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異世界に歌声を  作者: くらげ
第一章[その運命は終わりから始まった]
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1-8 魔法とお伽噺

 本題に入る前に瑞樹にはもう少しだけ聞いておきたい事があった。まず一つ、この能力値に限界があるのか。そしてもう一つ、他の異世界人を鑑定したことがあるかだった。


 一つ目の問いの答えは何を以てして限界とするか基準が無い為「分からない」らしい。ただし、人は鍛練を積む事により成長し、いずれは頭打ちとなる。そういう意味では限界があるとも言え、個々で異なるという事である。


「ちなみに異世界人というのは大抵能力値が高い傾向にあるのじゃ。それが、この世界に来た異世界人への神の恩寵か、それとも無理矢理連れてこられた贖罪かはなんとも言えんがのう」


 神に仕える者がここまで強い毒を吐くとは思わず瑞樹達も思わず苦笑した所で、司祭もう一つの問いに「ある」と、ただ一言答えた。


「……もし、他の異世界人がどこにいるかと聞きたいのなら諦めた方が良い。仮に知っていたとしても規則でそれを話す訳にはいかんからのう。先程言うた通り、異世界人はとかく強い力を持っている場合が多く、故に良くも悪くもその力を狙う者がそれなりにおる。例え同郷の可能性があったとしてもおいそれと話す訳にはいかんのじゃよ」


 瑞樹の知識では大抵異世界人というのは手放しで英雄みたいな扱いを受けていたものばかりだが、この異世界でもその雰囲気も滲ませつつ格好の獲物とする側面も見え隠れしている。それ故まともに生きたければ悪目立ちするな、そういうメッセージが司祭の口ぶりから察してとれる。


「さて、そろそろ本題に戻っても良いかの?」


「あっはい、お願いします」


「えぇと次は……加護、所謂主神の事じゃな。魔法の方向性が決まる重要なものじゃがお主は……ほう歌の神か、これはまた随分と珍しいもんから加護を受けておるのう」


「珍しいのですか?」


「確か文献によると有史以来僅かな人数しか確認されておらぬとか何とかだそうで、少なくとも儂は初めて目の当たりにした。いやしかし歌の神とは……お主、魔神のお伽噺は知っておるか?」


 聞き慣れぬ言葉を耳にした瑞樹は「魔神? 俺は知らないですけど、ビリーは知ってる?」と傍らに座るビリーに問いかける。するとビリーは片眉を上げて不思議そうに「魔神のお伽噺っていやぁあれだろ? 確か大昔に六柱の神が協力して魔神を滅ぼしたとかなんとかって」と答えると司祭もうむと頷く。


「お伽噺は大体そうなっておるな。しかしそれは子供向けに脚色されている為、実際の伝承では若干異なっておる」


「あれそうだったのか? それは俺も初耳だ」


「うむ。民衆のお伽噺では火、水、土、風、光、闇、この六柱を筆頭にした神の軍勢と、魔物の大軍を率いる魔神を筆頭とした魔の軍勢が激しく争い、結果は神の軍勢が勝利を収めたとなっておる。しかし古代の文献によれば神の軍勢は魔の軍勢……もとい魔神にまるで叶わなかったらしい」


「おいおい、それが本当なら神様達はどうやって勝ったんだよ」


 基本的に神という存在をどうでも良く思っているビリーでさえも、これには衝撃を受けたらしく意外な食いつきを見せ、司祭もさらに続ける。


「魔神はあらゆる魔法の始祖とされており、それ故六柱の神にとって誰よりも魔法を熟知しておる魔神とは致命的に相性が悪かったのじゃ。ただ、そんな最強とも呼べる魔神にも唯一、歌の神が使用する歌魔法を苦手としたらしい。真偽の程は定かでは無いが、歌魔法は直接的な効果が出ないが故に脆弱とされていたらしいのじゃが、歌を媒介とするこの魔法だけは何故か魔神に有効打を与え、最終的に六柱と協力して打ち倒した。と記されておる」


