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異世界に歌声を  作者: くらげ
第三章[在り方]
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3-11 分水嶺ーⅧ

 それから瑞樹は、またもや昏睡状態に陥り意識が戻るのに三日を要し、現在は三日目の夕方頃である。


「…お嬢様!瑞樹様の意識が戻られました」


「まぁ本当ですか!?貴方はお父様に報告をお願いしますわ」


「かしこまりましたお嬢様」


 瑞樹の耳にこんなやり取りが入って来るが頭では理解出来ない。まだ寝ぼけているような、夢心地のような、そんな微睡の中自身の身体に突然違和感を覚える。身体に覆いかぶさるような強い圧迫感、そしてそれは心地良い熱を帯びていた。焦点の定まらない目でそちらの方に視線を送ると、そこにはエレナが顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくりながら、瑞樹を抱きしめていた。力強く、ともすれば苦しいくらいだが不思議と嫌では無い、そこで漸く瑞樹は夢の中から帰って来たのだった。


「…エレナお嬢様」


「…今だけはこのままにさせてください」


「…喜んで」


 瑞樹もあまり自由の利かない腕を何とか動かし、エレナの背中へ回す。互いの吐息と鼓動しか聞こえないような心地良い時間は一瞬にして過ぎ、ノックを忘れたメウェンとレヴァン司祭までもが部屋に足を踏み入れる。その仲睦まじい光景に、レヴァンは目を細めていたが、メウェンはコホンと咳払いをした後、エレナを窘めるように話しかける。


「あぁエレナ、瑞樹の意識が戻って嬉しいのは理解するがもう少し淑女らしい振る舞いをすべきだ」


 その言葉にエレナは顔をむすっとさせ、じっとりとした目つきでメウェンに視線を送りつけながら一言返す。


「あらお父様。部屋に入る時はノックをするのが紳士の嗜みですのよ?」


 まさか反撃をされるとは思わず、メウェンはうっと唸りながら顔を背ける。傍らにレヴァンは口を手で覆いながらくっくと笑っていた。


「ともかく、エレナ私達は瑞樹に大切な用がある。今はそれくらいにして部屋から出なさい」


「…致し方ありませんわね。では瑞樹様、続きは後程」


 エレナが深々とお辞儀をして退室した後、メウェンは疲れたと言わんばかりに深い溜め息を吐きながら視線を瑞樹に移し、近くの椅子へ腰を下ろす。


「ふぅやれやれ。随分とお転婆になったものだ」


「くく、ありゃ間違い無くメウェンとオリヴィアの娘じゃな」


「…それはどういう意味ですかなレヴァン司祭?」


「そのままの意味じゃ、深い意味などありゃあせんよ。それよりも儂は準備をするから瑞樹殿の加減でも聞いてもらえるかの?」


「む…承知しました」


 一連のやり取りが終わった後、メウェンは瑞樹の方へ視線を向ける。


「どうかね瑞樹、具合の方は」


「はい、まだ頭がふらふらしますが存外意識ははっきりしています」


 その瑞樹の顔は、まだ顔色が若干悪いながらもどこかすっきりとした顔をしていて、メウェンは不思議そうに尋ねる。


「随分と晴れやかな顔つきになったな、以前とはまるで別人のようだ」


 自分はそのような顔つきをしているのかと瑞樹は目を丸くするが、直後に目を閉じ、噛みしめるように話す。


「そうですね、あの時自分の中に溜め込んだものをぶちまけたからかもしれません」


 その言葉にメウェンは頭を抱え、心配して損したと言わんばかりに恨めしい視線を瑞樹に送りつける。傍らで準備をしていたレヴァンも、予想外の言葉にプッと思わず吹き出していた。


「まぁ君が元に戻ったのならそれで良いが…」


「正直、私自身でもあの時何であんなに悩んでいたのかと馬鹿らしくなるくらいにすっきりしています」


 メウェンの心労は徒労に終わり、再び深い溜め息を吐く。その様子を見たレヴァンは彼の肩をポンと叩き、顔をニヤ付かせながら準備が完了した旨を報告する。


「さぁてお喋りはそれくらいで良かろう。ほれ瑞樹、手を出しなさい」


「お手数おかけします」


 瑞樹はそう言って右手を差し出し、レヴァンに任せる。彼はこくりと頷き、ナイフで親指に小さい傷をすっと入れた。瑞樹の吸収の魔法は発動せず滞りなく血の採取に成功したのだが、当の本人はいつも通り顔を背けて唇をぎゅっと噛んでいた。


「ほれ終わったぞい。全く、瑞樹殿の血嫌いは全然変わらんのう」


「お恥ずかしい限りです…」


「まぁ誰しも苦手な物があるものじゃ、そこまで気に病む事では無い。っと鑑定結果が出たぞ。…ほほぉ」


「レヴァン司祭私にも見せてください。…これは、また」


 驚くとどうにも語彙力が失われるらしい二人は、瑞樹がデジャブを感じるようなリアクションを見せていた。ただ一つ違うのは、以前の視線は憐れみや恐怖といった負の感情だったが、今はその真逆である。


「どこから説明すれば良いやら…まず増えた固有魔法からにするかのう」


「まぁそれが妥当でしょうか、それも十分衝撃的ですが」


「確かにな。さて瑞樹殿、お主には二つの固有魔法が増えておった。まず一つが[天啓]じゃ」


「天啓?」


 曰く、それを発動すると魔力量に応じた人数に瑞樹の思いが届くとの事。ただし単語もしくは極めて短い文章に限られるらしい。それ以上の事は記載されておらず、誰に、何処に、何処まで届くのかは要検証となる。


