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異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
179/217

7-14 悪い予感

「で、どうすんだ。屋敷に戻って良いのか?」


 ビリーは手綱をギュッと握り、往路と同じように激しく車体を揺らしながら瑞樹に問いかけると、御者側の窓から顔を出している瑞樹は首を横に振った。


「いや、そのまま城の方に向かってくれ。国王陛下と話しがしたい」


「城に向かうのは良いが、謁見依頼も出してないのに果たして会えるもんかね」


「何とも言えない。そこら辺は城の方の機転に期待するしかない」


 一国の主ともなれば、召集を受けた場合を除いて直接謁見できる機会はそうそう無い。度々国王陛下に呼びつけられている瑞樹でさえ、正式に許可を貰って謁見をしたのは片手で余る数しか無かった。そもそも直接国王陛下に物申したい者などそうは現れない筈だが、これもまた瑞樹という人間だからだろうか。当の本人はその異常性に気が付いているかは何とも疑問が残る所ではある。


 街道と城下町をひた走り、ひとまず城にある貴族門へと到着した瑞樹は近くにいる番兵に近付き、懐に隠してあった貴族章を提示した。それを一目見て番兵も相手が瑞樹だと気が付いたらしく、礼を欠く事の無いようビシリと敬礼をして見せた。


「これは瑞樹様、本日はどういった御用でしょうか」


「国王陛下に謁見したいのですが」


「許可は得られておりますか?」


「いえ……ですが何とかお願い出来ませんか?」


 懇願する瑞樹だが、番兵の表情は難しそうに眉間に皺を寄せていた。曰く、一介の兵士では判断しようが無いとの事。確かにそのような重大な案件ならば、当然と言えば当然の応対であるが、それでもと瑞樹は番兵に向かって頭を下げ続ける。ただ、そのせいでより一層番兵の顔は困惑と焦りが色濃くなっていく。貴族が頭を下げている所など、本来人目に付く事は憚られるべきとされているからであった。


「どうかお顔を上げてください瑞樹様。我々では判断しようが無いのです」


「謁見の許可を頂けるまで、顔を上げる事は出来ません」


「瑞樹様であれば本日中に謁見依頼を出せば数日中には許可が下りる筈です。何とかお引き取り願えませんか?」


 そんな押し問答が暫く続いていると、何処からともなく一人の影が瑞樹へと近付いたかと思えば、そのまま瑞樹の頭目掛けて手を振り抜いた。スパンと小気味良い音が響き、せっかく啖呵を切った瑞樹も思わず何事かといった様子で振り向くと、意外な人物が立っていた。


「アスラ、様?」


「おぉとも、久し振りだな瑞樹卿。こんな所で馬鹿みたいに頭を下げて何してるんだお前」


 いくら侯爵相当位で瑞樹の格上とはいえ、人の目の前で頭を叩いても悪びれもしないどころか毒まで吐く辺り、流石アスラとも言うべきか。ワハハと笑っているアスラに対し、馬車の方で控えているビリーは酷く不愉快そうに睨んでいたが、瑞樹は大丈夫と小さく手を振って彼を宥める。事情はともかく、国王陛下まで繋がる糸を切る訳にはいかないと思ったようだ。


「どうしても国王陛下に謁見したくて参りました」


「国王陛下に? ……ふぅん、成程な。分かった、俺が口添えしてやるよ。お前らもそれなら文句無いな」


「はっ! 異論ありません」


 むしろ厄介事が無くなってホッとしたらしく、胸を撫で下ろした番兵は恭しく門扉を開けて中に入るよう促した。


「瑞樹卿行くぞ」


「はい。ではビリー、行ってきます」


「承知致しました」


 瑞樹はビリーと頷き合った後、アスラの背中を追うように中へと入った。追い付いた瑞樹はアスラの傍らまで近寄ると、小さく会釈しながら「あの、ありがとうございましたアスラ様」と謝辞を述べるが、アスラは自身の関心事を優先したいらしく「まぁ気にするな」と肩を竦めてさらに続ける。


「それよりもわざわざ国王陛下に謁見だなんて、一体何の用だ?」


 先程のオットーの時と同じように瑞樹は「……言えません」と告げたのだが、先程の状況と違う点が一つある。それは瑞樹の相手が格上であるという事だ。下の者は上の者の命令を聞く事は、その重みに差異はあれども普遍的な考えではある。貴族全盛のこの世界ならば常識ともなろう。


 それでも言いたくないではなく「言えない」となれば、自身よりも上の存在に口止めされているのだろうと、アスラも察したようで「まぁそれなら仕方無いけど、一つ貸しだからな」と話しの流れを変える辺り実に聡い人物である。そうこうしている内に、瑞樹は謁見の間でも国王陛下の私室でも無い一つの部屋に辿り着いた。