 普段神に興味など見せない瑞樹も物語としては興味を引いたのか、度々相槌を打ちながら聞き入った所でふと何か疑問に思ったらしく、軽く手を上げながら司祭に「そんなに活躍したのなら伝承だけじゃなくお伽噺に登場しても良いのでは?」と尋ねる。


 しかし司祭は問いにすぐには答えず、うぅむと暫らく目を閉じながら思案に耽った。余程聞いてはいけない事を口にしたのかと瑞樹が固唾を呑むと、司祭は髭を撫でながら口を開いた。


「お主の疑問も尤もじゃ。……これは儂の推測に過ぎないんじゃが、少なくともそうする事によって誰かが利を得た筈。そこから察するに六注の信者が手柄を主神の物にと目論んだか、それとも歌の神が表舞台から消える方が好都合な者が他に居たのか。こればっかりは流石に調べようがない」


 神に仕える司祭の言葉とは到底思えない発言にも思えるが、瑞樹にとってはそこまで意外という訳でも無いらしく静かに耳を傾けていた。瑞樹の元の世界でも宗教戦争など日常茶飯事、闇に葬られた歴史などそれこそ山のようにあるだろう。そんな土壌で生きた者ならではの少し冷めた見方と、そもそも神々を侮蔑的な視線で見る瑞樹、これらに因るところが大きいだろう。


 流石に司祭としても人前でこういう話をするのはよろしくないと今更思ったらしく、「まぁ神々の愚痴はそこまでにして最後の固有魔法の説明でもしようかの」と告げると瑞樹も「はい、お願いします」と頷いた。


「まず最初に固有魔法という名称じゃが、あくまでその個人が使える魔法という意味であって独自という意味では無いから、そこは間違えないようにな。それでお主が使える魔法を羅列していくと、『作詞』『戦いの歌』『癒しの歌』そして『言霊』の四つじゃ」


「戦いの歌と癒しの歌は何となく察しが付きますけど、作詞って……それ魔法なんですか?」


「儂に言われてものう。えぇと効果は即興で作詞が出来るらしいぞ、良かったのう」


 確かに初めて効く筈のビリーの曲に詞が浮かぶのは瑞樹も疑問にしていたが、魔法に起因しているならば驚きはしつつも腑に落ちるようだ。それに使用頻度で言えば結構多く、瑞樹もそれ以上苦言を呈す事はなかった。


「次は戦いの歌と癒しの歌じゃ。身体能力向上効果がある『戦いの歌』と治癒効果の『癒しの歌』、前線よりも後方支援向きと言えるな。それとさっきの魔神の伝承云々で少しだけ話したが、歌魔法には自身の歌を媒介とする独自の特性があり、故に魔法を発動する為の魔素も魔力も少なくて済むという利点があるようじゃ」


「成る程。でも効果は歌っている間だけなのですよね?」


「まぁそうじゃな。魔力消費も少なく魔素が薄い地域でも変わらず発動出来るのは高く評価出来るが、その分扱いが難しい印象を受けるのう」


 司祭は私見を述べつつ最後の魔法『言霊』の部分に視線を向けると、何故かその部分を凝視したまま石のように固まり、羊皮紙を持つ手もカタカタと震えている。二人は明らかにおかしな様子の司祭を訝しく思っていると、司祭も視線に気が付いたのかハッと我に返り首をブルブルと振る。


「……これはまた、とんでもないのう。この『言霊』という名の魔法、効果が万物のあらゆる事象に干渉が可能、とあるぞ。要はお主の発した言葉に魔力を乗せるとそのまま言った通りになる、という事じゃ」


 これには瑞樹とビリーも大いに驚愕し二人揃って「はぁっ!?」と声を上げた。発言した通りの事が起こせる力などまさに神の御業、それ故の代償か発動には多大なデメリットもある。


