4-13 衣装
それから三日後、瑞樹は再び国王陛下に呼びつけられ城へと来ている。というのも瑞樹がニィガへ向かったあの日に、丁度彼とは入れ違いで例の密書が届いていたのだ。内容は前回と同じで日付と時間が記載されているのみ、これで送られると心臓に悪いから止めて欲しいと不機嫌そうな顔で、それに睨み付けるがどうにか出来る物では無く、召喚命令に従うのみだった。
相も変わらず私室へと連れられた瑞樹、国王陛下とダールトンに挨拶を交わした後に、彼等は早速本題へと移る。
「今日お主を呼んだのは他でも無い、任命式に着用する衣装の仮縫いが終わったのでな。寸法の差異が無いか確認する為に来てもらったのだ」
「衣装、ですか? でも私そんなの測った覚えが無いですよ? 」
瑞樹が不思議そうに首を傾げると、イグレインは少し口角を上げながら疑問に答えた。
「いつもお主を連れてくる文官が居るだろう? その者らに目測させていたからな」
「目測って、それではいまいちあてにならないのでは? そもそも寸法を測るのでしたら申して頂けたら協力しましたよ」
「まぁそう言うな、単にお主を驚かせたいだけだからな。ともかく論より証拠だ、あの者らの目測も存外馬鹿には出来ない事を思い知ると良い」
イグレインが得意気に鼻を鳴らすと、瑞樹のみならずダールトンも眉間に皺を寄せながら深い溜め息を吐いていた。どうやら瑞樹の知らない所で苦労があるらしい。ともかくイグレインは外で控えていた従者を呼び例の衣装の準備を命じると、予め近くの別室に用意していたらしく、すぐに室内へ運び込まれて来た。
その衣装は白を基調とした生地に、袖周りを淡い青の生地が縫い付けられている。その青い生地には金色の糸で複雑で華美な刺繍が施され、かつ胸には瑞樹がデザインした貴族章の刺繍も施されている。さながらそれは修道服のような意匠だ。
「仮縫いにしては随分と完成度が高いですね」
「針子に急がせたからな」
さも当然のように口にしたイグレインを、どことなく恨めしそうにダールトンが視線を送っていた。その様子をちらりと見た瑞樹は何となく察し、軽く肩を竦める。
「では着替えたいのですが、何処で着替えれば宜しいでしょうか」
「別にここで良かろう、男同士であれば恥ずかしがる必要も無かろう? 」
まさかそのような事を提案してくるとは思わず、瑞樹はぶっと吹き出してしまい、いやいやと慌てた様子でイグレインに顔を向けた。
「男同士でも恥ずかしい物は恥ずかしいですよ。普通他人に着替えの風景なんか見せません」
「お主アートゥミの共同浴場に行ったのだろう? それと同じでは無いか」
「それは屁理屈ですイグレイン様、それとこれとは違いますよ」
「えぇい喧しい奴だ。ダールトン、さっさと奴を着替えさせろ」
「……御意」
「えぇ……」
抵抗空しく瑞樹は何人かの女性文官に衣服を脱がされ始める。堪らずダールトンへ助けを求めるような視線を向けるが、諦めろと言わんばかりに首を横に振っていた。ただ流石に少しばかり同情していたらしく、憐れんでいるような瞳をしていた。愉悦そうにイグレインが眺めているのも束の間、素早く慣れた手つきで着替えは終わり、瑞樹はイグレインの方へ顔を赤くしながら恨めしそうに顔を向けた。
「……ご満足頂けましたか、イグレイン様? 」
「うむ。お主が男である事をしかと確認出来て満足だ。それよりも着心地はどうだ、窮屈では無いか? 」
「予想以上に身体に馴染みます。見ただけでここまで寸法が完璧だとは、正直驚いています」
瑞樹は若干興奮した様子で、傍らにいる女性文官に顔を向けながら称賛を送ると、「恐れ入ります」と淡白に答えるがその口は少しだけ笑みを浮かべていた。
「でもこれ、女性用ですよね? 足の部分もズボンじゃなくてスカートになっていますし」
「当然だ、任命式でお主を聖女として印象付ける為には、その方が都合が良かろう」
「確かにそうかもしれませんが……」
「いちいち細かい事を気にするな。それよりも今一度採寸するから大人しくしていろ」
