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異世界に歌声を  作者: くらげ
第二章[癒しを求めて]
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2-21 強欲は身を滅ぼす

 とある日、瑞樹はビリーとノルンを連れて買い物に出掛けていた。いつもと変わらぬ少し汗ばむ陽気、どこを見ても人混みがある風景、いつもの日常である筈だが、それに初めて気付いたのはビリーだった。


「おい瑞樹、何か変な感じがする」


「変な感じ?」


 ビリーが瑞樹に少しだけ近づき耳打ちする。その何かに気取られぬ様にあくまで冷静を装い、落ち着いて辺りを見回す。瑞樹には何も感じられなかったが、それなりに狩りをやっているであろうビリーには、誰かの視線を感じているらしい。


「どうする?」


「どうするもこうするもあるか、さっさと宿に戻るぞ。下手に手を出してこいつを危ない目に合わす訳にもいかねぇだろ」


「あの、さっきから何をこしょこしょ喋っているんですか?」


「あぁごめんね、何でもないよ。気にしないで?」


「そう、ですか?」


 それ以上は問い詰めないノルン、良くも悪くも場の空気を読む事は随分と慣れている様子である。それと瑞樹的にはビリーがここまで冷静でいるのは意外だった、あいつなら元を断ちに行きそうなものたが、そうしたくない相手という訳なのか。状況への対処よりもビリーの観察に興味を持つ瑞樹だが、突然瑞樹達の周囲を見知らぬ十人程の男達が囲む。とても屈強そうで、荒っぽそうな連中だ。


「えっ?えっ?」


「大丈夫、落ち着いて。ちょっと通りたいんだけど退いてもらえませんか?」


 周囲をぐるりと囲む強面の男共に何が起きたのかと怯えるノルンを優しく撫で、一応下手に出て様子を見る瑞樹。


「…お前の身柄を拘束する。黙ってついてこい」


 男共の後ろから、頭がつるつるのさらに屈強そうな男が現れる。男の目的はどうやら瑞樹らしい、すぐさまビリーが男との間に入り、瑞樹もノルンに危害が及ばない様に自身を盾にする。


「ちょっと何言ってるか良く分からないんだけど、そもそもあんた達は誰なのさ。名乗ってくれても良いんじゃない?」


 瑞樹は肩を竦めながらその男に問いかけると、その禿げ男は黙って取り巻きの男に何かを指示する。一体何を?と身構えるビリーと瑞樹だが、その矛先はあろうことかノルンへと向いてしまう。ノルンの近くにいた男が瑞樹を押し退け、ノルンの髪を鷲掴みにする。痛い痛いと泣き始めるノルン、それを止めさせようとビリーが動く前に瑞樹が激昂し、その顔は滅多に見せない本気で怒っている表情をしている。


