1-7 変わる日常と力の正体
あれから数日後。瑞樹とビリーは行動を共にしながら暴猪の狩猟に勤しんでいた。瑞樹がビリーに認められたのも大きいだろうが、一番の理由は『瑞樹の魔法の正体』を探る為である。あの状況下にあって魔法かどうかの是非は最早不要、となれば先日ビリーが話していた教会へ出向く必要があり、お金も必要。日々汗水垂らしてお金を稼いでいる。
ちなみに先日の件もあって瑞樹とビリーの距離は随分縮み、「おい行くぞ瑞樹」とのビリーの言葉に「あぁ分かった」と他人行儀だった瑞樹の口調も割と砕けた調子になっていた。
この日も二人は狩猟に勤しみ、つい先程一体仕留めたばかり。ビリーは額の汗を手で拭いながら「っとこんなもんか」と足元に転がる獲物に一瞥、後方で控えていた瑞樹に顔を向ける。
「いやぁお前の魔法が何なのか知らねぇけど随分楽になったもんだ。えらく身体が軽い」
「そりゃ何より。ん……ちょっと待って、怪我治すから」
暴猪と対峙する際は身体能力強化、怪我を負った際は治癒と瑞樹の魔法は中々効能が良いらしくビリーも重宝するようになっていた。だが効能の代償も大きくビリーの「けど歌っている最中は無防備ってのは辛いな」という苦言通り、効果が発動するのは決まって歌っている間のみ。その為歌っている最中はどうしても無防備になりがちとなってしまっている。
「分かってると思うけど下手に動くなよ? お前剣の使い方は絶望的に下手くそなんだから」
歌の効果が出ている最中は瑞樹の動きも目を見張るが、それ以外の時はビリーが思わず頭を抱える程酷い。剣など良くて竹刀や木刀が精々という元の世界の状況を鑑みれば致し方無しであもり、ビリーの提案によって完全分業とする決められていた。
「分かってるって。俺一人じゃすぐ死んじまうし、代わりにしっかり守ってくれ」
「へっ、調子の良い奴だ。さぁて一度戻るとするか」
「あぁ分かった」
分担して獲物を担ぎ帰路に着く二人、相応の重量にフゥフゥと息を荒くさせるものの顔は何処か晴れやかで、存外楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
それからさらに数日後。この日は日課の狩猟を一時休業、しかし休暇という訳でも無いようで昼前頃から何処かへと出掛けた。
「おっ、兄さん達。今日は珍しいね、こんな時間にやるんかい?」
「あぁどうも、いつもありがとうございます。たまにはこんな時間にやるのも良いかって突然ビリーが言い始めたんですよ。まぁ良かったら聴いていってください」
「おぉとも。ここ最近の楽しみになってるからな」
そこは瑞樹とビリーが出逢った店先、ではなく程近い冒険者ギルドの建屋の脇。基本的に日中の狩猟を済ませた後、暗くなり始める頃に副業的なものとしてライブも行なうようになっていたのだが、この日は先程瑞樹が言っていた通りビリーの思い付きで陽の高い時間帯から始めようと準備をしていた。
存外この町には娯楽らしい娯楽が少ないようで、ビリーの演奏はともかく瑞樹の歌声を求める者が僅かだが少しずつ増えているようである。かくいう話しかけてきた初老の男性もどうやらそうらしい。
「ありがとうございます。じゃあビリー、よろしく」
「あいよ」
ビリーの合図に合わせて瑞樹もスゥッと大きく息を吸い、詞を歌に変えていく。二人の身体が自然にリズムを刻み奏でる音楽は完璧と言っても差し支えなく、聴衆の耳は虜に、出歩く者の足も思わず止まってしまう程。
「しっかしビリーの奴、いつの間にあんなのと一緒になってたんだろうな」
「さぁなぁ。聞いた話だとつい最近拾ったらしいが、ビリーは勿論あの女っぽいのもまるで話そうとしないし」
「まぁあれが男でもありだけど、よくあそこまで演れるもんだ。一体いつあんなに練習したんだろうな」
偶然近くを通った地元の冒険者が何気なく話している通り、瑞樹の存在自体は『歌の上手い変な奴』としてそれなりに知れ渡っていた。恐らく瑞樹としてはあまり顔が知られるのを快く思っていないだろうが、こうしてビリーと共に音楽を楽しむという快感にはどうにも抗えないらしい。
そんな瑞樹の揺れ動く天秤が代償になっている事はつゆ知らず、ビリーは楽器ケースに投げ入れられた硬貨を曲の合間合間に数えながらニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「良し良し、まずまずの稼ぎだ」
