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異世界に歌声を  作者: くらげ
第四章[貴族]
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4-20 安らぎ

「瑞樹様、一つ重要な事を伝え忘れておりました」


 ギルバートのその言葉は、折角意を決して入ろうとした瑞樹に水を差してしまう。一度ドアノブから手を離しゆっくりと振り向く瑞樹のその顔は酷く不機嫌そうにむくれていて、じっとりとしたでギルバートを睨み付けた。


「ギルバートさ……あぁもう面倒くさい……!ギルバート、それで重要な事とはなんですか? 」


 語気を強めながら瑞樹は問いかけると、彼は一度「申し訳ありません」と深く頭を下げてからそれを伝える。


「中には防壁魔法の術式が張られておりますが、瑞樹様が魔力を注がない限り発動は致しません。故に部屋へ入り次第第一に魔力を注いでくださいますようお願い致します」


「委細承知致しましたが、もう入ってもよろしいですね? 」


「はい、足を止めてしまい重ね重ね申し訳ありませんでした。火急の案件が無い限りは夕食のお時間までお呼び致しませんのでどうぞごゆっくりとくつろいで頂ければと存じます」


 その後ギルバートは、お辞儀をした後に瑞樹の元から離れた。それを確認した瑞樹は踵を返し、今一度部屋の扉と向き合い何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせる。再び高鳴る鼓動に少しだけ顔を顰めながらもドアノブに手を伸ばした瑞樹は、最後にもう一度深く呼吸をしてドアノブを回し、部屋へと足を踏み入れた。


 中の様子を見るのが怖かったのか、目を閉じながら部屋に入りすぐさま扉を閉じる瑞樹。まだ身体を扉の方に向けているが、少しずつ振り向き目をかっと見開いた。


 そこにはおかしな様子に少し驚いているビリーとノルン、二人の姿が本当にあったのだが、心乱された様子の二人はぽけっとその場に立ち尽くし、瑞樹も彼らの姿を見た途端頭が真っ白になり、暫しの間部屋は静寂を保っていた。


 その後はっと我に返ったビリーは、ノルンの頭をポンポンと叩き彼女を現実へと呼び戻す。すると二人はきりりと真面目な顔を作り始め、瑞樹へ恭しくお辞儀をしながら口を開く。


「初めまして瑞樹伯爵様、今後貴方様の執事補佐をさせて頂きますビリーと申します。どうぞよろしくお願い致します」


「初めまして瑞樹伯爵様、貴方様の側仕えをさせて頂きますノルンと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 二人は貴族となった瑞樹に堅苦しい挨拶をしたのだが、何故か返事どころかリアクションの一つも返って来なかった。不審に思った様子の二人はちらりと視線だけ向けると、瑞樹は面白く無さそうに顔を顰めていた。そのまま瑞樹は黙したまますたすたと壁の方へ歩き始めながら適当な場所で壁に触れると、これでもかと言わんばかりに魔力を流し、防壁魔法を発動させる。


 部屋全体が淡く青白い光に包まれ、魔法が発動出来た事を確認した瑞樹はゆっくりと振り向き踵を返すと、そのまま二人の近くへ身体をふらふらと揺らしながら近付いていく。少し手を伸ばせば触れる事が出来る程度まで歩を進めた瑞樹だったが、そこでぴたりと止まり身体をわなわなと震わせる。その様子に二人は顔をひきつらせ、どうしたのか問おうと恐る恐る口を開こうとしたその時、瑞樹は突然自身の頭をわしゃわしゃと掻き始め、「あぁもう!」と叫ぶ。


 部屋の空気が震えたのかと錯覚する程の絶叫に、二人は思わず耳を両手で塞ぐ。それで少しばかりすっきりしたのか、瑞樹はふぅと息を落ち着かせた後に目の前の二人をじろりと睨み付ける。


「他人行儀にも程があるだろ!大体何だ初めましてって、俺達は一緒に風呂入った事もある仲だろうが!……あぁもう怒った、次にそんな態度したら絶対に許さないし……ってお前ら聞いてんの!? 」


