5-3 終・旧年と新年
「では皆さんも卓に付いたところで頂きましょうか」
「はい、では頂きましょう」
「は~い。ところで瑞樹様、さっき言いかけたパスタを柔らかくした理由って何なんですか? 」
酒が入っているせいか、いつもよりもさらに上機嫌のアンリエッタが頭をふらふらとさせながら問いかけると、瑞樹はコホンと咳払いをした後説明を始めた。
「そうですね。まずパスタのように細く長い物に縁起を担ぎ、健康や長寿を願うのです。それと柔らかくした理由ですが、あえて切りやすくする事で旧年の悪い縁や厄を断ち切る、そんな意味もあります。それとこれは言葉遊びなのですが、本来は蕎麦という麺を使うのでそこからもじっていつも貴方の傍に居たい……そんな願いが込められているとかいないとか」
瑞樹の知る故郷の知識に触れた従者達の胸中は様々なようだが、少なくとも悪い気は少しもしなかったらしく、気恥ずかしそうに笑いながら年越しパスタを口に運んでいた。
「……ここに全員揃っていないのは口惜しいですけどね」
「それは致し方ありません。ギルバートさんはメウェン様の方で忙しいですから」
瑞樹は卓を見回しながら少し寂しそうに告げると、アンジェが顔を向けながらそう答えた。彼女の言う通り、ギルバートは今もメウェンに自室へと連れ込まれながら酒盛りの相手をしているようで、姿の見えない彼を気の毒に思いながら瑞樹は食べ進める。
結局全員食べ終わる頃にもギルバートは戻ってこず、不本意ながらも瑞樹はその場をお開きにしていつもよりかなり遅い時間に就寝した。
翌日、少し眠たそうにしているトリエに起こされた瑞樹が食堂へ向かうと、いつもと全く変わらない様子でギルバートが立っていた。
「ギルバート、体調は良いのですか? 昨日はメウェン様と付き合っていたのでしょう? 」
心配そうに瑞樹が気にかけると、ギルバートは微笑みながら彼に顔を向けた。
「お気遣いありがとうございます。ですが御覧の通り私は問題ありませんのでご心配なく」
「そうですか。では新年最初の日ですので、朝食が終わった後皆をここに集めてください」
「かしこまりました」
そして朝食が終わった後、ギルバートと同じく瑞樹も一度自室へと戻り、何かを手に携えながら戻ると既に全員整列して静かに待っていた。ただ何人かは静かというよりも意気消沈といった方が正しいかもしれない。ともかく瑞樹は一人ずつ前に立ち、自室から持ってきた何かを皆に手渡していった。
「瑞樹様、これは一体何でしょうか? 」
「うふふ、では皆さん開けてみてください」
アンジェは訝しそうに瑞樹に尋ねてみるが明確な答えは返って来ず、中からちゃりちゃりと音のする小さめの紙封筒を恐る恐る開けてみると、そこには金貨が一枚と銀貨が五枚入っていた。金貨はまだ給料だと理解出来た様子だが、銀貨の意味が分からず皆は困惑したような面持ちで瑞樹に説明を求めた。
「私の故郷では新年を迎えた時、親しい者に年初めに賜る物、お年玉を渡す風習があるのです。決してお金でどうこうするつもりなど微塵もありません、ただ新年もよろしくお願いしますと願いを込めて贈らせてください……あと、メウェン様の方ではこの事を言っておりませんのでここだけの秘密にしてくださいね」
特にメウェンにバレたら何を言われるか分かった物では無い、そんな考えが透けて見える瑞樹にある者は苦笑し、またある者はやれやれと肩を竦めながらも皆一様に謝辞を述べ感謝の気持ちを示した。
いよいよ新年を迎えた瑞樹だが三日後には国王陛下主催の新年会が待ち受けている。新年から暗い気持ちになる事は瑞樹自身も控えたいようだったが、何故か嫌な感じが収まらず、結局そのまま当日を迎える事になる。