「おぉっほこりゃ本当だ。お前さんらわざわざ狩りなんて危なっかしい事やらんでもよ、これで食ってけるんじゃねぇか?」
ビリーの知人が脇から覗き込むようにそう告げると、ビリーは「何だよ覗き込むなっての」とケースを覆い隠すように身体で塞ぎつつも「でもまぁそれもありかもしれねぇな、少し考えてみるか」と何処か満更でもない様子で顎を撫でる。
「ん、ビリー何か言ったか?」
去り行く客に愛想を振りまいていた瑞樹が、何やらボソボソ話しているビリーを気になったらしくそう尋ねてみるも「まぁちょっとな。良し、景気付けにもう一曲いっとくか?」とはぐらかされる。瑞樹も気にはなったようだがそれ以上は追及せず「良いよ。じゃあ曲お願い」と首を縦に振り、再び聴衆の前に顔を向けた。
こうして何曲か続けていると、周囲の聴衆がが一点を眺めながら俄かにざわつき始める。瑞樹も不思議に思ったらしく視線だけちらりと送ると、大通りを進む馬車の車列が近づいてくるのが目に映り、あれは何だと思わず歌を止めてまでそれを凝視。伴奏のビリーの肩を揺すり「なぁビリー、あれ何だ?」と視線の先を指した。
「あれ? ……あぁ、ありゃここの領主でもある貴族様の旗印だな。つうか指を指すな馬鹿、怒られても文句言えねぇぞ」
そう言いながらビリーは車列に向いている瑞樹の指をぐにっと曲げる。瑞樹が痛みで小さく悲鳴を上げながら、ビリーの手を振りほどいている間にも車列はどんどん近づいてくる。ある者は面倒くさそうに路地の脇に消え、またある者は家の中に姿を消す。かつての大名行列のように総出で見送りする必要性は無いようだが、逆を言えば親しまれているとは言い難い様相である。
「おい、一応跪いとけ」
「ん、分かった」
面倒を起こしたくないのは二人の共通認識である為、さっさと片付けつつ脇に移動して目立たないよう跪く。早々に車列が通り過ぎるのを待つが何故か車列は瑞樹達の前で速度を落とし、遂には二人の目の前で停車してしまった。
「……何で止まったと思う?」
「さっき指指したのが見えてたんじゃねぇか? あ~ぁ、知らねぇぞ俺は」
「……薄情者」
「うっさい」
二人が小声でやりとりをしていると、目の前で停車した一際豪奢な作りの馬車から一人の男が姿を現す。青を基調とした服装は端々に複雑な紋様の刺繍が施され、一目見ても高価な物だと想像出来る。それを身に纏う男性の様相は少し白髪の目立つ金髪に堀が深く白い肌の顔、そして口には整った髭を蓄えている、まさに絵画から現実に出てきたような所謂『貴族』らしい印象を受ける。
「先程の歌は君かね?」
「えっあ、はい。そうですけど……」
突然話しかけられた事で少々しどろもどろになりながら答える瑞樹に、男性は僅かに口角を上げながらさらに続ける。
「ふっ、別に叱責する為に来たのでは無いからそんなに緊張せずとも良い。……私事で済まないが私は少し気が滅入っていてね、そこへ君の歌声が聴こえてきたのだ。心にスッと染み渡るような心地良さ、僅かであったが気分が和らいだ」
「はぁ、ありがとうございます」
「まだ語らいたい所ではあるが、私も急いでいるのでこれで失礼する。……ほんの少しだが礼だ、受け取ってくれ」
いつの間にか男性の傍らに立っていた執事服の男に目配せをすると、男は跪いている瑞樹に何かを手渡すとすぐその場を離れ、貴族の男性と共に馬車の中へと消えていった。胸中整理が追い付かないまま車列はどんどん離れ、その様子をボーっと眺める瑞樹にビリーは気付けと言わんばかりに頭をペシンと叩く。
「おい、何ずっとボケっとしてんだっての。それよりもさっき貰ったの見せてみろ」
「ん? あぁ良いよ、はい」
瑞樹が手渡したのは紛れも無く一枚の金貨で、価値にして大人二人が節制すれば一月は保つ程高額な物。ビリーは「マジか……触るのも久し振りだ」と呟くと同時に、何故かじっとりとした視線で瑞樹を睨む。
「……何か最近の客にしてもさっきの貴族にしても、いつも褒められるのはお前の歌ばっかじゃねぇか。ずるくねぇ?」
「いや……俺に八つ当たりされても困るって。ビリーだって貴族様の目に留まればそのうち召し抱えてもらえるかも知れないじゃん。何よりそれが夢なんだから、一緒に頑張ろうぜ?」
