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異世界に歌声を  作者: くらげ
第四章[貴族]
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4-21 茶会のお誘い

 瑞樹が新居に移って早数日が経過した。まず朝目覚める時間となったらアンジェ、アンリエッタ、トリエが交代で起床を告げに来ると、そのまま一階の食堂へ付き添う。リコとクラエスが調理した朝食を頂きながら、今度はギルバートが傍らでその日の予定を一通り説明する。ただ平生はメウェンの執務補佐程度の予定しか入っていないので、瑞樹は寝惚け眼で目を擦りながら聞いていた。


 朝食を済ませた後は再び自室へと戻り寝間着から着替えるのだが、良くも悪くも慣れてしまった瑞樹は従者方に下着姿を見られる事に異を唱えなくなっていて、存外すんなりと現状を受け入れている。ちなみにその日毎に着替えを手伝う従者も入れ替わっている。というより先の三人で持ち回りで行なっているようだ。


 朝の身支度を済ませた後、その日の従者とギルバートを連れながらメウェンの執務室へと向かい、執務を始める。メウェンとしてもギルバートがいると捗るようで、少なくとも午前中は必ず執務室にいるよう瑞樹を通じて命じていた。一方瑞樹の従者は一旦屋敷へと戻り、掃除や洗濯などの雑務を行なっている。


 ここ最近めっきり冷えてきたので、執務室の暖炉が稼働を始める。その火の柔らかな暖かさに心地良さを覚えつつ午前中の執務をこなし、昼食はメウェン達と一緒に卓を囲む。彼らとの食事の時間は今では貴重な時間となっていて、瑞樹のみならず特にエレナが嬉しそうにその時間を享受していた。


 昼食が済んだ後今一度執務室に戻り、瑞樹は最後のもうひと踏ん張りをする。というのもやはり瑞樹との触れ合いが減ったせいか、今度はエレナがご機嫌斜めになるようになり始めていたのだ。ただ瑞樹の面倒くさい癇癪とは違い彼女への対処法は極めて簡単、瑞樹本人をあてがっておけば彼女も大満足する。そんな訳で瑞樹は執務を十五時を目途に切り上げ、エレナのご機嫌伺いに励んでいる。


 エレナが瑞樹との触れ合いに満足するのはそれからおよそ三時間後、それくらいの時間になれば概ね夕食の時間となる。毎日エレナから夕食のお誘いを受けるのだが、そういう訳にもいかない。瑞樹自身も屋敷に戻れば夕食の用意が済んでいる筈なので、後ろ髪を引かれるような思いをしながら瑞樹は自身の屋敷へと戻る。


 屋敷へと戻った瑞樹はそのまま食堂へ行き夕食を済ませ、風呂場へと直行する。ちなみに風呂は必ず瑞樹一人で入る、というのも随分慣れたとはいえ流石に裸を見られるのはまだ恥ずかしいらしく、この時間だけはアンジェ達のお手伝いを丁重にお断りしていた。着替えは瑞樹が入浴を済ませているうちに、従者方が寝間着へと換えて置かれており、心の中で感謝をしながら瑞樹は寝間着に袖を通す。


 身体を火照らせながら早々と着替えを済ませると、瑞樹はいそいそと二階の最奥へと向かう。彼にとってその日の疲れを癒すのは食事でも風呂でも無い、ビリーとノルンと存分に触れ合い語らう事が一番の癒しである。およそ二時間程じゃれ合えば瑞樹も満足するようで、彼の顔色を伺いながらビリー達はその時間をお開きにする。そのまま彼ら三人は部屋から出て瑞樹の自室へと向かい、就寝の挨拶をする。あの部屋を一歩でも外に出れば彼らは貴族と従者の関係に戻る、そんな事は瑞樹も重々承知している筈なのだがやはり、親しい者から他人行儀をされると少し寂しいらしく、その日も寂しそうな笑みを浮かべながら挨拶を交わしていた。



 瑞樹がそれなりに充足した日々を送っていたある日、執務室に珍しい人物がいた。もう十一月も半ばで今朝から冷え込んでいる。パチパチと音を鳴らしながら火と熱を出している暖炉に椅子を近付け、ほっこりとした顔をしながら自身の得意な水魔法で室内の湿度を保ちながら瑞樹を待っていたようだ。


「珍しいですね、というかこの部屋にオリヴィア様を見たのは初めてです」


「あら瑞樹おはよう。今日も元気そうで何よりだわ」


「おはようございますオリヴィア様。本日はどうかなさったのですか? 」


 オリヴィアとの挨拶を交わした後、瑞樹は自分の席へと歩を進めながらそう問うたのだがオリヴィアはうふふと笑みを浮かべるに留めている。それにメウェンの様子もどこかおかしく、瑞樹の目に映る彼の眉間には深い皺が刻まれていた。


「まぁまぁまだ瑞樹も来たばかりですし、お茶で一息ついてからにしましょう。ギルバート、お茶を淹れててもらえるかしら」


 オリヴィアは顔を瑞樹からギルバートへと移してそう言うと、彼は「かしこまりました」とお辞儀をしながら手早く準備を始める。少しの間室内はお茶の用意の音以外響く事が無く、メウェン達は沈黙を続けている。瑞樹はこっそりメウェンに聞こうかと思ったようだが、当の本人はいまだ渋い顔のままで触れてくれるなと言わんばかりの空気を纏っていたので、残念ながらオリヴィアの口から出てくるのを待たざるを得なかった。


