Snow27 さよならを告げる花
緩やかな坂を上り、僕たちは最終目的地である小さな広場へと向かった。
その場所は、知る人ぞ知る絶景ポイントで、広場自体にある明かりは薄ぼんやりとした街灯がひとつだけ。夜景と星が綺麗に見えて、まさに銀河街と呼ぶに相応しい景色が広がっているんだ。春はそこに桜吹雪が舞って、さらに綺麗な景色になるんだよ!
僕はその景色を写真におさめておいた。そして2人でベンチに腰掛けて、絶景を見ながら焼きそばを食べた。美味しかったな、あの焼きそば。
『お迎えにあがりました、ゆかささん』
悠太と2人で焼きそばを食べてたわいもない話をしている時、不意に見知らぬ声が聞こえたの。知らないけれど、優しい声。
あたりを見回しても、誰もいなくて。
「どうしたの、ゆかさ?」
「……誰かの声がしたと思ったのに……誰もいなくて。空耳だったのかな」
「うーん、僕は何も聞こえなかったし……そうかもね」
気のせいか、って吹っ切って焼きそばをもう一度食べ始めようとした、その時。
『気のせいではありませんよ。ほら、貴方の足元に』
まさかと思って足元を見ると、そこにいたのは白い鳩だった。
『ほら、いますでしょう?』
——喋っていたのは、鳩だったの。
私はびっくりして、なんとか声を絞り出して、
「悠太……鳩」
「あ、本当だ。真っ白い鳩だねぇ。こんばんは」
『どうも』
「可愛い鳴き声だね、ゆかさ」
「……あ、うん。そうだね……」
悠太には鳩の声が全て鳴き声に聞こえていたらしくて……この驚きを共有することはできなかった。
頭の中には疑問が浮かんでいた。
(お迎えにあがりましたって……何のお迎えに?)
私の心を読んだかのように、鳩は口にした。
『そのままですよ。あなたをお迎えにあがったのです。貴方は雪女ですが、その前に貴方は死者であることをお忘れなく』
(——死者?まさか……)
『そのまさかですよ、ゆかささん。貴方を死の国へとご案内いたします』
急な言葉だったが、私はなぜか落ち着いていた。
(どうして、今なの?)
『貴方の凍りついた心が、溶けきったからです。貴方はもう、雪女ではないのですよ』
(まさか)
私は手を開いて雪を降らせようとした。
だけど、雪がほんの少しちらついただけ。前のようには降らなかった。
(嘘でしょ?)
『嘘ではありませんよ。貴方の隣にいる彼のお陰で貴方の心は溶けた。貴方は死の国へと旅立たなければならない時を迎えたのですよ』
優しい声をしているくせに、彼の言葉は冷たく感じた。
(それは……今すぐ?)
『今夜中にです』
(……分かった。ちゃんと、お別れをさせて )
「悠太、綺麗だね」
焼きそばを食べきったゆかさが、不意に立ち上がる。
「ね、綺麗な景色だよね」
僕も立ち上がって、ゆかさの隣に並ぶ。
ゆかさが手を伸ばして、舞い落ちる桜の花びらを受け止めた。そしてふっと息を吹きかけ、再び夜の空に花びらを送り出す。
「ねえ、幻想みたいじゃない?」
ゆかさが振り返って笑いかけてくる。
「なにが?」
「私と悠太で過ごした日々が」
悲しそうな響きだった。僕はそれを拭い去ろうとして、笑って話した。
「……そうだね。まず雪女に出会ったことがファンタジー小説の中の出来事みたいだった。あっという間で。でも、楽しかった」
「私も。今まで本当にありがとう」
僕と向き合ったゆかさは幸せそうな笑顔になっていたから安心したんだ。
だけど……。
不意に白い鳩が飛んで来て、ゆかさの肩に止まった。
「ぽっぽぽ?」
鳩はなにかをゆかさに問いかけるかのように鳴いた。
ゆかさはただ、笑っている。
次の瞬間、突然鳩が光り出した。そして、真っ白な光を放って、消えてしまったんだよ。
「い……いまの、鳩……」
「——私を、迎えに来たんだって」
静かに、満ち足りた表情のゆかさが、笑顔で言った。声は、泣いている。
「え……?」
「私はもう、ここにはいられないんだって」
「そんな……!」
「……死の国に、行かなきゃいけないの」
突然の告白に、僕は戸惑う。でも、嘘じゃない証拠に、ゆかさの足は透けはじめていた。
「ゆかさ……」
「今まで本当に楽しかった。ありがとね、悠太」
ゆかさは笑う。悲しそうな声で。
——笑ってお別れしたいんだ。
そんなゆかさの声が、聞こえた気がした。そして何より、僕がそうしたかった。
「僕も、楽しかった。僕のことを助けてくれて、一緒に過ごしてくれて、ありがとう」
2人で、微笑みを交わす。
消えかかった手でゆかさは手を振る。
「さよなら、悠太」
今となっては、ゆかさの姿はもう半透明だ。
「さよなら、ゆかさ」
びゅうと風が強く吹いた。
思わず目を閉じて、再び目を開けた時……その時にはもう、ゆかさはいなかった。
ただ、ちらほらと雪が降っていたんだ。
銀河街と呼ばれる由来となった絶景。
舞い散る桜の花びら。
ふわりと降る真っ白な雪。
それらが組み合わさった景色は、まさに幻想。
あの景色は、目に焼き付いて離れない。




