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異世界に歌声を  作者: くらげ
第一章[その運命は終わりから始まった]
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1-4 一つ屋根の下で

「ここが俺の家だが……狭いのは我慢してくれ」


「……はい、お世話になります」


 男性に連れられて辿り着いたのは町外れにある貧相な見目の家、と言うよりも小屋と称した方が正しそうな場所だった。広さも外見通り狭く、雨風がしのげて食事と寝る事が出来れば十分と言わんばかりにテーブルとイスが、奥には申し訳程度の寝台と寝具がずぼらに置かれている。


「さぁて、じっくりと話しを聞かせてもらう……っとその前に飯の準備でもするか。あんたも食うだろ?」


「……良いんですか?」


「良いも何も、金持ってる奴が見ず知らずの人間にホイホイ付いてくるか? つまりはそういうこった。まぁ……悔しいがさっきの歌のおかげでちぃとばかし稼げたからな、その礼って事にしとけ」


「……ありがとございます、いただきます」


 すると男性は黒いパンとジャーキーより固そうな干し肉、それと一欠片のチーズを木皿に一緒くたに乗せたものを自分用と併せて二皿用意し、テーブルの上に置くと「ボーっと立ってないで座って食えよ」と瑞樹に促した。


 コンビニで買える弁当よりも遥かに粗雑であるものの、生きている以上腹は減るものであり食は如何な時も必要なもの。酷く恐慌状態にあった瑞樹も供されたものをおずおずと手に取り、口に運んでいくうちに強張ったていた表情が僅かばかり綻んだ。現金な奴だ、対面に座る男性はそう思ったらしく小さく鼻で笑ったが、人とは存外そういうものであろう。


「さて、まぁ食いながら話すか。まずあんたの名前は?」


「……私は橘瑞樹と言います。二十三歳です」


 「なんだあんた年上だったのかよ。俺よりは小さいから年下だと思ったぜ。俺はビリー、歳は二十一。で、次の質問だがあんたどっから来た? 見た感じここいらの人間じゃないだろ」


 どう見ても年下にしか見えないとまじまじ瑞樹を見つめる男性、ビリーは黒に近い茶色の肌で髪は短めの金色、瞳は鮮やかな緑色を光らせていた。見目だけだと何処か軽そうな印象を与えそうで、実際瑞樹の彼に対する印象にも多少なり影響を受けていたようであるものの、それはさておきと彼の質問にどう答えるべきか、考えあぐねるように顔を俯かせる。


「うぅん……その質問が一番難しいです。なんと言ったら良いか……ビリーさんは異世界ってどう思いますか?」


 腹に物を入れた事で多少話せるようになった瑞樹は、おぞましさを覚える瞳にもほんのごく僅かに光が宿らせると小さな声で彼に問いかけた。するとギョッと驚いた様子で目を丸くしたものの、何故かすぐに元の様子へと戻る。


「何だいきなり? 異世界か、まぁ何処かにあるんだろうなぁくらいとしか……もしかしてお前異世界から来たのか?」


「……どうして分かったんです?」


 瑞樹はまさか相手から先にそう問われるとはと、驚きと困惑が入り混じったようにバッと顔を上げてビリーを見つめるが、「いや、自分からバラしたようなもんだろ」との言葉にあっとばつの悪そうに目を逸らす。


「それはさておきだ。実はこの世界では異世界人ってのは珍しく無い、いや珍しくはあるが数十年の頻度でやってくるって話だ。まぁ実物を見たのは俺も初めてだがな」


 衝撃の事実に思わず口に含んでいたパンを吹き出す瑞樹。対面に座っているビリーが汚いだの何だのと騒いでいるが、そのような些末事は少しも瑞樹の耳には入って来ないようで、グルグルと思考を巡らせている。


 いくら自身がそう結論付けたとて本来『異世界』などというものは絶対にあり得ない、妄想やファンタジーの世界である。それ故か心の何処かでは違って欲しかったと切望していた節がある瑞樹は、あぁ本当に異世界なんだなと顔には諦念の色が濃く出ていた。


「……そうなんですか? それなら何処かに行けば別の異世界人と会えたりしますか?」


 本来あり得ない場所なればこそ同じ境遇の者に会いたいと思うのも不思議ではなく、せめて先達者に自身を支えて欲しいと、そんな思いが見え隠れするように問うた瑞樹だがビリーの表情は芳しくなく、困惑が眉間に皺を寄せているようだ。


「少なくとも今は無理だろうな。異世界から来た奴ってのは大抵特別な力を持ってるらしく、いろんな奴が重用したがるって話だ。だから大抵王様だの貴族サマだのの側近に召し抱えられるとか……まぁあんたは見たところ何か出来るって訳じゃ無さそうだし、ちぃとばかし綺麗な見た目の女ってだけじゃ目にも止まらんだろうさ」


「……そうでしたか。……ぅん? ちょっと待って下さい、さっきなんて言いました?」


「あぁん? 事実だろ。弱そうな──」


「そこじゃなくてその次です」


「……綺麗な見た目の女って言ったが、なんだよ別に文句無いだろ?」


 その言葉を聞いた途端、瑞樹は無言で首を横に振った。ただし余計な勘違いを生んだ原因はほぼ間違いなく瑞樹の方で、かなりの錯乱状態だったが故に普段の男声ではなく女声で話し、中性的とはいえ女性よりな服装となれば勘違いされても無理からぬ事である。