イグレインは再び文官に指示を出し、衣装の細かい部分の採寸を行なっていく。先程瑞樹は完璧と称したが、それでも所々に細かい粗があるらしく、採寸の結果をメモしながら手際良く進み、再び瑞樹は恥ずかしい思いをしながら元の服に着替えた。
「はぁ、本日はこれで終了ですかイグレイン様? 」
気疲れからか、溜め息を吐きながらイグレインに問うと、彼は「いや」と一言口にした後、ダールトンに何かを持ってくるよう命じた。
「これもつい先日試作が届いた、不備が無いか確認しろ」
それは以前瑞樹が考案した貴族章が彫り込まれたペンダントで、まだ試作と言うだけあってただのハリボテだが、完成度は文句のつけようが無いらしく瑞樹は「へぇ」と感嘆の声を上げていた。
「これって実物も同じ大きさなのですか? 」
「そうだ。メウェンの物を見ておらぬのか? 」
「いえ、見た事はありますがこうして手に取ったのは初めてです」
「成る程な。そしてこれが本物の貴族章に嵌め込まれる予定の魔石だ」
イグレインが目配せすると、ダールトンが小さな包みを広げ瑞樹の前に置く。それを触ろうと瑞樹が手を伸ばすとダールトンに「馬鹿者、触るな」と怒られ、慌てて手を引っ込ませた。
「それにしてもこれって、魔石と言うのですか? 私はてっきり光る宝石程度にしか存じていなかったのですが」
「まぁ平民なら見る機会自体滅多に無いだろうからな。それにお主の宝石と評したのも強ち間違いでは無い、これは鉱山でごく稀に採れる魔素の結晶。故にただ水晶に術式を込めたそれとは訳が違う、とても貴重な物なのだ」
瑞樹が繁繁とそれを見つめるなか、ダールトンは魔石とは何ぞやと説明をする。初めて存在を知る物というのはなかなかそそるらしく、「へぇ」とか「ほぉ」などと声を上げ、頷きながら耳を傾けていた。
「へぇ、とても貴重だから触ってはいけないのですね」
「いや、そうでは無い。確かにその意味も含んでいるが本質は違う。それは人の魔力に敏感でな、本人にその気が無くても微量の魔力に反応してしまい使い物にならなくなるのだ」
「でもこれは私の物になる予定なのですよね、なれば別に問題無いのでは? 」
瑞樹が片眉を上げながら不思議そうに問うと、ダールトンは「むっ」と口を噤む。その様子を訝し気に瑞樹が見つめていると、今度はイグレインが口を開いた。
「それは最初に魔力を込めると強い光を発するのだ、普段任命式など見る事の無い民衆にとってはまるで聖女が生み出した光と感じるだろう」
「いや、でも貴族の皆様も見るのですよね? そんなのすぐにバレてしまうのでは? 」
「問題無い。むしろそう吹聴する輩がいればある意味ありがたい」
「と、申しますと?」
「儂がお主を聖女と称し貴族として任命する。それは内外に聖女の存在を認めた証だ。それに異を唱えるだけならまだ良いが、こそこそと隠れて吹聴するような事があれば、それは反旗の兆しあり、という事だ」
「そういう事ですか。また私を政治の道具にしてしまうのですね」
瑞樹が顰めながら苦言を呈すと、イグレインがはこういう反応をするだろうと察していたらしく、ふぅと一息吐きながら肩を竦めた。
「この国の安定の為だ、我慢してくれ。それ程お主の存在は衝撃的で、影響があるのだ」
「分かっております。実害さえ出なければ何も言うつもりはありません」
「承知している。故にお主だけでなく周囲の安全の確保の為の致し方無い処置だ」
実害と言った瞬間、瑞樹の瞳はほんの少しだけ黒く濁る、イグレインはその威圧感からか背筋に冷たい物を感じながらも毅然と接し、あくまで瑞樹の大切な者を守る為と強調した。それは恐らく無意識なのだろうが、頻繁に黒い感情を表に出す瑞樹と一生向き合わねばならない、イグレインの悩みの種は増えるばかりだった。
「さて、今日はこれで終了だ。ご苦労だったな瑞樹」
「いえ、問題ありません」
「任命式まで後一週間程だ、くれぐれも厄介事を起こすで無いぞ」
「はい、重々気を付けます」
こうして準備は着々と進み、瑞樹は少しずつその時が迫っている事に憂鬱感を覚えながらも、前へ歩み続けた。