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異世界に歌声を  作者: くらげ
第二章[癒しを求めて]
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2-4 到着

 翌日、軽い朝食を終えた一行は再び馬車に乗り込み、移動を始める。瑞樹達は慣れぬ場所のせいかなかなか寝付けず疲れが取れなかった。


 馬車に揺られる事三時間弱、車内の口数も随分と少なくなった頃、それはようやく見える位置に来た。ペレ山の麓辺りに町が見え、近くには大きな湖もある。町の規模は瑞樹達のいる町よりかなり大きく、およそ1.5倍といった所か。所々から立ち上る湯気と、風に運ばれてくる硫黄の様な温泉の匂いに皆の疲労は吹き飛び、期待に胸を膨らませる。


 そしてついに温泉街[アートゥミ]の入り口に到着する。街の入り口で身元確認を受けるのだが、瑞樹達は登録証があるのですんなりと許可が下りた。


「あぁやっと着いた。う~ん、温泉の匂いがするなぁ。良い匂いだ」


「そうかぁ?俺はただ臭いだけにしか感じないがな」


 この世界では湯浴みの文化が庶民には根付いておらず、わざわざ温泉に入るのはどちらかと言えば物好きの分類とされている。ただ一度入ればその気持ち良さに病みつきになり、物好きが増えているのもまた事実だった。


「まぁだんだん癖になってくるよ、そんな事よりさっさとギルティの方に行こうぜ。っとじゃあ元気でね」


「うん!お姉ちゃん達も元気でね、シルバにまた触らせてね!」


「だから俺は、…まぁ良いや。それじゃあね。」


 漸く許可が下りたらしい、少女が瑞樹達の方へ駆け寄る。少し寂しそうな顔をしていたが、いつかの再会を約束して別れの挨拶を交わす。瑞樹を女性と信じてやまない少女に苦笑しつつ、目的地を目指す。


 そこはこの街の冒険者ギルドで、何故一番最初に来たのかと言うと話しは出発前に遡る。旅支度をしながら瑞樹は温泉街での格安の滞在先のあてを探していた。それをオットーに相談すると、どういう訳かここの冒険者ギルドを紹介されたのだ。何故にギルド?質問するが、オットーは「行けば分かる」としか教えてくれなかった。ただオットーがアートゥミのマスターに話しを通してやると提案してくれたので、瑞樹はそれに乗っかった。


 話しを戻し、瑞樹とビリーそしてシルバはギルドの前まで辿り着いた。敷地の規模はニィガのそれと大して代わり無いが三階まであり、二人してほぇ~と間抜けな顔を晒して見上げていた。中に入ると内装は大体同じで、実家の様な安心感を感じつつ受付へと歩を進める。


「あの、ギルドマスターに会いたいのですが」


「少々お待ち下さい、お名前は?」


「橘瑞樹です」


 受付のお姉さんは階段を上がり、二階の一室へ入る。少し待っていると、お姉さんが戻り「部屋の方へ向かってください」と案内を受ける。少し緊張しながら部屋へ向かい瑞樹は扉をノックする。


「失礼します」


 すると「入りな」と女性の声が聞こえてきた。中はオットーの部屋より飾り気があり、調度品に気を使っているのを見て感じ取れ、深い緑色の短髪を後ろで結んでいる女性がそこにいた。胸はとてもふくよかで見た感じオットーよりも筋骨隆々、肌の健康的な黒さも相まってまるでボディビルダーの様だと、瑞樹は顔を引きつらせていた。