「まぁ……な。結局の所お前と一緒に居た方が可能性も高そうだし。良し、それは置いといてだ。もう切り上げて酒場で飯でも食おうぜ。折角臨時収入が入った事だしな」
「そうだな。王都に行く前の景気付けでもするか」
その後二人は酒場で食事や酒に興じていたのだが、耳聡い冒険者連中に集られ結局払いを受け持つ羽目になってしまった。ただ、加減も遠慮も知らない連中がいくら飲み食いしても支払いは金貨の半分にもならず、そんな大金を惜しげもなく差し出し貴族に対し、瑞樹は流石の貫禄と褒めるべきか金持ちの道楽と貶すべきか。内心複雑だったようだ。
そして日々精を出して働いた甲斐もあり遂にお金を工面する事が出来た二人は、その翌日に王都行きの寄り合い馬車に乗り、王都を目指した。
「いよいよ王都かぁ。一体どんな魔法何だろうな」
「俺も瑞樹みたいな魔法見た事も聞いた事も無いからなぁ。まぁ変なのじゃなきゃ良いが」
自身の魔法の正体とは果たして何なのか。興味をそそられる部分もあれば、そもそもまともな代物なのかという不安も内心抱えているようで手放しで喜べない。そんな雰囲気を滲ませながら、硬い椅子に揺られ続けた。
瑞樹の胸中はともかく無事に王都へ着いた二人は、まず中へ入る為の検問を受けるべく順番待ちの列に並ぶ。
「すぐ入れるって訳じゃ無いんだ」
「貴族階級でもない限り無理だろうな。なんせここには国王様が住まう王城だってあるんだし、下手に賊なんて入れようもんならその日の門番は全員『これ』だ」
そう言いながらビリーが自身の首に手でトントンと叩く。そのジェスチャーがクビを意味するものなのか、それとも物理的に首が落ちるのか。瑞樹は「あぁやだやだ、おっかない」と肩を竦める。そうこうしている内に二人にも順番が回り、揃ってギルドカードを提示。先だって教わっていた通り身分証明にも使用されているので、順番待ち以上の時間は掛からなかった。
晴れて中に入る事を許された瑞樹は城市の街並みを一目見て「おぉ……!」と感嘆の声を漏らす。深い堀の内側にある高い外壁のせいで中の様子が全く見えなかった事もあり、石造りの建屋が所狭しと並び道も石畳、往来する人の数はニィガよりも遥かに多く、道を進んだ左側にはビリーの話す教会が、そして視線の最奥には国王の居城が荘厳な姿を見せている。
「おい瑞樹、ボーっと突っ立ってると邪魔になるぞ」
「あ、あぁごめん。つい見惚れちゃってさ。流石王都って言うだけあって何と言うか、凄いな」
「あぁ~、お前から見れば新鮮だわな。俺はそこまで来る用が無いにしろ見飽きたもんだが。まぁ観光はひとまず置いといて、先にやる事済ませちまおうぜ」
「そうだな。じゃあその後時間が余れば観光に付き合ってくれよ」
「時間と金に余裕があればな」
観光の約束を交わした二人は家々の屋根の上からひょこっと顔を出しているとんがり頭の塔を目指し、往来する人々の間を縫うようにして歩いていった。ニィガとはまた違う活気に、瑞樹は少々動揺の色を見せながらもビリーの背中を追うと、ふとビリーが立ち止まる。
「おし着いたぞ。ここが教会だ」
先程見た教会の一部で薄々勘づいていたようだが、間近で見ればより一層際立つ大きさで瑞樹は「はぁ~……」と間の抜けた声を上げながら顔を上に向ける。端的に例えるならお屋敷かお城か、ともかく瑞樹のイメージする教会と比べると非常に巨大。それもその筈教会職員はここで寝食しており、さらに祭事となると貴族階級の面々も集まる為対応出来る部屋を完備した結果がこうなったのである。
「まぁそんなのはどうでも良いとしてだ。……っと、付いてきな瑞樹」
「分かった」
「なぁそこの神官さんよ、鑑定魔法を頼みたいんだけど」
入り口近くに居た案内役の神官にビリーがそう尋ねると「ご予約の方でしょうか」との問いに「いや、悪いけど予約はしてない」と続けるビリー。神官はふむと僅かばかり戸惑ったようだが「であれば少々お時間を頂く事になるかと思われますが、それでもよろしければ部屋にご案内致します」と提案、ビリーは瑞樹と頷き合った後二つ返事で「あぁ、それで大丈夫だ」と答える。
かしこまりましたと神官に連れられ、教会内部の一室で待たされる事およそ三十分程。ようやく白く長い髭が特徴的な司祭が入室、「お待たせしましたな。では早速始めるとしましょう」と持っていた鞄を広げながら手慣れた様子で準備を始める。瑞樹達とテーブルを挟んだ反対側に座ると、様々な模様や魔方陣らしき物が描かれた羊皮紙や筆記具、そして何処か既視感のある小さなナイフを机に置くと、司祭はさてと二人に視線を向ける。
