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異世界に歌声を  作者: くらげ
第二章[癒しを求めて]
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2-18 終・人は怒ると怖い

 それから暫くして瑞樹達が酒場に戻ると、中はささやかに祝勝会が開かれていた。とは言っても飲んで騒いで、いつも通りの風景だ。


「あぁお帰り、お疲れさん。帰ってくるのが遅かったけど何かあったかい?」


 出迎えてくれたのはギルドマスターで、少し心配そうにしていたが、別段何も無かったとビリーが報告すると安堵した表情に戻る。


「心配させてすみません、後ノルンを見ててもらって有難うございました」


 というのも今回の件は瑞樹とビリー、二人で事に当たることになっていたのでノルンの面倒を見る人がいなくなってしまう。当人は一人でも大丈夫とは言うが、万が一何かあっても困るので瑞樹がギルドマスターに相談したところ自ら買って出てくれた。


「そんなの気にしなくて良いさ、あの子はとても良い子だったからね、特に手間もかからなかったよ。今はもう部屋で寝ていると思うから、後で様子を見に行ってやりな。さてお二人さんも空いている所に座りな、折角だし少しくらい飲んでいきなよ」


 ギルドマスターに促されて空いていた席へと座る。瑞樹は正直そんな気分では無かったが、付き合いも大切だとビリーに諭され、ちびちびと酒を飲み始める。


 が、そんな気分ではないと言いつつ瑞樹はいつも以上のペースで飲み、すっかり酔っていた。しかも今日は酒も手伝って、いつも以上にウジウジしたような悪い酔い方をしている。


「はぁ、もう少し上手くやってれば誰も死ななくて済んだのかな…?」


 瑞樹はポツリとそんな事を漏らす、するとどこからともなく一人の男がやってきた。なんというか細マッチョのイケメンだった。


「なぁなぁ、今なんか面白い事言ってなかったか?」


 その男は笑顔でそんな事を口にする。馴れ馴れしさと、面白い話しなんかしていないという変な感情が瑞樹を少しむっとさせる。


「別に、ただもう少し良い案とか、策とか俺が思い付けば誰も死ななくて済んだのかなって思っただけだよ」


 正直目障りだったので瑞樹は吐き捨てる様に言うと、男は笑いながらこう返してきた。


「あっはっは、面白い事言うなお前」


 何が面白いんだかと思った矢先、瑞樹は凄い衝撃で椅子から転げ落ちる。一瞬何が起きたか分からなかったが、顔の痛みで我に帰る。どうやら殴られたらしい。


「てめぇ!何やってんだこらぁ!」


 ビリーが男の胸ぐらを掴み凄まじい剣幕で男を睨み付ける。一触即発、いつ殴り合いになってもおかしくない状況だったが、瑞樹が二人の間に割って入る。


「ビリー止めろ!」


「止めろだと?お前もちょっとは怒ったらどうだ!あぁ?」


「良いから落ち着け!なっ?」


「…っち!」


 胸ぐらから手を離し、椅子へ勢い良く座る。そこまで自分の為に怒ってくれるのは瑞樹としてもありがたいがやり返すのは後、まずは話しを聞いてからと、痛む頬を擦りながら椅子に座る。


「それで?何で殴られたのか納得のいく説明をしてくれるんだろうな?」


 男には先程見せた笑顔は存在せず、怒り心頭といった様子で瑞樹を睨みつける。その威圧感に瑞樹は一瞬たじろぐが奥歯を噛みしめ、ぐっと堪える。


「はん、別に大した事じゃねぇよ。ただ一つ言っておきたいのはな、俺達冒険者ってのは常に自分で選択してその結果の責任も全部自分で取るもんなんだよ。たとえその結果が命を落とす事だとしてもだ。それを何だお前、上から目線で死なせずに済んだかもだと?英雄でも、気取ってんのかお前は!お前みたいなのが上級なんてムカつくぜ、他の働き口でも探せってんだ!」