「あんたが瑞樹かい?…ふぅん、あのツルツル頭の言う通りの見た目だねぇ」


「ツルツルって…。」


「だってホントの事じゃないか、あいつとは昔組んだ事があってね。そん時から頭がツルツル

だったのさ」


 カラカラと笑いながら話すその女性に、瑞樹はそうですかと引きつった笑いで返す。ビリーはどう返せば良いか分からないといった感じで目が泳いでいた。


「それで、あんた達は確かこの街での滞在先をあたしに聞きに来たんだろ?」


「あっはい」


「ここの三階を使いな、いつもは満室なんだがたまたま空いていてね。オットーのよしみで安く貸してやるよ」


 曰く、ここの三階は冒険者向けの宿となっており格安で提供しているとの事。オットーの行けば分かるとはこういう事かと、瑞樹は漸く納得する事が出来た。マスターから鍵を二つ受け取り、瑞樹達は三階へ向かう。部屋数はそれなりにあり、鍵に書かれている番号と部屋番号を見比べながら探すと、気を使ってくれたらしく隣同士の部屋割りだった。中に入るとベッドとテーブルがあるだけの実に簡素な作りだったが格安なので文句は言えない。ただしこのギルドにはその欠点を補って余りある物がある。それは—


「あぁ~、久しぶりだぁ~」


「んだよ、オッサン臭い声だすなよ」


「んぇ?分かってないなぁ、こういうのは自然と出るものなのだよ」


「その見た目でオッサンとかヤバイと思うがな」


 トロトロに蕩けている瑞樹にビリーが苦言を呈す。そう、ここには備え付けの浴場がある。五人くらい入れば窮屈に感じてしまうような大きさだが今は誰もいない。当然入浴料は要求されたがそんなもの今の瑞樹には些末事だ。湯の色は乳白色で、なんとも肌に良さそうな感じがする。


「あぁ~」

「あぁ~」


 二人から間の抜けた声が漏れ出る。ビリーも先程までは馬鹿にしていたが、身を以て体験した結果瑞樹と同じ様に蕩けていた。ふとビリーはちらりと瑞樹の方を見やる。そこには、いつも水浴びで見飽きている筈の瑞樹はおらず、肌が薄いピンクに色着いた女性の様な誰かがいた。勿論瑞樹本人だが、今のビリーにはとても扇情的に見えてさながら混浴をしている気分になっていた。


「…ん?どうかしたか?俺の顔ジロジロ見て」


「べっ別にジロジロなんか見てねぇよ」


「ふぅん?なら—」


 瑞樹はすうっと目を細め薄く笑みを浮かべる。その悪い顔を何処かで見た様な気がするビリーは酷く嫌な予感をしていた。


「お背中流しましょうか?お兄さん?」


 瑞樹はクスクスと笑いながら女声でそう喋ると、ビリーはたまらず顔を真っ赤にして一目散に脱衣場の方へ逃げてしまう。あまりの勢いの良さに瑞樹はポカンと呆気に取られつつ、ビリーの情けない顔を思い出して笑っていた。


「やれやれ、からかい過ぎたか」


 少しだけ反省した瑞樹は満足して脱衣場へ戻る。ビリーは律儀に中で待ってくれていたが、顔はムスッとしていて不機嫌そうなオーラが出ている。やっぱりからかい過ぎたかともう少しだけ反省しつつ、機嫌を回復してもらおうとギルドの酒場に誘う。


「ほら今日は俺が奢るから機嫌直せよ、な?」


「ふん、お前が奢りたいってならさせてやるけどそんなんで買収されるほど俺は安くないからな!」


 意気込んで向かったビリーは瑞樹に大量の酒を飲まされる。すると随分良い気分になったのだろう、先程の事などすっかり忘れて瑞樹にお酌をさせる始末に。このチョロさがつけ込まれる要因になっている事に全く気づいていないビリーに、瑞樹は苦笑しながら満足してくれるまでお酌を続けていた。


 記念すべき初日は、ビリーが酔いつぶれそのまま夜を迎える。ただこの街の夜はとても明るく、ニィガとは随分違う風景が見える。さながら元の世界の大都会で久し振りに見る明るい夜に、瑞樹は懐かしさと寂しさを感じていた。


「さて、明日はどうしようか」


 頭を切り替え、自室で独り言ちる瑞樹は寝床で妄想に耽りゆっくりと眠りにつく。楽しい旅行は始まったばかりだ。

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