 貴族となって少しでも立派になったかと期待をしていた二人だったのだが、そんな淡い期待は当の本人によって粉々に粉砕された。貴族とか聖女の立場も忘れ、男声で捲し立てる瑞樹をよそに、ビリーとノルンは顔を見合わせると、二人は一様に困ったような面持ちとなる。だがその胸中は、貴族となってもまるで変わらぬ瑞樹に少し安堵していたようで、その口角は上がっていた。


「ですが特定の従者と雇い主があまり親しくしてはいけないと、メウェン様も仰っておりましたし、せめてこの部屋だけに留めて頂けませんか? 」


「う……痛い所突くなよビリー。じゃあこの部屋では必ず以前と同じように俺と接する事……というかその為の部屋なんだからなここ。良いか、絶対だからな、命令だからな!」


 まるで子供のように喚く瑞樹に、ビリーははぁと溜め息を吐きながらも、嬉しそうに彼の頭へチョップをお見舞いする。


「命令は俺らと別れる時のが最初で最後じゃ無かったのか、あぁん? 」


 にやにやと笑いながらビリーは瑞樹を見つめると、彼はビリーから顔を背け「それはそれ、これはこれだから」と少しばつが悪そうに呟く。その様子にノルンはくすくすと笑いながら歩き始め、お茶の準備を始めた。


 ノルンがお茶の準備を済ませると、取っ組み合いながらじゃれている二人を卓に付くよう促した。二人が席に付いた後、瑞樹はノルンの様子を繫々観察を始める。慣れた手つきから随分と厳しい教育を受けたのだろうと、何となく察した瑞樹は嬉しくもあったようだが、どこか寂しさも感じていたようだ。


 その後、瑞樹はノルンから供されたお茶で落ち着きを取り戻すと、心に余裕が生まれた瑞樹は部屋をキョロキョロと見回し始めた。大人が二人寝転んでもそれなりに余裕のありそうな大きさのベッドに四人分の

卓と椅子、それに最低限の軽食が楽しめるように魔道具がいくつか陳列されている。瑞樹が部屋の中を観察していると、不意にビリーが彼に話しかけてくる。


「しかしあれだな、お前は見た目以外ちっとも変わらねぇな」


 ビリーが瑞樹を下から上にかけて視線を動かしながらそう言うと、瑞樹は変な勘違いをしたようで自身の身体を隠すように背けさせた。


「……間違っても寝込みとか襲うなよ? 俺にそっちの趣味なんか無いぞ」


「あほかお前! 俺にもある訳無いだろ、それとも何だ? 俺がそんな事をするように見えるってか、あぁ?」


「いやだって……さっきの視線が何かやらしかったしな」


「……ふん!」


 流石にイラついたらしく、ビリーは瑞樹の頭に鉄拳制裁をお見舞いする。久し振りにビリーの鉄拳を受けた瑞樹は、両手で頭を抑えながら悶えていた。その様子をノルンは苦笑しながら見た後「お茶が零れるからそこまでにしてください」と二人を窘めた。


 その後、漸く痛みが引き始めた瑞樹は頭を摩りながら、再び二人と向き合ってお茶と菓子に興じ始める。


「あ~痛ぇ。お前ってば容赦無さ過ぎだろ」


「お前が変な事言うのが悪いんだろ……ってかそんなに泣く程思い切り殴って無いぞ? 」


「……えっ俺泣いてた? 」


「あぁ、今も出てるぞ」


 そう言われた瑞樹は自身の頬に手を触れる。すると確かに冷たい雫とその跡があるのは分かったようだが、その途端に席を立ち、ベッドへと倒れ込むように横になった。


「ノルンお願い……ちょっと来て」


 瑞樹は声を震わせながら女声でノルンを呼ぶと、どこたなく理解したようにすぐさま駆け寄り、瑞樹を抱き締める。


「何だか分かれる前よりも甘えん坊になりましたね……これじゃどっちが姉か分かりませんよ? 」


「ずっと……寂しかったんだからね……!」


 瑞樹の涙の理由が判明し、ビリーはやれやれといった面持ちをしながら肩を竦めると、彼も瑞樹の傍らに座って不器用に頭を撫で始める。


「全く……困った雇い主ってもんだ。そんなんだとこの先困るぜ、伯爵様? 」


「……うっさい、むしろ今まで我慢してきた俺を褒めろ」


 じろりと視線だけを送る瑞樹に対して、ビリーは「はいはい偉い偉い」と返事をしながら頭を撫で続ける。その後三人は安心しきったように眠りにつき、起きたのは夕食の時間だとギルバートが呼びに来た頃だった。