「アスラ様、ここは何処ですか?」


「ダールトンの部屋だ。まさかいきなり国王陛下に会いに行く訳にもいかないからな。ひとまずダールトンに指示を仰ぐ。おい、ダールトン居るか?」


 アスラが少し乱暴気味に部屋の扉を叩くと、中から「騒々しいぞ、もう少し静かにしたまえ」と不愉快そうなダールトン声が聞こえて来た。中に居る事は確認出来たが入室の許可は出ていない、にも拘らずアスラはそのまま扉を開けて勝手に中に入ってしまった。


「邪魔するぞ」


「もう既にしているであろうが。……で、一体何の用だ」


「それはあいつ本人から聞いてくれ」


 そう言いながらアスラは自身の身体を退かすと、その陰から中に入って良いものかと少し困惑した様子の瑞樹が姿を現し、ダールトンの眉間に刻まれた皺はより一層深くなっていった。


「ハァ、事情は分からんが、ひとまず分かった。ご苦労だったなアスラ」


「良いさ。それよりも急ぎの用事みたいだから早くした方が良いと思うぞ」


「承知した」


 軽く手を振ってダールトンと挨拶を交わすと、アスラは「そんな所で突っ立ってないでさっさと入れ」と瑞樹を無理矢理部屋に押し込んで、そのまま自身は何処かに立ち去った。ダールトンに引き会わせてくれた事に感謝しつつも、なんて強引な人なんだと若干不満を滲ませながら部屋の扉を閉じ、反転してダールトンに身体を向ける。


「突然で申し訳ありません、ダールトン様」


「全くだ。……本来の手続きを踏まず、お主が来たという事は余程の事か?」


「……正直な所を言えば、まだ何とも言えませんし、私の思い過ごしかもしれません。ですが国王陛下に伝えるべき事だと判断致しました」


「お主がそこまで言うのであれば、国王陛下に少し時間を割いて頂こう。ただ突然の事だ、暫し待つ事になるだろうが構わないな?」


 当然の事ながら国王陛下は基本的に忙しい身である。だからこそ事前に謁見の依頼を出し、予定をすり合わせる事が肝要なのだが、こればかりは致し方ないと瑞樹も納得している様子ではいと頷いた。


「では暫しの間ここで待っていなさい。一応今一度言っておくがここは私の私室だ、下手に詮索すると酷く後悔する事になるからそのつもりでいるように。万が一何かあれば外に誰かを付けておくからその者に言いたまえ。良いな?」


「はい。ですがそこまで気になるのであれば、何処か別の客間に移ってもよろしいのですけど……」


「本来こういった例外を認める訳にはいかんのだ。故に君が人目に付くのは極力避けておきたい。もう無駄かもしれんがな」


 ただでさえ瑞樹への風当たりは依然として弱いとは言えない状況が続いている。にも拘らず我が儘が通ってしまったなどと吹聴されればより一層厄介な事になる、ダールトンは恐らくそれを危惧しているのだろう。


 それからおよそ一時間と少し、瑞樹は椅子に座りながらダールトンが戻って来るのを待っていた。ちらりと周囲に視線を向ければ、様々な調度品や見た事の無い魔道具らしきものが整然と置かれており、忠告されてはいるものの何とも心くすぐられる光景だったようだ。身体のウズウズを必死に我慢していると、漸く「待たせたな」とダールトンが部屋に戻って来た。


「静かに待っていたようで何よりだ。では付いてきなさい」


 部屋全体を一瞥したダールトンがそう告げると、瑞樹もはいと返事をしながら立ち上がり、共に部屋を後にした。向かう先は案の定謁見の間では無く国王陛下の私室だったが、瑞樹が緊急に相談したい事があるという状況の異質性を鑑みれば、当然というば当然の措置だろう。


「国王陛下、瑞樹卿を連れて参りました」


 部屋の前まで着いた瑞樹達、ダールトンが先んじて扉の前でそう告げると、中から「うむ、入れ」と国王陛下の声が返って来た。


「失礼します」


「失礼致します国王陛下。この度はお手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」


 部屋に入ってすぐ、瑞樹が深々と頭を下げながら謝辞を述べると、国王陛下は「良い。だが儂も何かと忙しい身でな、すぐに本題に入ってもらう」と早々に瑞樹を卓に付くよう促す。瑞樹はこくりと頷いた後、卓の前まで歩み寄り、座る前に大事そうに手に持っていた羊皮紙を机の上に広げた。


「これは?」


「確か、冒険者がギルドに提出する用紙だったかと」


 目を細めながら羊皮紙に視線を向ける国王陛下へ、ダールトンも久しく見たような様子で答えた。この二人ならば目にする機会はそうそう無いだろうが、別段珍しいものでも無い。その為二人の興味はこの人物の能力値へと変わり、視線を注いだ。


