100・トラック野郎、新しい一日
今日はコハク初仕事の日。
挨拶を終え店を開けると、荷物を抱えた人達が早速やって来た。今日も忙しくなりそうだ。
「いい、アタシたちは周辺地域の担当よ。とりあえずアンタは見てなさい」
「うん」
シャイニーは先輩らしくコハクを指導し始め、俺はまず受付の手伝いに回る。キリエやミレイナの受付が終わった荷物をガレージに運び、日付毎に荷分けする。
シャイニーやコハクもガレージに来た。
「コハク、伝票の見方を教えるわ」
「うん」
シャイニーが伝票の説明をしながら荷分けをし、トラックとエブリーに積み込みをする。その様子を見ながら俺も荷物を運び込んだ。
「ガレージの中は地域毎に荷物を置くスペースが決まってるわ。伝票を確認しながら置く事。いいわね」
「わかった」
コハクは表情や返事こそ乏しいが、言われた事をちゃんとやる。
仕事着に緑のバンダナを巻き、髪を短いポニーテールにしている。シャイニーとは違い、髪が背中の中程までしかないので纏めると首筋を隠すくらいのポニーテールになるな。シャイニーは背中まで隠れるくらいの長さだし。
それから二時間ほど積み込みと分担作業を行い、ガレージには明日以降の配達荷物が増えてきた。
驚いたのは、コハクのパワーだ。
「お、おいコハク······重くないのか?」
「これ? 軽いよ」
「······やっぱ規格外ね、この子」
近くに青果店を構えるお客さんが持って来た、異世界リンゴが詰まった大きな木箱を、コハクは片手で持ち上げて運んでいた。
それをいとも簡単にトラックに積むと、残りの木箱も同じように積んでいく。
今までは、俺とシャイニーが二人がかりで持ち上げた木箱が、コハクの手で五分と掛からず積み込めた。この作業が楽になったのはありがたい。
現在時刻は十時頃。そろそろ配達に出かける時間だ。
俺は事務所に顔を出すと、来客スペースのお客様はちょうど帰って行った。
「これで午前の受付は終了です。社長」
「よし、じゃあ後は任せる。俺たちは配達に出るからよ」
「はい。いってらっしゃい、社長」
ミレイナとキリエに後を任せ、俺は再びガレージへ。
「あ、コウタ、何本か飲み物ちょーだい。お菓子もね」
「わかった。いつものでいいか?」
「うん。コハクにもジュースとポッキーで」
「はいよ」
ポイントを消費してお菓子を買う。もちろんシャイニーのツケで。
「よし、じゃあコハク、安全運転で頼むぞ」
「はい、ご主人様」
「シャイニー、コハクを頼む。いろいろ教えてやってくれ」
「ええ、わかったわ」
俺はコハクを軽く撫で、二人がエブリーに乗り込み発車するのを見送った。ちょっと心配だけど大丈夫かな。
俺もトラックに乗り込む。
「タマ、エブリーに何かあったらここからわかるか?」
『はい。可能です』
それだけ聞ければ安心だ。
さて、俺も久しぶりに一人の配達に向かうかね。
悲しいけど、仕方ないのよね。
「あれ、シャイニーブルーちゃんは?」
「シャイニーちゃん、今日は休みなのかい?」
「あれまぁ、あの元気な女の子はどうしたんだい?」
俺が配達した常連さんは、みんなシャイニーの心配をしてた。
まぁそうだよな。シャイニーは可愛いし、配達に来たのがいきなり俺だったら気にもなる。
だけど、だけどよ······露骨にガッカリする事ないじゃん。
ま、別になんて事ない。こんなの運送屋を経験すればわかる。いつもの配達員が突然違う奴になれば、受取側も驚く。それは配達員をやればわかる。
俺はシャイニーに別の配達ルートを任せた事を何度も説明し、いつもより時間が掛かったが何とか配達を終えた。
青果店で預かった木箱は喫茶店に下ろしたが、一人じゃ下ろせなかったので喫茶店の従業員の力を借りた。情けなくて申し訳ない。せめてトラックにリフトが付いていればいいんだが、残念ながらそこまで付いてない。
やはり配達は二人一組が理想と考えつつ、事務所に戻った。
「お、もう帰ってるのか」
ガレージにトラックを駐車させると、エブリーが既に帰ってきていた。エンジンも冷たいし結構前から帰って来てたようだ。
腹も減ったし、昼飯にするか。