「ではこの紙の上に血を一滴、落としてもらえるかの?」
瑞樹の悪い予感は残念ながら的中し、思わず頭を抱えながら深い溜め息を吐く。その様子に「ん、何か問題でも?」と尋ねる司祭に「いやぁちょっと、こいつ血が苦手みたいなんですよ」と答えつつビリーは「手伝ってやるからジッとしとけ」と嘆息交じりに瑞樹の指に傷を付け、司祭の要望通り血を一滴羊皮紙の上に落とした。
「ふぅむ? お前さん異世界人じゃったか」
「えっ、なんで分かるんですか?」
瑞樹の正体を知る者はビリーしか居らず、瑞樹のみならずビリーも驚いた様子で目を丸くする。司祭曰くこの鑑定魔法では名前や年齢は勿論、種族さえも知る事が出来る為万が一何かしらが人間に化けていたとしても、こうして簡単に暴く事が出来る。
「という訳で、この種族欄には『異世界人』と記載されておる。どうじゃ、理解出来たかの?」
「は、はい。凄いですね魔法って……」
「まぁ時間も惜しい故、さくさく進めていこうかの。まずはお主の能力値からいこうと思うが、この説明は必要かの?」
「いえ、大丈夫です。ビリーから大体は教えてもらっています。何でも魔力とかがそれにあたるのですよね?」
「うむ。ここにはその他に体力や運といった物も記載されておるが、その程度ならお主にも理解出来るだろう?」
「はい。でもその値が他とどう違うのかは全く分かりませんけど」
「そうさな、体力はまぁ人並みか少し上程度、運はかなり高い。ちなみにこれらの値が高いからといって単純な力の強さは推し量れんから、そこは勘違いせぬようにな」
「どういう意味ですか?」
「本来の鑑定とはあくまで個人の身分を確認し証明する為にあるのじゃが、いつしか手を加えられた結果こういった値が指標として示せるようになったのじゃ。が、所詮はただの指標、いくら値が高かろうといざ戦いとなれば、経験や発想力といった数値化出来ない事柄がものを言う。故にこんなもの大して意味は無いのじゃが唯一魔力と神力は数値化に意味がある」
「と言いますと?」
「見る限りお主の値は通常のそれと比べると遥かに高い。魔力の値は鍛錬次第で多少改善されるが、神力は神から恩寵を賜らなければならぬ故、端的に言えば余程主神から愛されている事になろうな」
魔力はともかく瑞樹の神力と呼ばれる値は司祭の想定よりもかなり高いらしく、司祭も惜しみなく感嘆するが当の本人にとって『神の愛』など僅かばかりの価値も無いと不愉快そうに顔を顰める。
「そんなもの、俺には必要ありません」
「むぅ、勿体無いのう。その気になれば国軍直轄の魔道部隊にもなれたやもしれんのに。まぁ儂がとやかく言う事では無い故、この話は隅に置いとくとしよう」
「そうしてください。ところで魔力はまぁ漠然と理解出来ますけど、神力ってなんですか?」
「おぉそうじゃな、教えてやろう。まず本題に入る前に大前提として魔素と呼ばれるものが世界に存在しておってな」
「魔素? 魔力とは違うのですか?」
「全く違う。例えばお主は湯を沸かす時、何をどうする?」
「お湯ですか? う~ん鍋に水を入れて火にかけますけど……」
「うむ、当然じゃな。では火の燃料は?」
「薪ですね」
「その薪が魔法においては魔素なのじゃ。所謂燃料じゃな」
「へぇ。……とすると魔素を使うなら魔力なんかいらないじゃないですか」
「その疑問も尤もじゃが少し違う。この場合魔力に相当するのは鍋を形作る原料なのじゃ。じゃが原料がいくらあっても鍋を形作るには知識と経験が必要になる、それが神力に相当する」
司祭の説明に理解出来ているのかいないのか、瑞樹は腕を組み首を傾げていた。
「つまりおさらいすると……魔素という薪を使い、魔力を原料にして尚且つ神力という技術で鍋を作った結果がお湯、魔法って事ですか?」
「良い理解力じゃ。付け加えるならばどれだけ多量の魔力を有していても、魔法として発動する為の神力が足りなければ意味を成さぬ、という訳じゃな」
「分かったような……分からないような、魔法って難しいですね」
「まぁ魔法を使う者は大抵理屈で考えぬからな。自身の経験から魔法の核となる陣を思考するものじゃし」