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異世界に歌声を  作者: くらげ
第一章[その運命は終わりから始まった]
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1-2 絶望の先に

「……ぅ……頭痛ぇ……というかここ、何処……?」


 永劫覚めない筈の傷を負った瑞樹が目を覚ましたのは、つい先程まで居たコンクリート製のジャングルとは真逆、本物の木々が眼前に広がっていた。


 瑞樹は頭をくらくらさせながらもきっと夢を見ているんだろう、白昼夢を見ているんだろう、そんな風に思いながら手の甲を血が滲むほど抓ってみたり、頬を思い切り引っ叩いてみたりしたが、返ってくるのは紛れも無い痛みだった。そんな痛みで顔を顰める瑞樹は唐突に目を丸くする、どうやら色々試した痛みで漸く先程刺された事を思い出したらしい。


 さぁっと血の気を引かせながら慌てて刺された場所を触ったり、服をめくって見ても傷どころか痕一つ身体には残っていなかった。


 酷く不審に思いながらも、瑞樹は当時を想起する。鉄っぽい匂いに気色悪い生温かさ、それに身体が冷たくなっていく感覚とその最期。瑞樹もマズいと思ったようだが時既に遅し、思い描けば描く程吐き気を催し、結局は胃液の一滴すら出てこない程盛大に吐いてしまう。


「う……げぇぇ……ハァ、何なんだよクソッ……」


 多少の苛立ちは残ったものの吐くと存外すっきりしたようで、若干落ち着きを取り戻した瑞樹は辺りを見回してみると、手入れされていない木々が鬱蒼としているだけで薄気味悪さを感じるばかり。しかし目を細めてよくよく見ると視線の先に一本の道が通っているのが確認出来たらしく、少しふらつきながら道の方へと近付いて行く。


 ひとまずその道に出た瑞樹は今一度辺りを見回す。一方は先が見えない程道が長く続いており、これは流石にと反対側に目を凝らすと、遠くにうっすらと町のような影を見つける事ができ、強張っていた表情が僅かばかり綻んだ。少なくとも誰かしら居る事に少しだけ気持ちが和らいだ一方で、日は地平線に差し掛かろうかといった状態。こんな得体の知れない場所で暗くなるのはマズいと、瑞樹は急ぎ足で町へと向かった。




 町に着く頃には日はすっかり落ち夕焼けの色はすっかり鳴りを潜めたものの、辺りの家々から明かりが漏れているお陰で瑞樹と同様に出歩く人が散見される。だが何処を見渡しても瑞樹の知る現代とは装いが違い過ぎるるうえに電灯どころか電柱の一本すら見えない。足元に目を向けても舗装の代わりに砂利が敷いてあり、先程瑞樹が偶然すれ違ったのは写真でしか見る機会がないような馬車。


 そして極めつけはすれ違う人々の装い。何かしらの皮や繊維で拵えた衣服であればまだ何処かの民族衣装かもしれないが、中には鎧と思しき物を身に付け腰には剣の鞘らしき物を携えていたり、肩に槍を乗せている者も見受けられる。最初こそ瑞樹もただのコスプレかと思ったようだが、それにしては余りにも身に着けている品々に年季が感じられ堂に入っている。


 馬車にしても世界の何処かにはまだ現役で使用している可能性はあるものの、車の気配すら確認出来ない様相は瑞樹に現実を突きつけるには十分過ぎる。それを考えたくも、決して頭に思い浮かべたくも無かったとしても、非情な現実はそれを許さない。


 ──あぁここは俺の知らない世界なんだ。


 視線に広がるそれらを見ただけで結論に至るのは短慮かつ荒唐無稽にも感じられる、ただ瑞樹が日々読んでいた本の中にそういった世界観の物も含まれており、前知識があればこその結論なのかもしれない。


 瑞樹の脳裏にそれが過った途端心の奥底から恐怖と不安が一気に噴出、一瞬にして呑み込まれた。血が滲むほど腕を抑えているが身体の震えは止まらず、目の焦点も合わない。もし仮に見知らぬ場所だとしても瑞樹と同じ世界の諸外国であったなら、もう少しだけやりようがあったかもしれない。しかし瑞樹の瞳に映る現実は明らかに理解の外、常識の範疇を超えている。とかく精神が不安定な瑞樹ならば、ここまで正気を保っていられただけ幸運だった可能性すらある。


 誰か助けて、瑞樹は心の中でそう懇願しても誰かに伝わる筈も無い。むしろ奇異な視線が送られているような気さえしていたようだ。


「あは……もう良いや、こんな思いするくらいならいっそ……」


 瑞樹が絶望に染まるのにはそう時間は掛からず、誰にも届かない程小さな声で呟くように最悪で最短の道を選びつつある。そしてふらふらと覚束ない足取りで行く当ても無く町中をさ迷っていた最中、瑞樹の耳に何かが届いた。


「これは、ギター……?」


 瑞樹の耳に偶然届いたのはギターのような弦楽器の音色で、さながら光に集まる虫のように音のする方へ歩を進めた。




 そこは町の中心部から程近い場所らしく帰路に着いているのかまたは別の用か、ともかく人気が多く感じられる。そんな中に一人、何かの店先で腰を下ろしている男性がひっそりと路上ライブの様相で弦楽器を引いている。


 足元には手に持っている楽器が収められていたであろうケースが開いた状態で置いてあり、中には見覚えの無い硬貨が何枚か入っているお陰で益々路上ライブ感を醸し出しているものの実際足を止めている者は殆ど居ない。それに瑞樹を思い留まらせるにも至らなかったようで、最期にほんの少しだけ良い気分になれたと「ありがとう」ととても小さな声で感謝しながら、その場を通り過ぎようとしたその時──



──ウタエ


「……えっ?」


 突如瑞頭の中に不思議な声が響き、流石に瑞樹も驚いたらしく身体を大きく動かしながら周囲を見渡したが誰も居ない。気のせいかと不可解そうに眉を顰めるも、さらに不思議な事が瑞樹の身に起きた。


 これもまた突然に、今男性が演奏している曲の詞が何故かどんどんと浮かんできたようである。当然男性とは初対面でこの曲も初めて聴く筈、にも関わらず馴染み深い曲を暗唱するが如くどう歌えば良いか分かるらしい。そして瑞樹は何かに導かれるように男性の隣へ歩み寄ると、これ以上は抑えきれないと蓄えていた息を声に換え、思いの丈を歌にする。


 つい先程まで絶望に染まり切っていた瑞樹の顔は打って変わって晴れ晴れと、すっきりとしているように見える。さらに彼の心身は今まで味わった事の無い高揚感と充足感に包まれおり、胸を高鳴らせ続けた。


 だがそれは、現実から目を背けようと生物としての本能が必死だった結果なのかもしれない。

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