「ほう、これは中々の神力の持ち主だ」


「うむ、素質さえあれば軍の魔導士部隊とも遜色ないやもしれん。して瑞樹よ、何故わざわざこれを我らに見せたのだ?」


 瑞樹は不安そうに顔を顰めながら「実は、七日ほど前からこの人物が行方不明になっているんです」と重苦しく告げた。瑞樹の表情から二人も彼と縁の深い人物だろうとは想像が付いたようだが、国王陛下は「よもやこの者を探して欲しいなどと言う訳ではあるまいな」と訝し気に問いかける。


 そうであったならどれだけ良かったか。瑞樹の頭の中はえも言われぬ憤りがふつふつと湧いていたようだが、何とか自身の感情に蓋をするかのように口を一文字に結んだ。そんな瑞樹の心情を察してかダールトンが「瑞樹卿は馬鹿ではあるが愚かでは無い故、国王陛下も落ち着かれよ」と流し目を送ると、国王陛下も「う、む。分かっておる」と若干淀みながら答えた。


 では何か。国王陛下は今一度頭の中で情報を整理するかのように、再び羊皮紙の方へ視線を向けた。何かが引っかかる、喉元まで答えが出かかっているようだが中々出てこず、如何ともしがたいやきもきとした表情を浮かべ始めた。


「しかしながらこれ程神力の高い者が行方不明とは、何とも勿体無いものだ。……いや待て、神力の高い者が行方不明……」


 国王陛下の言葉にダールトンも漸く真意を理解したらしく、「まさか……悪魔!?」と口を手で押さえながら驚きを隠せない様子だった。以前、瑞樹は悪魔が出現する兆候を国王陛下から聞かされていた。その他一般市民や貴族諸兄ならば疑問には思っても答えに到達するには未だ至らないだろうが、偶然その事を知っていた瑞樹だからこそこうして相談するに至った。


「私もお二人と同様の予想が頭を過りました。ですが、私の思い過ごしの可能性もあります……いえ、そうであって欲しいのですが、国王陛下の予知魔法に反応はありましたか?」


「いや、今の所は無い。無いが、先だっての古龍の件もある。今後予知夢を見る可能性は大いにある」


 古龍が出現するという国を揺るがす重大な事件でさえも、国王陛下が予知夢を発動したのは瑞樹が翼竜出現の報告をして暫く経ってからの事だった。しかしながら状況はこれまでのそれとかなり似通っている、だからこそ国王陛下は瑞樹に真剣な眼差しを向けて重苦しく口を開いた。


「瑞樹よ。お主はこれ以上この案件に立ち入るな」


 古龍の時でさえここまで直接的に突っぱねる事はしなかった国王陛下だが、瑞樹もこうなる事は予想もしていなかったようで「何故ですか!?」と語気を強めた。


「万が一、万が一だ。そのシーラなる者が悪魔として再びお主の前に現れたら、お主はその悪魔をどうするつもりだ」


 若干気圧されている様子の瑞樹が「説得──」と続けようとした瞬間、国王陛下は「よもや説得などという甘い考えを持っている訳ではあるまいな」と一蹴し、さらに続ける


「過去、何度か対話を試みようとしたようだが、ただ一度も成功した事は無い。故に我ら人と彼奴等悪魔は決して相容れぬ存在、敵同士なのだ。それをお主は、討てるのか」


 もしそうなったら自分は……頭の中が気持ち悪くなる程グルグルと渦巻いているらしく、瑞樹は声を震わせながら「分かりません」と何度も繰り返す。


 大切な人を手にかける。時代や人が移り変わろうとも、そこには凄まじい葛藤や重圧がのしかかる。それこそ心に生涯癒えぬ傷を負わせるかもしれない。瑞樹ならばその傷の程は尋常ではない、それこそ致命傷になる事すら容易に考えられる。だからこそ国王陛下はあえて現実を直視させ、少しでも躊躇って欲しい、翻意して欲しいと冷たく接したのだろう。


 結局瑞樹は答えを出せぬまま部屋を後にし、部屋に残された二人の間には何とも気分が暗くなりそうな重い空気が流れていた。


「国王陛下、あの者がはいそうですかと簡単に受け入れるとお思いですか?」


 フゥと小さく溜め息を吐くダールトンに、国王陛下も苦笑しながら「いや、全く思っておらん」と諦念交じりに答えた。


「あ奴が御しやすいのであれば、今までもこれ程苦労などせぬわ。ならばせめて忠告くらいしてやるのがせめてもの恩情だろう」


 ある意味信頼されている瑞樹だが、僅か数日後に彼の元に凶報が届いた。悪魔が出現する、と。

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