表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に歌声を  作者: くらげ
第一章[その運命は終わりから始まった]
5/217

1-5 ひとまず生きていく為に

 翌日の朝、瑞樹と卓を囲み朝食を取るビリーは何気なく瑞樹の顔に目を向けると「お前、昨日より怖い顔になってるぞ。特に目の下のクマとか下手したらアンデッドに間違われそうな位だ」と顔を引きつらせる。


 そう指摘されて自身の顔を触ってみるも当然感触では分かる筈も無く、ビリーの少々粗野な見目通り鏡などという洒落た物も無い。「えっ……そんなに酷いですか?」と問う瑞樹に「酷いなんてもんじゃない。真っ黒だ」とビリーは肩を竦めた。


「あぁ、多分昨日殆ど寝付けなかったからかな……」


 実際の所意識自体は何度も飛ばしていたようだが逆に言えば単にそれだけ、睡眠と呼ぶには程遠いごく浅い眠りを繰り返していたのが一番だろう。しかしそんな事情を知らないビリーはただの寝不足かと思い、口に出そうとしたようだがすんでの所で喉奥に引っ込める。


 昨日の人ならざる者かと背筋を凍らせる程の闇色の瞳がふと頭を過ったようで、何が彼にとって地雷(NG)なのか分からない以上、下手な事は避けた方が良いと直感的に察したのだろう。臆病とも取れなくも無いがビリーにとって瑞樹はまだ単なる異世界人。


 無論良き友と呼べる間柄でも無く、ともすれば危険の気がある分むしろ心情的にマイナス補正が掛かっていても不思議では無い。なればこそ自分にとって価値となるか否か、それを見極める必要があった。


「どうかしましたか?」


「あぁいや何でも無ぇ。それよりお前こそ大丈夫か? もしなんなら寝てても良いぞ」


「ありがとうございます。でも俺は大丈夫だから……もし良ければ色々教えて欲しいかなと思うんですが……」


「色々、というと?」


「何でもです。この世界の常識から何から何でも」


 あぁ成程とビリーも納得したらしく「確かにお前の現状はある意味そこらのガキより悪いしなぁ」と頷いた。今現在瑞樹が知り得るこの世界の情報は、ここが『異世界』である事以外持ち合わせていない。異世界人とて人は人、創作上の全知全能の神という訳にもいかない。


「まぁ良いか。それで? お前は何を知りたい? 疑問に答えていった方が楽だろ」


「そう、ですね……いざ面と向かって聞かれると分からないことだらけで何から聞けば良いか……」


 うぅむと首を傾げる瑞樹がふと思い浮かべたのは「そもそもここって何処なんですか?」との質問。瑞樹の事情を考えれば至極当然な質問ではあるものの、いざ面と向かって常識を問われると微妙に複雑な気持ちになるらしく「こりゃ先が思いやられるな」と小さく呟いた。


「まぁ……気になるわな。ここの町はニィガ、アメリアっていう国の宿場町だ。ここから歩いて四時間位の所に国王が居る王都アレインがあってその要衝としてまぁまぁ使われている」


「国王様、ですか。やっぱりそういうのが居るんですね」


「そんなの何処にでも居るだろ? それと国王を出したついでだけど貴族ってのも居る」


「あぁ……そういえば昨日そんな事言ってましたね」


「うん? あぁそういや国王だか貴族だかに召し抱えられるとか話したな。正直昨日のお前かなり変だったから覚えてないと思ってた。まぁそれは置いといてだ。余程の事が無けりゃ特にどうこうは無いと思うが、俺達みたいな庶民への権力は絶大だ。厄介事に関わりたくなきゃ間違っても面倒は起こすなよ?」


 この世界の歴史はともかく瑞樹が元居た世界の歴史上では国王や貴族、特に貴族という存在は得てして負の面がとかく強調されている場合が多い。故にそういった存在に対しての印象は良好と言えず、瑞樹も多分に漏れず悪印象が先行しているようである。


「なるべく目立たないようにするしかないありません、ね。他に町とかそういうのはあるんですか?」


「勿論あるぞ。王都の周りにはここと同じような町がもう三か所あるが、わざわざ行かなきゃならん用事なんて全く無いから正直俺も良く分からん。ただここからかなり離れた場所に聖都カトリアってのがあるらしい」


「らしいとは?」


「いやなぁ、巡礼で有名だから何となく知ってるだけなんだ。……あぁそうそう、カトリアの名前を出したついでだし常識中の常識を教えとくわ。この世界にはな、神が実在する」


