種や災害級危険種のモンスターが闊歩する魔境。
まだ幼い頃、身も心未熟だったヴァルナガンドは、自身より格上のモンスターと戦い深く傷付き、人里近い洞窟で傷を癒やしていた事があった。
『いてて······くそ、あの野郎』
足をやられて動くことが出来ない。
ヴァルナガンドは食事も取らずに洞窟で休んでいた。
『オセロトル、心配してるかな······』
身体を丸め、傷付いた足を舐める。
思ったより深く、動けるまで暫く掛かりそうな気がした。
『······ん?』
ふと、ヴァルナガンドは鼻をピクピクとさせる。
嗅ぎ慣れない匂いを感じ、警戒をする。
「わ、わぁ······」
『······』
ヴァルナガンドの前に現れたのは、柔らかく美味そうな肉だった。
性別は雄、成熟して二〇年ほどの肉だろうか、ヴァルナガンドを警戒してる様子はない。
運がいいと感謝しつつ、ヴァルナガンドは食事を取ろうと舌なめずりをする。
「怪我をしてるのか、よし、少し待っててくれ」
『······?』
ヴァルナガンドは驚いた。
警戒し、逃げるなら理解は出来る。だがこの生物は無警戒に近付き怪我をした前足を見ている。
そして、ヴァルナガンドに向けて微笑んだ。
「傷は浅い、すぐに手当をするよ。それと腹は減ってないか? 少し足りないかも知れんが、肉ならある」
『·········』
言葉は理解できた。
逃げる事も、怯える事もなく、ヴァルナガンドに対して笑顔を向ける肉。
ヴァルナガンドは理解出来ず、思わず話しかけていた。
『おい、お前』
「ん?·········おお⁉」
『お前、我が怖くないのか?』
「驚いた······ははは、喋れるのか?」
『質問に答えろ』
「ん、ああ、恐怖か? そうだな······恐怖は感じない」
『ほう······』
「感じるのは気品だな。こんなにも美しい純白の毛並み、威風堂々たる姿······恐怖など感じるはずもない。美しく高貴で猛々しい獣の姿に見える」
『ほ、ほう』
ヴァルナガンドは、そんなことを言われたのが初めてだった。
頬をピクピクとさせる姿を見た肉は、クククと笑う。
「なんだ、照れているのか?」
『だ、黙れ‼ 貴様を喰らうぞ‼』
「はっはっは。喰らうならこっちにしてくれ、それと傷の手当をしよう」
肉は肩掛けから肉を取り出しヴァルナガンドの前に置く。
ヴァルナガンドは顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。
『ぬ? これは?』
「オーク肉だ。焼いて塩を振っただけだが、なかなかいけるぞ」
『ほう······』
当時のヴァルナガンドでも体長は五メートルほど。量は足りないがとりあえず食べてみた。
『······ほう‼ これは美味い‼』
「だろう?」
仕留めた獲物の血肉をそのまま喰らうヴァルナガンドにとって、焼いた肉というのは初めての刺激だった。
気が付くと怪我をした前足に薬草が塗られ、サラシを巻かれていた。
『おい、もっと寄越せ』
「残念だが、それで終わりだ。良ければまた持ってこようか?」
『·········』
ヴァルナガンドは、目の前にいる生きた肉を食べる気が無くなっていた。
『よし、その肉に免じてお前を喰らうのは勘弁してやる。その代わり明日も肉を持って来い』
「ははは、わかったわかった。やれやれ、まさか喋れるモンスターと約束を交わすことになるとはな」
生きた肉は立ち上がり背を向ける。
「そうだ、私はエゾ。近くの村に住む狩人だ。お前の名は?」
『ふん、貴様に名乗る名は無い』
「はっはっは、そりゃ残念だ」
エゾと名乗った狩人は、笑いながら去って行った。