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異世界に歌声を  作者: くらげ
第四章[貴族]
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4-18 魔法って便利

 剣呑とした話しも程々に、いよいよ建屋の建築へと移る。その前に瑞樹は建屋の元となる、巨大な餅のような見た目に変形した魔鉱石に興味があるらしく、ペタペタと触れてみた。餅のようなのは見た目だけでその硬さ鉱石のそれと変わらない。


「早速建屋の建築をしてくれ」


「分かりましたメウェン様」


 メウェンはヴェズレーにそう命じると、彼は今一度意識を集中させながら詠唱する。すると魔鉱石の塊はさながら粘土細工のように柔軟に動き、その形が形成されていく。段々と形成されていく建屋を感嘆の声を漏らしながら観察している瑞樹は、ふと何か疑問に思ったらしく一度傍らにいるメウェンへと視線を向けた。


「メウェン様、一つ伺っても宜しいですか? 」


「あぁ良いぞ、何かね? 」


「何故わざわざ一度建屋を潰したのですか? 正直な所あのままでも問題無いと思うのですが」


「それは駄目だ。君に勉強の機会を与えるというのもあるが、一番は……まぁ君には馴染まないかもしれないが貴族というのは得てして新しい物を好む。故に私のお下がりを使用しているようでは、君の沽券に関わるかもしれないからな」


「はぁ、そういう事ですか。確かに私には馴染がない、というより興味の対象にはなり得ませんね」


 結局の所それは見栄を張りたいだけ、瑞樹はそういうのに大して興味が無いらしく事も無げにメウェンへ返すと、「君ならそう言うと思ったよ」と肩を竦め、苦笑した。


 それから一時間程、瑞樹とメウェンは従者が用意した卓へと付き、お茶を飲みながら作業を観察している。どんなことにも当て嵌まるだろうが、壊すよりも建てる方が時間がかかる、その例に漏れず新建屋の建築も、壊す時よりも何倍もの時間が過ぎていた。


 さらに一時間が過ぎ、最初は興味津々な様子で観察していた瑞樹は、流石に飽きたのか卓に突っ伏しながらすうすうと寝息を立てていた。温かい日差しと時折吹く冷たい風に心地良さを感じながら瑞樹がまどろんでいると唐突に身体を揺すられ、そんな心地の良い時間は終わりを告げる。


「瑞樹起きなさい。概ね完了したぞ」


「ん……うぇ!?すみません寝ていました。というか遂に完成したのですか? 」


「まだ完成には程遠いがな。外見だけは終了したぞ」


 そう言いながらメウェンは新建屋を指指し、瑞樹もそちらの方へ顔を向ける。するとそこには確かに立派な豪邸が姿を現していた。以前のそれとは意匠が随分と変わっており、平屋だった物が今では二階建てとなっている。


「ヴェズレー、首尾はどうだ? 」


「あぁメウェン様。見ての通り外装は完了しましたし、中の部屋割りも以前の物を参考にして概ねやってあります」


 瑞樹達はヴェズレーの方へ歩を進め、進捗状況の説明を受けた。説明を受けた後、彼は「中にも入れますよ」と提案してきたので瑞樹は一も二も無く「是非入らせてください」と元気良く返事をして、そのまま新建屋の中へと駆けていった。


 玄関をくぐるとまず初めに目に映るのは広々としたエントランスと、二階へと向かう趣のある螺旋階段。二階も興味をそそるが、取り敢えず瑞樹は一階を探索し始める。一回は部屋というよりも広間と言った方が正しいような大きさで構成されていて、居間や応接室、大広間に厨房など、瑞樹は新しい部屋に入る度に妄想に耽っていたが、特筆すべきは浴場だろう。なんと驚く事に浴場が三か所もあり、一つは大浴場と呼ぶにふさわしいであろう広さの物、もう二つは一人でゆったりと浸かるのにもってこいな広さの物だ。使い分けが出来るのは確かに便利かもしれないが、それの意味がいまいち得心出来ないらしく、瑞樹は漸く追いついたメウェン達に疑問をぶつけてみた。


「あのメウェン様、何故浴場がこんなにあるのですか? 」


「それはだな、まず広いのが君専用の物で残りの二つが従者の物だ。しっかりと男女分かれているから安心しなさい」


 さも当然のように答えるメウェンだったが、瑞樹はむしろ困惑してしまう。従者の浴場云々はまだ理解出来るようだが、問題は自分専用と言われたあの浴場、流石に広すぎると一人で使用するには広すぎると思ったらしく、瑞樹はメウェンに苦言を呈した。


「メウェン様、いくら何でも広すぎですよ。あれじゃ湯船では無くてもはやプールです」


「ぷうる? それは一体何かね? 」


「えっとプールとはですね……では無くて。ともかく広すぎです、どうにかなりませんか? そもそもエレナお嬢様と一緒に入ったあの浴場だってこれ程広くは無いですよ」


「あれはエレナ専用だからな、当然と言えば当然だ。まぁ瑞樹がそこまで言うなら出来なくは無いが、その分の面積をどこかに割り振らねばならんな……さてどうしたものか」


 メウェンは思案に耽り始めるが、瑞樹はそれよりもあの浴場がエレナ専用だった事に驚いている様子だった。それもその筈、あの湯船は大の大人が十人横になってもまだまだ余裕がありそうな程広々としていたのだ。改めて貴族の、というより侯爵というスケールの大きさを思い知る瑞樹だった。