 ギルバートの声を聞いたビリーとノルンは慌てて飛び起き、瑞樹を揺すり起こしてその旨を伝える。瑞樹はベッドから立ち上がり、扉まで歩を進めるがビリー達はその場に立っているだけだった。


「あれ、お前らは一緒に行かないのか?」


 瑞樹が訝し気にそう問うと、ノルンは伏し目がちになりながら首をふるふると横に振り、ビリーが片手を上げて追い出すような仕草をしながら口を開く。


「悪いが今日はここまでだ。これから別の仕事があるからな……そんな顔すんなよ、例え身分が違うとしても明日からちゃんと傍に居てやるさ。二人揃って、な」


 あからさまに寂し気な表情をする瑞樹、それにノルンだったが、ビリーの不器用な慰めで気持ちを落ち着かせた二人。その後瑞樹は自身に喝を入れようと、自身の頬をパンパンと勢い良く叩き、二人と向き合った。


「そうだな、お前らがいるんだから俺もしっかりしないと。じゃあ二人共、改めてこれからよろしく頼むぜ」


「へっ、お前に言われずともしっかり世話してやるさ」


「もう兄さんってば、こちらこそよろしくお願いします姉さん」


 三人が各々に視線を向けた後こくりと頷き、静かに瑞樹は退室する。外の廊下にはギルバートがお辞儀をしながら待ち構えており、瑞樹は凛とした顔で彼と向き合った。


「お待たせ致しましたギルバート」


「いえとんでもありません瑞樹様。心の安寧は得られましたでしょうか? 」


「えぇ勿論。大変素晴らしい時間を過ごさせて頂きました」


「それは何よりでございます。では食堂の方へご足労お願い致します」


「はい」


 二人は言葉を交わした後、一階の食堂へと向かう。そこはメウェンの邸宅のそれとは随分と小さい筈なのだが、今そこを使用しているのは瑞樹ただ一人。何だかんだ言いつつも瑞樹はメウェンの家族と食事をする事が好きだったようで、得も言われぬ寂しさを感じながらもリコとクラエスが懸命に拵えたであろう料理に舌鼓を打った。


 夕食後、瑞樹は初めて新居の浴場を使用し、ゆったりと身体を伸ばしながら心身を癒す。久し振りにビリーとノルンに逢えた事が心底嬉しかったらしく、少し湯あたりする程に今日の出来事を反芻していた。


 そんな入浴時間を過ごした後、少し頭をくらくらとさせながら寝床へと向かう瑞樹。そしてその傍らにはアンジェが付いていた。自室へと入る瑞樹を見送り、立ち去ろうとするアンジェを「ちょっと待って」と瑞樹は制止させる。


「どうか致しましたか瑞樹伯爵様」


「いえ、大した事では無いのですが……これからよろしくお願い致しますアンジェ。皆にもそう伝えてください」


「かしこまりました。我々も誠心誠意を込めてお仕えさせて頂きます」


 アンジェはとにかく真面目である。それは瑞樹もひしひしと肌で感じているようだが、どうにも固すぎると思ったらしい。少しでも態度を柔らかくして欲しい、そんな気持ちから冗談半分で「そのうちアンジェの笑顔も見せてくださいね」と言ってみたのだが、当の本人は事も無げに仏頂面のまま「お戯れは程々にして頂けると嬉しく存じます」とばっさりと断じられる結果となる。


 なかなかの手強さに瑞樹は苦笑しつつ、アンジェと就寝の挨拶を交わし、ベッドへと潜り込む。そのまま目を閉じ、新しく雇った五人の名前と顔、それにビリーとノルンを思い浮かべながら深い眠りへと落ちていった。

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