 ビリーの言葉に瑞樹は心底驚愕したようで、これでもかと大きく目を見開いた。元居た世界でも神を説く者は数多居たが結局は信仰心の中に在るだけでしかない。そんな常識(元の世界)を根本から否定する常識(この世界)に、さらに言えば神に怨恨すら抱く瑞樹にとって最早神とは忌避すべき対象とすらなっているようで、この日一番の渋い表情を隠す事無くビリーに向ける。


「ごめんなさい、神の話はちょっと……大嫌いなので」


「何があったのか知らんけど……好き嫌いで済ませられる程この世界の神は甘かねぇぞ?」


「どういう意味です?」


「例えば……お前さっき水飲んだよな?」


「はい」


「昨日も蝋燭に火が灯ってたよな?」


「そうですね」


「そういった物や商売、農作とか至る物に神が宿ると信じられているのさ。そんな信心深い信徒だとか神に仕える司祭だとか、そういう連中の行きつく先がカトリアらしい。そこまででないにしろ信仰心を大事にする奴は外にいきゃ幾らでも居るから、下手に神の存在なんか否定しようものなら殺されてもおかしくないから注意しろよ」


 ビリーは肩を竦めながら諭してみるも、瑞樹は「外では信心深いフリをしなきゃいけないんですか……何か気分悪くなってきました」と告げ、実際顔色も芳しくなかった。むしろ声高に否定したい存在を外面良く信仰の対象としなければならないのは、やはり精神的に厳しいものがあるのだろう。


「お前話を聞いただけで顔を青くするなよ……まぁその気持ちは俺も少しだけ分かるけどさ。俺も神だの何だのってのは正直あんまり興味無いからな。さて、じゃあ話題でも変えて魔法とかそこら辺の話しでもしてやるか」


 魔法。それは現代に生きた者なら垂涎の的である。瑞樹も多分に漏れず、むしろ人よりも日常的に妄想に耽っていた為かこの日一番の食いつきを見せた。ほんのつい先程までの青白い顔がすっかり喜色ばんだ朱に染まる様に若干引きつつ「そんなに期待に満ちた目を向けんなよ、正直俺は魔法が得意じゃ無いんでな」と前振りをしてからビリーはさらに続ける。


「じゃあここで使ってくれたりとかは駄目……ですか?」


「期待してる所悪いが駄目だ。俺は魔力が生まれつき殆ど無くてな、ろくに使えないんだよ」


「魔力ですか、何やらとても興味がそそられますね。それは生まれつき決まるもの何ですか?」


「そうらしいな。この世界で生まれた人間はその時点で何かしらの神から加護を受け、基本的にはその加護を主軸にした魔法が使える、火なら火を点けたり風なら風を操ったりって具合にな。そういった加護は本来生まれてすぐ教会で見てもらうのが普通だが、まぁ金さえちゃんと払えば教会も気にしないだろし、そのうち行ってみるのもありかもしれん」


「成程……とするとお金はどうやって工面したら良いんでしょう? 昨日みたいに路上で稼いだりですか?」


「いいや、俺もそうしたい所だが現実はそんなに甘くない。ありゃ運が良かっただけで、鉄貨一枚すら稼ぎが出ない時だってある。……んじゃま丁度話の切れも良いし、連れて行きたい場所があるからちょっと外出るか」


「はい分かりました。ところでお客さんが付かないのに……やってた意味あるんですか?」


「おま……結構辛辣だな」


「あっ……ごめんなさい。気に障ったのであれば謝ります」


 瑞樹の口調と見た目から予想出来ない毒っ気に少々戸惑いつつ「いやまぁ気にしてないけど……俺はな、将来貴族お抱えの楽士になりたいんだよ。ここは王都に続く街道沿いだからたまに貴族も通るし、物好きが目を掛けてくれりゃあ万々歳って寸法だ」


「成る程。頑張ってください、応援しています。俺は……質素でも生活出来ればもう何でも良いですし」


「ま、そりゃ人それぞれだ。それじゃ行くとするか」


 出掛けの際にビリーから「小腹の足しにしときな」と黒いパンを受け取り、二人はもそもそと齧りながら目的の場所を目指す。元居た世界なら立ち食いなどみっともないと注意を受ける場所もあろうがここは異世界、自然な風景にとやかく言う人が居ないのと同様に別段衆目が集まるでも無し。ただ、恐らく酒が入っているであろう焼き物の瓶を小脇に抱えて上機嫌に闊歩していようが、目もくれないのはどうなんだろうと瑞樹は困惑していたようである。