「効果こそ絶大じゃが干渉する事象によって増減があれど魔力の消費は凄まじいようじゃ。故に使い時が非常に重要となろうな。魔力が枯渇したとて直ちに死ぬ訳では無いにしろ、枯渇状態となると身体がまともに動かせなくなる程の倦怠感に襲われるがこの魔法の効果なれば……身体に与える影響など見当すらつかん」


 歴史上類を見ない程の魔法に司祭の声も心なしか震えているが、瑞樹の様子はそれ以上だった。自身に宿る恐ろしさすら覚える凄まじい力を知り、恐怖する心が頭を酷く混乱させているらしく「何で俺に……そんな物が……」と呟きながら身体を震わせる。ほんのつい先日まで何処にでもいる普通の人だった瑞樹にとって、強すぎる力は重荷以外の何物でも無いようだ。


 そんな錯乱した瑞樹にビリーと司祭が心配そうに何度か声を掛けてみるが、一向に返事が返って来ない。これでは話どころではないと思ったらしく「今日はここまでにした方が良さそうじゃな」と司祭は溜め息交じりに告げ、視線をビリーに移す。


「まぁ見た感じこの世界に馴染んでいないようじゃから無理もないか。お前さんもせいぜいこいつを支えてやっとくれ。お前さんらが出逢ったのも神の思し召しじゃろうからな」


「……やれやれ、こりゃあ思った以上にとんでもない奴を拾ったもんだ。まぁ俺達は帰らせてもらうわ」


「気を付けて帰るのじゃぞ」


 挨拶を交わしたビリーは、瑞樹に肩を貸しながら引きずるように退室。そんな様子を痛ましく思いながら見送った後、司祭はまた別の業務へと赴いた。




 帰路に着くべくニィガ行きの馬車の乗り込むと、乗客は瑞樹とビリーの二人のみ。珍しい事があるもんだと思いつつも、ビリーは却って丁度良いかと隣に座らせた瑞樹をチラリと見る。瑞樹の症状は悪化の一途を辿るばかりで身体の震えも収まる兆しすら見せず、二人が初めて会った時のような酷く暗い瞳に戻っていた。


「お前……本当に大丈夫か?」


 恐る恐る尋ねるビリーに対し、瑞樹は虚ろな瞳を向けながら「……ねぇビリー。俺って本当に人間なのかな……?」と消え入るような声で呟く。根底にあるのは恐らく自身は一度死んだという明確な事実、だからこそ自分は本当に自分(瑞樹)なのか。拭えぬ疑問が不安と恐怖となって噴出しているようだ。


「……何言ってんだ。何処からどう見たって人間だろ」


 ビリーが少し乱暴気味に頭を撫で始めた。瑞樹は間違いなく何処かが壊れている、出逢いから燻り続ける思いがいよいよ確信へと変わる中、ビリーには突き放すという選択肢もある筈だが頑なにそれを拒んだ。抱き締めたら砕けてしまうのではと心配になる程縮こまった華奢な身体、それを見ながら「お前はお前だ。元の世界のお前が何か知らねぇし、どうでも良い。だけどここに居て生きているんだから、それで良いだろ」と頭を撫で続ける。


 すると身体の震えが僅かに収まった瑞樹が「……そういうものなのかな」と呟くと、ビリーも「そういうもんだ」と答えさらに続けた。


「いちいちお前は深く考え過ぎなんだよ。もっと肩の力を抜いたって誰も文句は言わねぇさ」


「うん……ありがとうビリー」


「ったく、手間のかかる奴だ」


 世界の理どころか世界そのものすら壊しかねない魔法を持ってしまった瑞樹は、心に問題を抱えている。この先自身に宿る力とどう向き合うかは瑞樹次第だが、ビリーが居れば何とかなるかもしれないと少しだけ心の陰が晴れたようだ。

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