「何やってんだてめぇ!」


 あまりの剣幕に思わず男は手を放し、瑞樹がノルンを抱き抱える。その後禿げ男を睨み付け、怒気を孕んだ声で問いかける。


「小さい子に手を出すとは良い根性してんな!」


「最初に言った筈だ、黙ってついてこいと。従わないのならどんな手でも使うだけだ」


 無表情で禿げ男は断じる。だがその目は本気で、目的を達する為なら人を殺める事すら厭わない、そんな確固たる意志を瑞樹は感じ取った。


「あまり騒ぎを大きくしたくない、これ以上抵抗するつもりならもう手段を選ぶ事は出来ない」


 そう言われ瑞樹は怒りを一旦静めて冷静になる。


「大人しくお前達についていけばこいつらには手を出さないか?」


「なっ!?お前何言って―」


「良いから!ちょっと静かにしててくれ」


 瑞樹は真剣な視線をビリーに送る。滅多にする事の無いその表情をされては、ビリーもぐっと黙っているしかなくなってしまう。


「俺の目的はお前だけだ、他は別にどうでも良い」


 顎を撫でながら思案に耽る瑞樹。辺りに重苦しい空気が漂うなか、じきに瑞樹が一つの結論を出す。


「分かった、あんたについていってやる。但しこいつらには絶対に何もするな」


 その提案にビリーだけでなくノルンもぎょっと目を丸くする。こんな得体の知れない連中についていくなど何を考えているのかと。


「約束しよう、ではこっちだ」


「ちょちょちょ!待て待てアホかお前、こればかりははいそうですかなんて言う筈無いだろ!」


「そうです!姉さんを変な所に連れて行かせる訳には行きません、私の事は気にしないでください!」


 瑞樹とは対照的にビリーとノルンはあくまで徹底抗戦だと主張して止まない。


「駄目だ、もう俺が決めた事だ」


「駄目もくそもあるか―」


 ビリーが喋っている最中に、瑞樹はビリーにぐいっと近付き一言だけ告げる。


「あの人を頼れ、良いな?」


 その後ビリーをドンッと突き放し、ノルンを撫でてから男の方へと歩み寄る。


「別れの挨拶は済んだか?」


「あぁバッチリだ、わざわざ待っているとは思ってなかった。」


「ふん、どうでも良い。さっさとついてこい」


 ビリー達は瑞樹が人混みの中へ消えていくのをただ見ている事しか出来なかった。ノルンはとうとう泣き崩れてしまう。


「うあぁん、ごめんなさい、私が足手まといなせいで…」


「バカ、お前は何も悪くねぇよ。それよりさっさと行くぞ」


「い、行くってどこへですか?」


 泣きじゃくりながら問いかけるノルン、瑞樹が最後に言ったあの人とは恐らくこの人の事だろうとあたりをつけ、取り敢えず急いでその人の元へと向かう。


「ファルダンさん!どこだ!」


 最早形振り構っていられないビリーは玄関の扉をバァンと思い切り開けて勢い良く中へ入る。


「これこれ、あまり騒々しくするのは感心しませんな」


 どこかの部屋にいたらしいファルダンが、ビリーを窘めながら姿を現す。


「悪いが今はそれどころじゃない、実は―」


「瑞樹殿が何者かに連れ去られた、ですか」


「何でその事を!?」


 あの場にファルダンはいなかった、知っているのは当事者しかあり得ない。それが意味するのは…あまり考えたくない事がビリーの頭を過る。ノルンはもう混乱する事しか出来ない。


「なぁ、もしかしてあんたこの一件に一枚噛んでいるんじゃないか?」


「いえ、それはあり得ません。もしそうならこんな回りくどい事をしなくても、いくらでも機会はあったのですから」


 ファルダンの言う通り、瑞樹は頻繁にファルダンの所へ出向いていた。その気があるならもう既に、それこそ出会った時に行動を起こしている筈である。確証と呼ぶには少し弱いが、ビリーにとっては納得するしかなかった。


「じゃあ何でその事を知っているんだ?あの場にいないと知っている筈が無いだろ」


「まぁ色々とあるのです、わたくしを信じてくださいとしか言えません。それよりも今は彼を取り戻す事が先決でしょう?」


「それはそうだが…でもどこに行ったかなんてさっぱりだ」


 ビリーは自分の不甲斐無さに苛立つように頭をバリバリと掻く。その様子を見ながらファルダンは、ビリーに天啓を授ける。


「ほっほ、心配せずともよろしい。貴方の所に優秀な魔物がいるでしょう?」


「そうか、その手があったか!」


 ビリー達の所にいる魔物は一匹しかいない、そうシルバの事だ。この世界ではそのような考えは存在しないが、現代のどの犬よりも優秀な警察犬と言っても差し支えない。


「よし、すぐにシルバを連れてくる」


「ではその後またここに来てください、わたくしも一緒に行きます」


「分かった、少し待っててくれ」


 ビリーはノルンの手を引きながら、足早に宿へ向かう。道中は何の言葉も交わさず、不安と焦燥が二人を支配していた。


「良し、シルバいたな。ちょっとついてこい」


 慌ただしく戻ってきたビリーに、ただならぬ雰囲気を感じたらしいシルバは、いつもの気だるそうな雰囲気は一切感じさせず真剣な顔つきになる。


「ノルンはここで待ってろ。良いな?」


「えっ、嫌です!私も一緒に行きます!」


 瑞樹が大人しく付いていってしまったのは自分のせいだと、すっかり思い込んでしまっているノルン。少しでも贖罪しようという気持ちの現れなのかもしれない。だがそんな考えはまるでお門違いも良いところだ。


「お前がもし自分のせいだと思っているなら違うぞ。俺もあいつを止められなかったし、何より簡単に付いていくあいつも悪い。だからそんなに気にすんな」


「でもっ…」


「お前が行って何が出来る?もしまた誰かに捕まりでもすれば弱みを握られるだけになる。そうなれば助けるチャンスが台無しになるんだぞ」


 ノルンは目に涙を溜めながら黙って聞いているしか無かった。反論する余地などありはしない、自分が足手まといな事は自分が一番知っている。ビリーの言い方も厳しいが、ノルンを危険な目に合わせたくない、それは瑞樹とビリーの共通認識だ。


「心配するな、と言っても無理だと思うけど俺達を信じろ。そもそもあいつがそんな簡単にどうにかなるわけないだろ」


 不器用にノルンを撫でるビリー、少しでも落ち着いて欲しい、安心してほしい、そんな気持ちがノルンに伝わり、こくりと頷く。こうしてノルンは宿で待機する事を受け入れた、随分渋々であったが。


 その後ビリーはファルダンと落ち合い、瑞樹の捜索を始める。手がかりは何も無く頼れるのはシルバの嗅覚だけだ。


「こっちって確か…」


「鉱山の方へ向かう道ですな」


 シルバの後をついていくと、以前瑞樹が訪れた鉱山へと続く道に出る。気持ちが逸るビリーと違い、ファルダンは落ち着いたままだ。出会ってまだそれほど長い時は経っていないが、この人が慌てている様子をビリーは見た事が無い。


「しかし奴らを使っているボスってのは一体誰なんだろうな…何か心当たりがあったりしないのか?」


「ほっほ、さぁて皆目見当もつきませんな」


 ビリーはカマをかけたつもりだったが流石に引っ掛かる筈も無く、本当に知らないのではと一瞬頭を過るが、恐らく目星はついているだろうなとビリーは感じ取る。ビリーが色々な考えを巡らせていると、シルバが急に茂みの中へ進路を変える。二人は何事かと思いながらも取り敢えず後をついていく。すると道が無い筈なのに誰かがここを通ったような跡がついていた。さらに進むと木々の隙間から何かが見え始めてくる。それは―


「これは…屋敷?」

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