「着いたぞ、ここが冒険者ギルドだ」


 ビリーに連れられたのは町の端の方、昨日瑞樹が通った入り口とは真逆に位置する冒険者ギルドに来ていた。というのも身寄りの無い者や身元証明が困難な者が稼ぐには取り敢えず冒険者が手っ取り早いとのビリーの談である。


 元来仕事とは雇用主が人を雇い労働の対価として賃金を出すのが通常だが、雇う程でないにしろ誰かに仕事を流したい、定職に就くまで凌ぐ為もしくは定職自体嫌いだが金は欲しい、そんな両方の利害を極力円滑に一致させるべく存在するのがギルドである。いわば瑞樹が知る所の日雇いに近いだろうか。その為依頼によっては当然危険を伴うが取捨選択も含めて一切自由、職で縛られたくないと思う者も存外多いのか常に一定数の希望者が後を絶たない。そうでなくても加入さえしておけば最低限の身分証明にはなるので、いずれにせよ損は無いらしい。


 二人はギルドの中へ入ると一目散に受付の方へ向かう。屋内も外見と同じく年季の入った雰囲気で、木製のテーブルや椅子が雑多に置かれている様は海外の昔ながらのバーを想起させる。テーブルで談笑に耽っている厳つい見た目をした冒険者達も、興味津々な様子で周囲を眺める瑞樹と同じように、近くを通る際瑞樹をじろじろと睨み付ける。そんな視線に気が付いた瑞樹はハッとしたように顔を下に向け、受付に着くまでビリーを盾にするように隠れて歩いた。


「おう、新人を連れてきたから登録頼むわ」


「あぁビリーさんこんにちは。新人ってそちらの綺麗な女性ですか? とても冒険者としてやっていけるようには見えませんけど大丈夫なんですか?」


 木製の受付カウンターで座っている女性が瑞樹に視線を向けながらバッサリと断じると、瑞樹は小声でウッと唸る。女性としても恐らく責めるのが目的では無く、冒険者という危険な職務故にというせめてもの優しさだと思われるが、やはり直球で言われるとショックが大きいようで瑞樹はがっくりと肩を落としていた。


「まぁ大丈夫かどうかはともかく登録はしといた方がなにかと便利だろ……それにな、こいつこのなりで男だぞ」


「えぇ!? 本当ですか!?」


 女性は心底驚いたらしく目を丸くさせて瑞樹の顔を凝視した。瑞樹を知らない人が見れば大抵同様の反応が多いようで、瑞樹もそこまで目立った反応を示さない。と言うより先程のショックが抜け切っていないようにも感じられるが、ビリーは全く意に介さす「まぁ良いから受付の紙くれよ」と話を進めた。


「あっはい、どうぞ。では登録料の銀貨をお願いしますね」


「あぁそうだった。おい、取り敢えず俺が立て替えといてやるから働いて返せよ」


 そう言いながらビリーは銀貨一枚を渡し、引き換えに羊皮紙と鉛筆を受け取るとそのまま瑞樹に差し出す。「はい、ありがとうございます。後で必ず返済します」と謝辞を述べつつ受け取ったそれを繁々と見つめる。実物の羊皮紙と初対面というのもあるがこういった日常的な品々からも、元居た世界との差異を感じ取ってるようだ。


「ほれ、この欄を分かる範囲で良いから書きな」


「あの……ごめんなさい、文字が分からないんですけど……」


「何で喋れんのに文字は駄目なんだよ。ったく貸してみ」


 ぶつくさと文句を垂れながらも慣れた様子で受け取った羊皮紙の空欄を埋めていくビリー。ただビリーの言う事も一理あり、何故言葉を交わせているのに文字は理解出来ないのか。瑞樹もかつて読んだ事のある所謂異世界ファンタジーでは、基本的に特段の説明無く異世界人との意思疎通が出来ている。


 そこに多少なり疑問を抱こうとも物語なればそういうものと納得出来ようが、今瑞樹が立たされているのは間違いなく異世界という現実。往々にして物語通りに行かないものだと瑞樹は自身の不甲斐なさに頭を抱えた。


「何から何まで……本当にごめんなさい」


「……ん、まぁ俺ですら書けるんだからお前もそのうち書けるようになんだろ。頭抱えてる暇があんなら精々覚える努力くらいしときな」


「……はい」


 名前や性別を瑞樹と問答しながら埋めていくビリーだが、ふと目に留まった欄で手をピタリと止めた。「こりゃ流石に空欄にしとくか」とビリーに告げられたのは出身地の欄。余程の事が無い限り普通は埋まるものだが、今回はその余程の事で正直に異世界などと書けばどうなるか分かったものではない。瑞樹もその辺りは流石に察しが付いたらしく、懇切丁寧に言われずともコクコクと頷いた。