「はいはいそこまで、貴方はさっさと自分の場所に戻りなさい」


 一人の女性が男を宥める、確か虜囚のお世話をしていた人だったかなと瑞樹はその女性を見ながら思考する。そう言われて落ち着きを取り戻したのか、男は面白くなさそうに離れていった。


「ごめんなさいね、あの人根は良い人なんだけど少し酒癖が悪くって」


 長い金髪、碧眼のその女性が申し訳なさそうに瑞樹達に謝る。ビリーはそう思っていないだろうが、瑞樹は割りとそこまで腹が立っていた訳では無いので、やんわりと受け答えをする。


「いや別に貴方が悪い訳じゃないんですし、そんなに謝らなくても大丈夫ですって」


「そう言って貰えると嬉しいわ。ところで貴方って本当にあの時と同じ人なのよね?」


 あの時とは恐らく、瑞樹が癒しの歌を歌った時だろう。そもそもあの場が初対面なのだから。


「えぇ同じです、俺は声色を変える事が出来るんですよ。ほら、こんな風に」


 そう言って瑞樹は途中から女声で話す。すると女性は大層興味深そうに目を丸くする。新しい玩具を見つけたようなそんな感じだった。


「あら、面白い特技ね。それにとても良い声、確かにその声で歌えば心を癒す事も出来るのかもしれないわね。もし良かったら後で歌声聞かせてね?」


 そう言って女性も自分の場所へと戻っていく。何とも不思議な人だと瑞樹が思っていると、息つく暇もなく今度はギルドマスターが瑞樹達の席にやって来る。


「さっきの見てたよ、災難だったねぇ。でも許してやっておくれ、あいつの言い分も正しいんだ。冒険者は全て自己責任、それが暗黙のルールになっているからね。今回の件は強制参加だったけど死ぬのが嫌なら何処かに隠れていれば良い、それでも死ぬ可能性があると分かっていても戦うことを選んで死んだんなら、そいつの自己責任なのさ。残酷かもしれないけど冒険者ってのはそういう職なんだよ。」


 瑞樹は気を紛らわせるように、ギルドマスターから目を逸らしながら再びちびちびと酒を飲み始める。それに見かねたギルドマスターは瑞樹の頭を鷲掴みにして無理矢理顔を向けさせる。その様子はまるで親に説教を受ける子供のようだ。渋々瑞樹は視線をギルドマスターに向けると、その目は真剣そのもので、少しだけ心配そうな表情に瑞樹も意識を改める。


「…それと前から思っていたけど、あんたは優しすぎる。はっきり言うけど冒険者には向いてないよ。あいつの言う通りどこか別の場所で働いた方が良いかもしれないねぇ、これくらいで心を痛めてたらそれこそ精神まで壊れるかもしれない。けどまぁ決めるのはあんただから、何を選んだとしても後悔だけはしないようにね。っと長ったらしくお説教しちまったね、まぁ酒でも飲んで忘れなよ」


 と言われるが、すっかり酔いも醒めて気分も白けてしまった。もう寝ようかなと瑞樹が考えていると、ビリーが何かを思いついたらしく、瑞樹に話しかけて来た。


「なぁ瑞樹、あの女がお前の歌声を所望してたんだ、折角だから一曲どうだ?それにやられっぱなしじゃ面白くないだろ?あの野郎をお前の歌であっと言わせてやろうぜ」


「って言われてもなぁ、俺アカペラ無理なんだけど」


「へっへっへ、こんなこともあろうかとってな、こっそり俺の商売道具を持ってきてるんだよ。待ってろ準備してくるから」


「あ、おい!」


 瑞樹の返事も聞かず、すっかりその気になったビリーは駆け足で自室に向かっていった。やれやれと瑞樹は肩を竦めながらも、瑞樹も少しずつやる気を出し始めていた。


 暫く待っているとビリーが商売道具のギターを担いで戻ってくる。促されて瑞樹はみんなの前に立ち、集中する。その歌は瑞樹にしては珍しい明るいポップな歌だった。初めは大して興味無さそうに聞いていた冒険者達も少しずつ耳を傾け、ある者は手拍子、またある者は口笛で応えてくれるようになり、先程までの暗く重い空気は払拭出来たようで瑞樹も安堵し、より明るく楽しく歌を続ける。