「そしてもう一つ[祝福の歌]とある」


 曰く、その魔法は通常のそれとは違い魔力で発動する事が出来ない。魔力の代わりに人々の祈りを吸収し、その祈りの内容と人数が釣り合えば発動出来るとの事で、すぐに瑞樹も試してみるが確かに発動出来ない。それどころかあの時あれ程精一杯歌った筈の歌詞が一切思い出せなかった。自身のとっておきの切り札かと、瑞樹は得心する。勿論真の切り札は別にあるが、瑞樹はあれをあまり使いたくないので、数に含まないようにしていた。ともかく固有魔法の説明が終わり、後は何があるのかと瑞樹は交互に二人に視線を向けるが、なかなか口を開こうとしないので堪らず瑞樹はレヴァンに問いただす。


「あの、レヴァン司祭様?まだ他にあるのですか?」


「うぅむ…致し方あるまい。実はなお主の神力の値が驚く程上昇しておる。この値は過去にも例が無い…六柱騎士はおろか歴代国王すら遥かに凌いでおるだろう」


「へぇ…?それは凄いのですか?」


 いまいちその凄さが理解出来ない瑞樹に、こればかりは思わずレヴァンも呆れたように頭を抱え、メウェンへと視線を移す。


「…まぁ後の事は陛下にでも尋ねてみるのが良かろう。メウェン卿、この後国王陛下の元へ行くのだろう?」


「えぇ。鑑定が終わり次第速やかに向かうよう命を受けております」


「…また国王陛下の元へ行かなければならないのですか」


 瑞樹は目を伏せながらそう呟く。確かに会えば事の真相に辿り着けるかもしれない、だがその先に瑞樹は嫌な予感を感じていた。


「国王陛下の命に背く訳にはいくまい。君が駄々をこねたとしても私は君を縛ってでも連れて行くからな」


 国王陛下に命令されているのはあくまでメウェンで、それを反故にしようものならいくら侯爵とはいえ咎められるのは間違い無い。瑞樹もこれ以上文句を言う事は無く、「了解しました」と素直に返す。その後、レヴァンは道具の片づけ、瑞樹とメウェンの二人は彼に促され、出発する準備をして城に向かう。


 まさか三回も来るはめになるとはと、瑞樹は跳ね橋を渡りながら物思いに耽る。そのまま馬車に揺られながら貴族門の分かれ道に進もうとすると、またもや兵士に停められた。訝し気に思いながらもメウェンはその兵士を問いただす。


「兵士殿、一体何事か。我々は国王陛下の元へ向かわねばならぬのだが」


 兵士は敬礼をしながらメウェンの疑問に誠実に答える。


「はっ!メウェン侯爵様及び瑞樹卿を正面門で迎えるようにと国王陛下からの命令です。そのためこの場で停車して頂きました」


 何故に正面門?と二人は眉を顰めながらそちらの方に視線を向けると、確かに正面門が開門されているのが確認出来る。国王陛下の命ならばと馬車の向きを変えるが、瑞樹にはそれよりも気がかりな事がある。それは先程自分の事を卿付けで呼んでいた事だ。聞き間違いであって欲しいと願いながらも、不安は募っていくばかりだった。


 正面門に着き二人が馬車から降りると、そこには以前見かけた女性の文官と、異常な数の護衛騎士が列を為していて、侯爵であるメウェンですらこのような歓待を受けた事は無く、驚愕しながらも女性文官に問いかける。


「文官殿、この騎士の数は一体?」


 女性文官が恭しくお辞儀し、顔を上げる。ただその視線はメウェンを通り過ぎて後ろの瑞樹へ向けていた。


「国王陛下の命令で御座います。それ以上の事は私どもには存じません。これから国王陛下の私室へ案内致します」


「また私室か…」


 メウェンがぽつりと愚痴を漏らすと、女性文官はそのまま踵を返して歩み始める。道中の廊下の風景もまさしく以前通った場所で、二人は胃の痛みに耐えながら女性文官の後を追う。


「国王陛下、メウェン侯爵と瑞樹卿をお連れ致しました」


「入れ」


 女性文官が国王陛下に報告した後、彼女は恭しくその扉を開ける。二人はふうと一度息を吐いた後入室し、膝を折りながら頭を下げる。


「大儀であった。ではメウェンとダールトンは退出せよ」


 メウェンは状況が飲み込めず呆気に取られているが、ダールトンの方は心底不機嫌そうにしかめっ面をしながら国王陛下に苦言を呈する。


「国王陛下、やはり私もこの場に残ります」


「ならん。お主がいると彼の者が委縮しかねん。ここは余と二人だけで良い」


「…承知いたしました。聞いての通りだメウェン侯爵、いつまでも呆けていないで退室せよ」


「…は、はっ!承知いたしました」


 そう言いながらダールトンはメウェンを引き連れて部屋を後にする。その際瑞樹はダールトンと目が合ってしまったが、以前のような敵意剥き出しの感じは鳴りを潜めていた。その代わり若干嫉妬の炎が瞳に宿っているように感じたのは瑞樹の気のせいだろうか。ともかくこの場には瑞樹と国王陛下の二人きりとなり、先に口を開いたのは国王陛下だった。その口からは一体どんな真実が語られるのか。

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