「おぅ書いてきたぞ」


「はい分かりました。少々お待ちくださいね」


 ビリーが羊皮紙を受付の女性に渡すと、そのままごそごそと作業を始めていく。引き出しから手のひら程の薄い鉄板を取り出すと、慣れた手つきでそれに先程の羊皮紙をかざす。すると羊皮紙に書かれた情報を打ち込むが如く、鉄板に文字が刻まれていく。元居た世界で魔法と錯覚する品々と数多く触れてきた瑞樹でも、眼前で行われる摩訶不思議な現象には目を剥いていた。


「はい、それでは最後にこれに血を一滴垂らして下さい」


 そう言って渡されたのは先程の文字が刻まれた鉄板と、レターカッター並みの小さなナイフ。しかし瑞樹にとって血は自身の刺された経緯も相まって非常にトラウマとなっているらしく「どうしてもやらなきゃ……駄目ですか?」とおずおず問うも、そんな事情を当然知らない女性は「はい。やらないと登録完了出来ませんので」と淡々と告げる。


 瑞樹は逃げてしまおうかと一瞬頭に過ったようだが、それではここまで骨を折ってくれたビリーに筋が通らないと意を決してナイフを握る。右手の親指に切っ先を近づけていき、後少しで刃先が触れる所までは行ったのだがそこから先にはどうしても進めず、遂にはふらりと後ろに倒れこみそうになってしまう。隣に居たビリーが慌てて支えた事により何とか怪我は免れたものの、衆目を集める結果となってしまい俄かにざわつき始めてしまう。


「おい大丈夫か!? どうしたいきなり!?」


「ごめん、なさい……ビリーさん、代わりにお願い出来ませんか?」


「お、おぉちょっと待ってろ。我慢しろよ……よし、終わったぞ。これで良いな?」


「え、あっはい……登録はこれで良いんですが、大丈夫ですか?」




 流石に登録時の血判にここまで拒否反応を示したのは瑞樹が初めてらしく、女性は色々な意味を込めて声を掛けるが瑞樹は「……えぇはい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」と弱弱しい声で必死に取り繕った。直後、思うように身体が動かない瑞樹はビリーの肩を借り、これ以上騒ぎが大きくならないよううにそそくさとその場を立ち去った。


 帰る途中、尋常じゃない瑞樹の異変を訝しく思ったらしくビリーが「さっきなんで倒れそうになったんだ? いくらなんでも普通じゃ無いぞ」と問いただすと、瑞樹の「実はこの世界に来る前、俺は元の世界で死んでいるんだ」という全く予想だにしない回答に言葉を失う。


「なっ……」


 その後、瑞樹はその時の事を事細かに話した。話してしまった。運悪く心臓を一突きされた傷痕から流れる血の匂い。溜まっていく生温かい血だまり。徐々に身体の感覚が無くなっていき、意識が徐々に薄れていく。心に呪詛を溜め込んだそんな最期を、耳を閉ざしたくなる程詳細に。


 ビリーもまさかここまで酷く生々しい話を聞かされるとは思っていなかったらしく「あぁもういい」と手をパタパタさせて不快感を露にする。たったこれまでの短い時間にも関わらず、度々見せる闇はこれが原因かと咀嚼したビリーは、偶然近くにあった店で足を止めると「おい、ちょっとここで座って待ってろ」とだけ残し、そのまま店内へと入っていった。


 少々薄暗く感じる店内には何かの枝肉を干したであろう物が天井から吊るされており、瑞樹も精肉店だろうと一目で理解出来たようだ。ただもう少しまともな心持ちならばともかく、生々しい光景をずっと見ていられる程余裕は無いらしく、すぐさま俯くように顔を背けていた。


「待たせたな、立てるか?」


 程無くして小脇に物を抱えたビリーが姿を現し手を差し伸べると、瑞樹は「はい。家までなら多分保ちます」と告げながら重そうに腰を上げる。歩く姿もいまいち覚束ないようではあったものの、家までならばと瑞樹の意思を尊重したらしく、それ以上気に掛ける素振りは見せなかった。




 若干遅まきながらひとまず無事に戻った瑞樹は、買い物を終えてからずっとビリーが大事そうに抱えている荷物がふと気になったらしく「そういえばさっき何買ったんですか?」と尋ねると「あぁん? 肉屋に行ったんだから肉に決まってんだろ」と至極当然な回答で返された。