二階へ上がると、既に昼の支度は出来ていた。
「おかえりなさい、コウタさん」
「悪い、待たせたか?」
「いいえ、ちょうどお昼の支度が終わったので」
「今日はカレーよっ‼」
「キリエ、わたしは大盛りで」
「わかりました。ところでコハク、デスソースは掛けますか?」
「いらない」
キリエは辛さ百倍のデスソースを常に携帯してる。
カレーだろうがサラダだろうがとにかくぶっかけて食べるのだ。悪くはないが見てて胃が痛くなる。
キリエはカレーを全員分よそい、しろ丸用に買ったお皿にたっぷりのご飯とカレーを盛り付ける。
『なおーん』
「さ、召し上がれ」
『うなーう』
しろ丸は尻尾をフリフリしながらカレーを食べ始める。
一緒に暮らしてわかったが、しろ丸は本当になんでも食べる。
落ちていた紙屑を食べたり、インテリアとして飾ってあった花や植木鉢の土も食べていた。
お腹を壊すような事はなかったし、今もこうしてカレーを食べているが、やはり一緒に暮らす以上、美味しい物を食べて欲しいと思う。
ま、とりあえず俺たちの飯だ。
「それじゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
野菜たっぷりのミレイナカレーは絶品すぎる。
店で出して金を取れるレベル。こんな美味い昼飯を食える俺たちは幸せだ。
「コハク、初仕事はどうだった?」
「楽しかった。おかわり」
「運転は問題なかったわ。配達先は一緒に回ったから、いつもより多くお菓子を貰ったわね」
「美味しかった」
ミレイナからおかわりのカレー皿を受け取り、満足そうにコハクは微笑む。
「そーいえば、今日の配達は終わりなのね······車が二台あると、ホントに楽ね」
「だな。午後はミレイナとキリエの仕事を手伝ったり、車を洗車して過ごそう」
「はい、ご主人様。おかわり」
ミレイナに再びカレー皿を手渡し、三杯目のカレーを食べる。
俺やシャイニーもおかわりをして、カレー鍋は空になった。
「うーん、業務用の大鍋を買った方がいいですね」
ミレイナの苦笑に、俺たちはみんなで笑った。
午後は仕事を分担して作業する。
「コハク、アタシたちは車を洗車するわ」
「わかった」
シャイニーはコハクを連れて洗車。
洗車が終わったらガレージの掃除を任せてる。面倒見のいいシャイニーにコハクは任せよう。先輩って響きも気に入ってるみたいだしな。
俺はミレイナとキリエの手伝い。
本日の売上集計や伝票の整理など、手伝う事は多い。
「社長、先程フルツ青果店から大口の依頼がありました」
「大口の依頼?」
「はい。近々ゼニモウケで開催されるフードフェスタで大量の果物を仕入れるので、各取引先に卸して欲しいとの事です」
「フードフェスタ? そんなイベントがあるのか?」
「はい。量が量ですので、青果店までの集荷を頼みたいとの事です」
「なるほどな」
フードフェスタも気になるが、問題は集荷だ。
新体制になった今、集荷は可能だろう。むしろこういう地域の依頼は受けるべきだな。
「わかった。詳しい日取りを確認して、料金は別料金という事で受けよう」
「わかりました。先方にはそのように伝えます」
キリエは早速報告書を書き始めた。
ミレイナは本日の売上を計算し、俺は再び伝票のチェックをする。
「······ん?」
『なうー』
すると俺の足元に、白い毛玉が転がって来た。
毛玉は俺の足にぶつかると、ぴょこっと顔と耳と尻尾を出す。
『なーお』
「なんだ、遊んでほしいのか?」
『うなーう』
俺はしろ丸を持ち上げ、柔らかくフサフサした毛を撫でる。
しろ丸は気持ちいいのか、尻尾をフリフリしていた。
その様子を見たミレイナがクスリと微笑む。
「ふふ、可愛いですね」
「ああ。相変わらずよくわからん生き物だけどな」
『なうー······』
気持ちいいのか、しろ丸は寝てしまった。
俺は社長机の上に小さな座布団を敷き、その上にしろ丸を置く。
「さて、仕事仕事」
新しく始まったアガツマ運送会社の新体制。
コハクを運転手に加え、二人のドライバー体制で仕事を始めた。
まだ初日だが、上手くいく手応えは感じてる。
俺はしろ丸を撫で、伝票整理を再開した。