 瑞樹は心の中でもっと男性よりの服を着ていれば良かったと思ったが時既に遅し、女声は事情が事情なのでともかくとしてもまずは勘違いを正さねばと垂れた頭を上げる。


「……あのビリーさん、勘違いさせて申し訳無いのですが私……いや俺は男なんですよ」


 ビリーの驚きようは瑞樹が異世界人だと知った時以上で、先程の瑞樹よりも桁違いの勢いで齧っていたパンを吹き出した。欠片が対面の瑞樹に直撃し、瑞樹も汚いと思ってはいるようだが騒ぎ立てられる程精神的余裕も無いらしく、無言のまま手で顔を拭う。しかしそのような些末事どうでも良いと言わんばかりに、ビリーは口をぱくぱくとさせている。


「……ちなみにこれが地声です」


 確かにその声は男のそれだが地声も声変わりする前の少年のような少し高めの声で、どうやらビリーは未だ納得していないらしく懐疑的な視線を向け続ける。そんなビリーの様子に埒が明かないと思ったのか、瑞樹は軽く溜め息を吐きながらとある提案をしてみた。


「……納得出来ないのであれば、触ってみますか?」


「ど、何処を?」


「喉仏……」


 提案を聞いたビリーは何故か焦ったように目を泳がせていた。最初は一体何を焦っているのか瑞樹も分からなかったようだが、女と勘違いして連れてきたのであればと何となく察しはついたらしく、僅かばかり視線を他に向ける。


「はあぁ……」


「……何故貴方が落ち込んでいるんですか?」


「いやだってなぁ……」


「……もしかして、怒ってますか?」


 瑞樹の瞳は呆然とするビリーが一目で分かる程暗く、淀んでいた。絶望の真っただ中で掴んだ僅かな希望、それが手から離れようとしているとなれば、一度僅かでも安堵した後の反動は推し量る事すら難しい。


 そんな瑞樹の胸中を察してか、はたまた単純に気圧されたのかは不明だが「あぁん? ……良いよ今日は。言ったのを無かった事にするのも格好悪いしな」と家主であるビリーの許可を今一度頂けた事で瑞樹は心底ホッとしたのか、頬には涙が伝った。


「……ありがとうございます」


「……チッ、男の癖に簡単に泣くんじゃねぇよ」


「……ごめんなさい、ごめんなさい」


 この後も瑞樹は何度も壊れたように謝り続けた。もう二度と味わいたくない恐怖と不安、そんな瑞樹の深淵をビリーは知る由も無い。むしろ触れたくないとさえ思っている節もあるようで、何とも不愉快そうにハァと溜め息を吐いた。


「……疲れた。……そもそも何で急に私から俺に変わったんだ? 初めっから男っぽくしてれば俺も勘違いしなくて済んだのによ」


「……女性物の服を着ているとつい癖で、というのもあるんですけど正直素に戻すのを忘れていただけです。それに私と俺とを使い分けているのは何というか……そう、心というか精神的な切り替えをしているんです」


「あぁ?」


「つまり、んん……私って言う時は大体女声で、俺って言う時は男声にしているんです」


 瑞樹が声を変えながら話しかける様はビリーも感心したらしく「へぇ」と声を上げる。異世界でもどちらとも取れる見目と声の持ち主は居るかもしれないが、瑞樹のように声がガラリと変わるのは初めての体験だったようだ。


「でも何で使い分ける必要があるんだ? 面倒だし意味無いだろ」


「……昔ちょっと色々あったんです……」


 ビリーが訝しそうに問いかけたのはあくまでも興味本位で他意は恐らく無い。しかしながら瑞樹は当時(トラウマ)を想起してしまったらしく、ただでさえ暗い雰囲気がより一層重くなってしまう。ビリーも流石に異変を察したようで、これはマズったなと早々に話題を切り替えた。


「まぁ良いや、お前の過去なんざ知っても意味無いし。……フゥ、今日はなんだか疲れちまったし寝るとするか。ほれ、これ使って適当に寝ろ」


 ビリーは逃げるように奥のベッドの上にへたり込むと、置いてあった毛布を瑞樹に放り投げる。不意の事で少し慌てた様子の瑞樹だがそれを何とか受け取ってすぐ、ビリーはやれやれと横になった。


「……ありがとうございます。……おやすみなさい」


「はいはいおやすみ」


 瑞樹はベッド代わりに椅子を並べ、その上で埃とビリーのであろう匂いがする毛布にくるまると、見計らっていたビリーによって蝋燭が消され、室内は文字通り真っ暗になる。色々と考えたい事はあったようだが、精神的な疲労からか瑞樹の意識はどんどん暗闇に吸い込まれていった。


 目を閉じる直前、瑞樹は暗がりの先に居るであろうビリーの方へ顔を向ける。その胸中は遠い昔の記憶を想起しているようで、まるで痛みに耐えるように胸に手を当てていた。今なお鮮明に記憶に残っているかの人とビリーとでは、全く似ても似つかない筈。しかし何処か面影を感じているのか瑞樹はふるふると悲しそうに首を振りながら顔を背け、眠りについた。

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