滋賀県のママ
転校初日のイベントである幼稚園との交流会を終え、
その他の授業もつつがなく終了した。
(ふぅ、疲れたけど思ったより楽しい所かも。滋賀県って。)
土岐は、一日で滋賀に対する印象がすっかり変えられていた。
特に陰湿さを感じなかったクラスメイト達…ではなく、近江という少女によって。
(近江ちゃん、素敵だなぁ…。)
クラスの中心的存在である近江。
彼女が教師の手伝いに向かえば、クラスの男女数人がついていき手伝う。
休み時間には彼女の周りに人だかりができており、とてもじゃないが近づけないレベルであった。
(もう少し話したかったなぁ。あれ、近江さんそういえばどこだろう?)
HRも終わり、あとは帰るだけのはず。
教室には既にいないようでもう帰ってしまったのかもしれない。
「太郎、お前部活今日行く~?」
「え~タツキが行くなら行こうかなぁ。」
「俺は今日はアレ見に行くからな~~。」
「あぁ、アレかぁ…俺もアレみてオギャるわ。」
と、男子たちが部活について話している。
(そっか、部活って言う可能性もあるのか。)
「ねぇねぇ太郎君、近江さんの部活って知らないかしら?」
取り合えず近くにいた太郎という男の子に声をかける。
「知ってるよ。案内するか?」
「わ、ありがとう!お願い!」
「いいよいいよ、丁度オギャりに行くところだったし。」
(お、オギャ…?)
良くわからないが案内してくれるらしい。
取りあえず教室を出ていく太郎について行くのであった。
ざーーーーーーー、ざーーーーー。
まるで海辺にいるかのような波の音。
厳かな空気が漂い、あたりは沈黙が包み込んでいる。
部活には似つかわしくない神聖な雰囲気だ。
連れてこられたのはおそらく琵琶湖の畔。
海のような雰囲気だが、対岸に一部建物が見えるし、潮の匂いがしない。
何故こんな所へ…?
あのあと太郎について教室を出ていくと、何故か校外に連れて行かれた。
最初は訝しんだものの、今時校外で部活をする学校というのも珍しくはない。
「あの、ここに近江ちゃんがいるの?」
「しっ、静かに。あっちを見てごらん。」
太郎の指さす先を見ると、琵琶湖の水に腰まで浸かっている近江の姿があった。
「…何を、しているの?」
この場よりもさらに不可侵性を感じる雰囲気に、土岐は思わず生唾を飲み込む。
「禊かな。」
「禊…」
禊といわれ、納得してしまう光景。
朝から近江に感じていたよりも、さらに清らかな印象を受けるようになっていた。
だから知りたいのは禊の意味ではなく
「何で禊を?」
先ほどまで答えてくれていた太郎が黙り込む。
そして少し躊躇っていたがようやく口を開いた。
「彼女が、俺たちのママを呼べる唯一の存在だからだよ。」
”ママ”??????
「ママァ!?!?」
意味が分からない。太郎君と近江ちゃんは実は兄弟だった?
でも我々のママだともっといる??
土岐は大混乱に陥った。
「そうだよ、俺たちのママ…母なる湖である琵琶湖、その化身にね。」
太郎は真剣な表情だ。
そして一心不乱に近江を、いや、近江の方を見つめている。
その先に、何かが見えると言わんばかりに。
(やややややばいよ、滋賀県の人やっぱりやばかったよ。え、ママ?湖の化身?
宗教か何か???もうわけわかんないいいぃぃぃ!!!)
土岐のパニックがピークに達したその時
ざっぱあああああん。
ひときわ大きな水のうねる音。
そして気付けば近江の近くに、一人の少女がいた。
「おん…なのこ…?」
深く深く澄んだ青く長い髪。
背丈は私達と同じ位だろうか少し小さい。
瞳は覗き込むと不安にさえ思える透き通った碧眼。
そんな非現実的な存在が、近江の横に佇んでいた。
「土岐!ママに失礼だぞ!」
「え゛…もしかして太郎君ってロリコン」
「ちっがーーーう。あのお方が湖の化身”みわこ様”だ!!!」
「いやそんなこと言われても。」
確かに普通の女の子ではないだろうとは思う。
あんな髪の色をした人は、コスプレ少女か古いギャル位な物だろう。
しかもどことなく、近江ににた神聖さを漂わせている。
「ふふふ、いいんですよ。」
と、少女はこちらをみて微笑んでいる。
「私がこの琵琶湖から滋賀を見守っている神の美和子です。
こう見えて、それなりにおばさんなんですよ?」
初めてであった神様は、琵琶湖の様に深い心を持っているような
安らかな安心感を周囲に与えていた。