「いや……それはまぁそうなんですけど、何で突然お肉を?」


「まぁなんだ……あれだ、取り敢えず美味いもんでも食って気分転換ってとこだ」


 直後にビリーが「一応言っておくが俺の気分転換だからな、お前はついでだついで」と付け加えるも、中々どうして顔に出やすい性質らしく瑞樹はクスリと微笑みながら「はい、ご相伴にあずからせて頂きます」と顔の赤らめているビリーに告げた。


「ビリーさんって料理出来たんですね」


「いや全く。出来たら毎日こんな代わり映えしない飯なんか食ってねぇよ。まぁ焼くだけなら多分出来るだろ、ちょっと待ってな」


 変に自信あり気なビリーに危機感を覚えたらしく、瑞樹は「俺がやりますから、火の用意だけお願いします」と半ば強引に肉を取り上げる。初めこそ渋ったビリーだがこれまでの謝意も含めてと瑞樹に言われれば承諾するより他なく、渋々ながらも任せる事に決めて釜戸に火を起こした。


 実際ビリーに任せたままであれば言葉通り焼いただけ、表面は黒く焦げ中は生焼けと折角の美味しそうな厚切り肉が台無しになっていただろう。瑞樹も人に口出し出来るほど料理上手では無いが、これまで本によって培った学の有無はやはり相応に大きい。


 その為供された肉に「ふん、見た目は良さそうだな」と悪態を付いたのも束の間、「味も……まぁ美味いな。お前料理上手いんだな、ほんの少しだけ見直した」とガツガツ口の中に頬張った。


 割と好評な様子に瑞樹もホッと胸を撫で下ろし自身も食事に興じると、あっという間に食べ終えたビリーがそういえばとズボンのポケットを漁ると、何かをテーブルの上に置いた。


「忘れないうちにお前に渡しておかないとな」


「あぁこれ、さっきの鉄板ですか?」


「鉄板には違いねぇけど、これはギルドカードって言ってな。まぁ簡単に言うと登録証明であり身分証でありって感じだ。失くすなよ」


 瑞樹としても身分証となれば吝かでないにしろ、やはりそれに対して不快感が強く出るらしく「何で身分証作るのにわざわざ血を流さなきゃいけないんですか」と忌々しそうな顔でそれをトントン指で突く。するとビリーは「まぁそのカードに触って裏側を見てみな」と苦笑、瑞樹が訝し気に手に取ってみると元々無地だった裏面に淡く青白い光が紋章のような図を形成していた。


 初めて自身の手の中で起こる摩訶不思議な光景に、瑞樹が興奮を抑えきれない様子で「え、ちょ、何ですかこれ、凄いですね……!」とビリーとカードを交互に見比べると、ビリーは少々呆れ交じりの苦笑を交えながら「それは登録者本人が触らないと浮かんでこないようになっていてな、万が一落としたり盗まれたりした時に成りすましを防ぐ為にあるんだよ」と説明した。


「へぇぇ、魔法って凄いですね」


 元の世界に置き換えるならば指紋認証とかだろうか。自身の知識を踏まえて解釈しているとビリーはさらに説明を続ける。


「ちなみにその色にも意味があってその鉄色が低級、つまり最低だ。まぁ俺も同じ色だが。次が銅の中級、その次が銀の上級で、最後が金の最上級だ。まぁ最上級なんて滅多に輩出されないらしいがな」


「それは何故ですか?」


「俺も詳しくは知らねぇけど、何でも伝説に残るような偉業を成し遂げる必要があるとかないとかって話だ。まぁ俺らにゃ到底関係ねぇ話さ」


「伝説……ですか。それはまた随分と難儀ですね」


「まぁな。そもそも伝説どうこうで思いつくのは古龍くらい、そんなのとやりあうなんて幾ら金積まれても願い下げだ。……さぁて、飯も食った事だしそろそろ休むとするか。蝋燭も無駄にしたくないしな。お前も良い加減カードばっか見てんなよ」


 古龍という単語も興味を惹いたようだが、目下瑞樹の目を引くのは手の中にあるギルドカードらしくビリーに言われるまで何度も眺めていた。結局ビリーに半ば強引にギルドカードを取り上げられる形となり、瑞樹共々就寝と相成った。


 瑞樹が寝入る直前、ビリーはがふと思い出したかのように「おぉ、そういや明日俺ちょっと近くの森に狩りに出掛けてくっから」と告げる。異世界での生活の一端を垣間見るチャンスと眠気で靄のかかる頭で思ったようだが、それとは別に何とも言いようのない不安が胸中にあったらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