「良いぞ姐ちゃん!」

「あれ男らしいぞ!」

「マジかよ、神様が性別間違えたとしか思えねぇな!」

「ガッハッハ、違いねぇ!」


 各々面白可笑しく談笑をしながら、この後アンコールをせがまれ何曲か披露したところで閉店時間となり、会はお開きとなる。


「良かったわ、あなたの歌。また聴かせてね?」


「あっ、さっきの…はい、機会があれば必ず」


「うふふ、約束したからね?じゃあお休みなさい」


 女性はウインクしながら夜の闇へと姿を消す、とても綺麗な人だった。と小学生並の感想を瑞樹が思っていたら、あまり顔を合わせたくない人物が近づいてくるのを見て、思わず瑞樹は苦々しい顔になる。


「よぉ、そのなんだ、さっきは悪かったな。いきなりぶん殴って。それとお前の歌、良かったぜ」


「別にどうも思ってないですよ。お世辞も有り難く頂いておきます」


「ちぇっ、見た目と違って可愛い気の無い奴だ。まぁそんな事はどうでも良い、お前にそんな特技があるなら尚更冒険者なんてやるべきじゃない。わざわざ危険を犯さなくても生きていけるならそれに越した事は無いだろ?それじゃあ俺は帰るぜ…忠告はしてやったからな」


「なんだ、案外良い奴じゃん」


 片手を挙げながら闇夜に消えていく男の背中を見つめながら瑞樹はそんな風に思う。そこにビリーがやってきて軽口を叩くが、その胸中は複雑なようで、目が泳いでいた。


「へっ、いきなり殴ってくる奴が良い奴な訳ねぇだろ。簡単に評価変えすぎだろ。…それよりもお前やっぱり冒険者を—」


「辞めないよ」


 歌っている間も瑞樹はずっと考えていた、確かに自分は冒険者に向いてないと。事実、ニィガへ帰れば別の仕事が待っている訳だが、それでもこの世界で初めて覚えたこれを、簡単に手放したくない。ビリーが教えてくれたこの全てを、簡単に捨てたく無かった。


「この先いっぱい悩むだろうし、また同じ事でウジウジすると思う。それでも俺は辞める気は無いし、後悔もしない」


「そうかよ。まっ俺がとやかく言う事じゃ無いしな。自分で決めたんならそれで良いんじゃねぇの?」


 口ではそう言うが、本当はビリーも辞めるべきだと思っている。優しすぎるし甘すぎる、それはずっと近くで見ていたビリーが一番良く知っている。だが、それでも瑞樹が辞めないと決めたのなら、それを応援するとビリーは心に誓っていた。


「お前ならそう言うと思ったよ、それよりも寝ようぜ。もう疲れたよ」


「そうだな、さっさと寝るか」


 二人はお休みの挨拶も程々に自室へと戻る。瑞樹の部屋の中で、ノルンがすうすうと可愛い寝息をたてていた。瑞樹は起こさないように注意して寝床に入り、そっと頭を撫でる。


「んぅ…あ、瑞樹姉さん…。ごめんなさい先に寝てしまいました…」


「あっごめんね、起こしちゃって。さぁゆっくりお休み」


「んぅ…えへへ。お休み…なさい…」


 瑞樹に頭を撫でられながら、ノルン再び夢の中へと旅立つ。数日とはいえ、とても寂しい想いをさせてしまった事に瑞樹は胸を痛める。…この子の為を思えば、本当は冒険者を辞めるべきだろう。もし自分の身に何か起こればまた天涯孤独に逆戻りだ。無論そんな事になるつもりはないし、させるつもりもない。冒険者であること、ノルンの側にずっといること、瑞樹はそのどちらも選んだ、後悔なんてあるわけない。瑞樹は自分の選択を胸に刻み、眠りについた。

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