 そんな空気を察してか、ギルバートはいつもよりも早く用意を済ませ、瑞樹達三人に供する。皆一様に供されたお茶を一口飲むと、漸くオリヴィアが笑みを浮かべながら口を開いた。


「私が朝早くから来たのは瑞樹、貴方に伝えたい事があるのです」


「伝えたい事、ですか? それは一体何でしょう? 」


 瑞樹は一度カップをソーサーに下ろし、身体ごとオリヴィアの方に向けた。


「今日を含めて十日後、この屋敷で茶会を開く運びとなりました。そこで貴方の歌を披露して頂きたいのです」


 曰く、瑞樹本人を見た者はそれなりにいるが、民の間で語り草となっている彼の歌声を聴いた事のある者はほぼいない。そのせいか興味を持った貴族、特に貴婦人からの問い合わせが増えているらしく、あまり隠し立てするとさらに面倒な事になりかねないと、今回の茶会が開催されるそうだ。


「しかし、何故に茶会なのですか? 別に貴族の方を招いて私が歌えば満足するのでしょう? 」


「そう簡単に事は進みません──」


「待てオリヴィアその先は私から説明しよう」


 オリヴィアの説明を片手を少し上げながら制止させたメウェン。その顔は未だ苦々しい表情を浮かべていたが幾分か落ち着いたらしく、眉間の皺を指で解しながら瑞樹と向き合った。


「未だ君の存在自体を快く思っていない者が少なからず居る。そんな危険な輩の前に君を出すなど私は反対だ、そんな問い合わせなど適当にあしらって置けば良いと思っているのだが……オリヴィアがならば茶会を開くと言い出してな」


 メウェンが話し終わった後頭を抱え込む様子を見た瑞樹は、彼の苦々しい表情の原因が何となく納得した様子で軽めにこくこくと頷いていた。そのまま引き継ぐように再びオリヴィアが話し始めたので、瑞樹も顔をそちらへと向ける。


 「メウェンは婦人方の厄介さを存じていないからそこまで軽く見る事が出来るのです。私が言うのも少々憚るものがありますが、貴婦人方の執着心には辟易する程酷くなる事がままあります。が、そのような者に瑞樹を晒したくないのは私も同じ。故に私が大丈夫だと判断した者のみを茶会に招き、少しずつ瑞樹という人物を知って頂けたら良いと思うのですが、瑞樹はどうですか? 貴方が拒否をするのならばそれもまた致し方ありません」


 話しを振られた瑞樹は顎を撫でながら少しの間思案に耽る。正直な所瑞樹は貴族諸兄にどう思われようと微塵も意に介さないようだ。ただその目が別の誰かに向き、危害が被るのだけは絶対に避けたい。その一心でオリヴィアの提案を受ける事に決めた。


「メウェン様には申し訳ありませんが、私はオリヴィア様の提案を受けようと思います。私の手で面倒事が回避出来るのならそれに越した事はありません」


 瑞樹の回答を聞いた二人は一様にふぅと息を吐く。ただその胸中には差異があるようで、メウェンは腕を組みながら瑞樹の方へ顔を向けた。


「瑞樹がそう決めたのなら私からは何も言うまい。ただまぁオリヴィアが選ぶのだから大丈夫だとは思うが、間違っても婦人方に色目は使うなよ? 余計な勘違いが生まれかねん」


「メウェン様、私がそんな器用な事が出来ると思いますか? 」


「いいや全く。だが君がそんなつもりが無くてもどう受け取るかは相手次第だからな」


 全くの事実なのだが何故か馬鹿にされているような気がした瑞樹はじっとりとした視線をメウェンに向けるが、彼はまるで気にもせずフッと鼻を鳴らし、さも当然のように返答する。さらに瑞樹はむすっと唇を尖らせるが、オリヴィアに「落ち着きなさい」と窘められた。


「メウェンの言う事も尤もです。瑞樹の見目はとても女性的ではあるけれど、ね。ですが今回の茶会は瑞樹も婦人服で参加して頂きますから、そのような事にはならない筈です」


「それなら安心……なのですか? 」


「いや私に聞かれてもな……」


 瑞樹が顔をメウェンの方に向けながらそう問うと、メウェンも最良の答えは浮かばない様子で眉間に皺を寄せていた。オリヴィアが人選し、尚且つ瑞樹自身も女性の服に身を包む。万が一の事が無い限りは問題が無い筈である。二人が顔を剥き合わせながら少し考え込んでいると、オリヴィアがコホンと咳払いをして瑞樹の注意を向けさせる。


「ともかく、茶会の件はこれでお終いですが……今日の午後、瑞樹は昼食が済み次第エレナと行動を共にしなさい。メウェン良いですね? 」


「む? 私は別段問題無いが、一体何を企んでいるのだ? 」


「あらメウェン、企むなんて人聞きの悪い。瑞樹に少しばかり教育を施すだけですわ」


 そう言いながらオリヴィアはメウェンから瑞樹の方へ視線を移した後、用事が済んだ彼女は退室する。教育とは一体何の事だろうか、瑞樹は別段嫌な予感はしていないようだが、午前中の執務はそれだけで頭が一杯だった。


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