Snow1 出会い
あの日の僕は、疲れ果てていた。
肉体が、じゃない。
心が、だ。
つまり、精神的にやられていたのだ。
何をやっても上手くいかない僕は、多くの人から冷ややかな目で見られた。
早くしろ、なんでそんなにもたもたしてるんだ。
そんなこともできないのか、頭悪いな。
いつだって、周りの人は目でそう言っていた。
僕は焦って、早くやらなきゃ、なんとかしなきゃ、と思うけど、焦れば焦るほど上手くいかなくて、いつも罵倒された。
時には嫌がらせもされた。
しかも、すごく悪質な嫌がらせだ。
救いの手を差し伸べてくれる人など、勿論いない。
もう何もかも、嫌だったし、正直言って、辛かった。
「僕なんかには、存在意義なんてない」
本当に、そう思っていたんだ。
「だから、もう死のう」
いつしか、そう考えるようになっていて、あの日、それを実行しようとしたわけだよ。
あの日――僕が高校2年生だったから、2年前の2月2日のことだった。
え?よく日付まで覚えてるなって?
当たり前だろう。
僕にとって、あの日は運命の分かれ道みたいなものだったんだよ?
まあ、それはともかく、僕はあの日、自殺をしようと思って、古ぼけたビルに行った。ほら、今は建て替えられたけど、昔はよく幽霊が出るとか言われてた……そうそう、今のカントリービルのあるところだよ。
古かった頃はさ、あのビルは防犯もなってなかったし、あんな古ぼけてて利用者なんているわけもなかったし、滅多に人が通らない路地裏に面しているし、自殺にはうってつけの場所だったわけ。
だからあの日の夜、僕はビルの屋上に行ったんだ。
それで、人が通らない路地裏の方をさがし、飛び降り自殺をしようと思ったら……
「そこで、何をしているの?」
って、綺麗な声が聞こえたんだ。
滅多に来ないはずのビルの管理人でも来たのかと思って、焦ったよ。
だけど、そうじゃなかった。
そこにいたのは、長いストレートの黒髪を持っていて、真っ白くて素朴なワンピースをきて、何故か裸足の女の人だった。
「大丈夫よ、私はこのビルの管理人でも何でもないから」
そう女の人は言って、寂しそうに笑った。
その寂しそうに笑う笑顔には、見覚えがあったんだ。
だって……ぼくがいつもしていた笑い方だったからね。
この人と僕は仲間だな、と思った。
同じ孤独を味わった人の笑い方や、話し方や、目つきだって思った。
自分のことは自嘲して、他人は誰のことも受け入れない。
それが彼女の第一印象……だったかな。
だからかな。
出会ってすぐに、僕が彼女に気を惹かれたのは。
「君は、誰?」
気付いた時には口から言葉が出てきていた。
「まずは自分から名乗れば?」
ついさっきと変わらない声の調子で言われて、僕はあっさり名乗っていたよ。彼女と同じような口調でね。
「そうか、そうだね。うっかりしてたよ。
僕は、森元悠太」
「……ふーん、悠太くんか。
私はゆかさ。雪本ゆかさよ」
「よろしく、ゆかささん。僕のことは、悠太って呼んで」
「なら私のことも、ゆかさって呼んでよね」
「分かったよ」
こんな口調で会話する2人組なんて、なかなかいないだろうね。
「で?何でここにきたの?」
「最初は、自殺するために。
……だけど、その気が何故か失せた」
途中で僕の声の調子が変わったことぐらい、自分でも分かった。
「へぇ。何で?」
「だって……君に出会ったから」
その瞬間、その辺りの漂う空気が凍りついたね。
そのあと、ゆかさは溜息をついた。
まるで、ああ、またかよって言うかのように。諦めの混ざった溜息だった。
その溜息も、僕が昔、よく吐いていた溜息と同じだった。
「そうよね、みんなそうやって私に同情するのよね……いつもそう。
同情して——同じ人だと思い込んで」
だんだんと口調が荒くなる。
「でも、私のことを本当に理解してくれる人なんて、誰もいないのよ。そのぐらい分かっているの!
だからもう、私に希望を抱かせないで!分かってくれるかな、なんて思わせないでほしいのよ!」
——気持ちは、痛いほどわかる。
本当は分かってないくせに「分かってるよ」なんて言われたくないものだ。
それが分かっているから——分かっていると思うから、僕は言った。
「——同情しようとは思わないよ。だから、僕に対して希望を抱かなくたっていい。
ただ僕は、君のことが知りたいだけなんだ」
ゆかさは、僕を睨みつける。
目には涙が滲んでいる。
「――こんな私でもいいの?
私の秘密を知っても、そう言えるの?」
彼女の足元が、少し白い。
「もしよければ、聞かせてくれないかな?
君の秘密を」