「別にそこまで深く考えずとも、他の二つの浴場に割り振れば良いではありませんか」


「良いのか? それでは君の浴場が狭くなってしまうぞ」


「先程も申しましたけど、あれは広すぎです。むしろ私にとっては従者用の湯船の方が落ち着きます」


「む、なれば致し方あるまい。君の案を採用しよう」


「ありがとうございますメウェン様」


 瑞樹は感謝を述べながらお辞儀をすると、メウェンが手を軽く上げながら「気にするな」と返す。


「君に貴族としての体裁を守らせるために私も口を挟むが、これはもう君に明け渡した物だからな。極力は君の自由にさせよう。ではヴェズレーそのように。作業中私達は二階へ行くから、何かあったら読んでくれ」


「分かりました」


 メウェンは後ろで控えて居たヴェズレーと向き合いそのように命令すると、彼は大きく頷いてから早々と作業を始める。その後、瑞樹達はその場に連絡用の従者を一人残して二階へと向かった。


 正面エントランスに戻り二階へと向かう階段を上ると、そこはホテルさながらいくつもの部屋が瑞樹の目に映る。ただ一際興味を惹いたのは、階段を上がってすぐ左側にある一番大きい部屋で、瑞樹は何となく察した様子でそこへ足を踏み入れながらメウェンと向き合った。


「ここはもしかしなくても私の部屋ですか? 」


「そうなるな。ここも広すぎるか? 」


 メウェンがそう問うと、意外な事に瑞樹は「いえ」と一言言いながら首をふるふると横に振った。


「君の事だからどうせ広すぎるなどと文句が出ると思った、ここは良いのか? 」


「はい。あの二人と過ごすならこれ位広い方が良いかなと」


 顔をムフフと笑みを浮かべさせながら答える瑞樹を、溜め息を吐きながら見ていたメウェンは、頭を抱えやれやれといった様子で軽く首を振りながら、視線を瑞樹に向けた。


「全く、そういう事か。だがそれを簡単に許す訳にはいかん、それは一番最初に君に言った筈だ。そうだろう? 」


「う……ですが大金を払ってまで購入したのです。今までほぼ顔も逢わせずにずっと我慢して過ごして来たのですから、少しくらいは大目に見て頂けませんか? 」


 そう述べる瑞樹の瞳は、本人は気付いていない様子だったが少し濁りが見え隠れしていた。それが感情の暴走の前兆である事を理解しているメウェンは、今一度深い溜め息を吐き「私に付いて来なさい」とその部屋を後にし、瑞樹は訝しそうにしながらもその背中に付いていく。廊下を少し歩いたその屋敷の最奥にその部屋はあり、一見すると何の変哲も無いただの少し狭い部屋だが何故かその部屋には窓が一切無い、それどころかどの部屋にも隣接しておらず、そこは隔絶された場所になっていた。


「何と言うか、随分と不思議な部屋の作りですね」


「そうだろうな。外と隔離されたここなら存分にあの者らと触れ合えるだろう」


 その言葉に瑞樹は「え!?」と漏らしながらメウェンに顔を向ける。すると彼は苦笑しながらさらに続けた。


「君の心の安寧は特に重要だからな。今は使用出来んがなるべく早いうちに風の防壁術式をこの部屋全てにかける。この部屋で君が魔力さえ送り続ければ誰にも聞かれる事無く存分に安寧を得られる事だろう」


「そうだったのですか……申し訳ありませんメウェン様。そこまで私の事を考えて頂いているのに……自分のことばかり考えてしまって……」


 酷く申し訳無さそうに深く頭を下げる瑞樹だったが、メウェンはふぅと一息吐きやれやれといった様子で肩を竦めた。


「全くその通りだ。君の心中を推し量るのは難しいが、私も心苦しくは思う。だが君は既に貴族で、守るべき規則や規律がある。我が儘を言うのは構わんが、それで生きていける程甘く無いぞ」


「はい……本当に申し訳ありません」


 久々にメウェンに怒られた瑞樹はずっと頭を下げながら委縮していた。初めは良い薬になればと少しきつめに怒ったメウェンだったが、少し言い過ぎたかと心配になったらしく、おほんと咳払いをしてから肩をポンと叩いた。


「そう気を落とすな、君は平生それしか我が儘を言わんからエレナと比べればまだ可愛い方だ」


「エレナお嬢様が、ですか? そんなに我が儘を仰るようには見えませんけど……」


 瑞樹が不思議そうに顔を上げると、メウェンは眉間の皺を解しながら苦々しそうに答えた。


「エレナと、オリヴィアもだな。ここ最近何故かは知らんがやけに衣服を買い漁っていてな。理由を聞いても具体的な事はまるで教えてくれんが、口を揃えて瑞樹の為とだけ言っていたよ。お陰で余計な出費で頭が痛いわ」


 その口振りからかなりの出費である事は瑞樹にも容易に想像出来たようで、少し同情しながらあははと苦笑する。ただその胸中は穏やかでは無く、あの二人が自身の為に衣服を買い漁っているという謎の行動に一抹の不安を感じながら、瑞樹達はその場を後にする。


 それから瑞樹達は今一度ヴェズレーと合流し、細々とした箇所を修正していきながら同時進行で家財道具や備品の搬入を進めていく。朧気ながらも明るい未来が見えた気がした瑞樹は期待と妄想に胸を膨らませた。

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