1-3 出会い
突然隣に居座ったかと思えば伴奏代わりに歌い始めれば誰しもが憤りを感じるだろう。いくら観客が乏しいステージだとしても自身は唯一無二の主役、演者なれば少なからずそのような自負を抱いてもなんら不思議は無い。
彼もまた多分に漏れず、人のステージに割り込んだのは何処の大馬鹿だとジロリと睨みつけたまでは良かったものの、ギョッとしたように目を見開いたかと思えば再び演奏に身を傾けた。ただ多少なりとも演奏に影響は出ていたようではある。
初めて見る異国風の服装に整った顔、さらりとした肩より少し長い黒髪、身長は恐らく自身よりも頭一個分程小さい。そして何よりも影響を与えた瑞樹特有の女性顔負けの歌声。文句を垂れる予定は寸刻も保たずに崩壊し、今では少しでも長く歌声を聴いていたい。ただそれだけだと一心不乱に指を動かす。
男性の鳴り止むと同時に瑞樹の口も一文字に閉じると、若干の間を置いた後にパチパチとまばらな拍手が鳴り響く。
「いやぁ良い歌だったよ。宿場町でこんなのが聴けるとは思わなかった」
自身の演奏じゃないのかと不愉快そうに舌打ちする男性だが、その実同じ気持ちだったらしく表情は存外柔らかく、「ありがとよ」と観客に謝辞を述べる程度の余裕はあった。一方瑞樹の方は全く逆の様相、聴いてた客の方へずっと頭を下げたままで、身体もカタカタと小刻みに震わせている。
その様子を見た時男性は嬉しさのあまり感極まっているのかと思ったようだが、ちらりと瑞樹の顔に視線を送った途端すぐさま考えを改めたらしく、気まずそうに視線を泳がせた。今にも恐怖と不安に潰されそうなその顔は、少し触れただけでも壊れてしまうのでは。まだ言葉すら交わしていないにも関わらず、男性にそう思わせてしまう程だったのだろう。
観客もそれぞれ帰路に着き一通り片付けも終わったところで、男性は漸く話しかける決心が付いたらしく閉ざしていた口を逡巡交じりに開く。正直片付けをしている内に何処かへ行くだろうと期待交じりの願望を抱いていたようだが、結局瑞樹はピクリとも動かず、と言うより動けずの方が正しいか。ともかく希望通りに行かなかったが故の致し方無さが勝った結果となる。
「……なぁあんた誰なんだ? 見た所ここらの人間じゃないみたいだけど、どっから来た?」
「……」
瑞樹は話しかけられても口をぎゅっと噤み、俯いたまま。どうやっても進展が無さそうな状況に耐えかねてこのまま立ち去る事も出来ただろうが、放っておくのも何となく気分が悪いと男性は深い溜め息を吐きながら頭をバリバリと掻く。
「ハァ……おいあんたこれから何処かに行く当てはあんのか?」
「……無いです」
消え入るような声の通り瑞樹の表情は変わらず酷く不安そうで、今にも崩れ落ちそうだった。そんな様子を見かねたのか、それともまた別の思惑があるのかはともかく、男性は今一度頭を掻きむしりながらじろりと瑞樹の方を睨み付ける。
「チッ、しょうがねえなぁ。とりあえず着いてきな、今日は家に泊めてやる」
「……ありがとうございます」
漸く男性と向き合った瑞樹の瞳はおぞましさを覚える程どす黒く濁っており、僅かな光さえも感じられない。まるで化け物だと背筋をゾクリとさせる男性は正直後悔したようだが時既に遅し、ぴったりと付いてくる瑞樹を突き離す根性は無いと見える。
男性は厄介なものを拾ってしまったのではと不安を覚えた様子で肩を落としたものの、取り敢えず全てを後回しに帰宅を優先。酷く重い沈黙に耐えかね、無意識に早足になる男性の胸中は如何に。