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異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
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7-12 番外編[苦くて甘いもの]

「あぁ瑞樹様、ご足労頂いて申し訳ありません」


「いえ、気にしないでくださいクラエス。私が好きでやっている事ですので」


 クラエスは挨拶を交わした後、トリエから木箱を受取り中に入っている種を一粒手にして繁繁と見つめる。匂い、手触り、齧った食感に味まで、全てを興味深く観察し始めた。


「こうして見ると種実類とほぼ変わりありませんね。料理では砕いて用いたりしますが、もしかしてこれも同じですか?」


「はい、大体は同じだと思います。ですが私の知る限りこれは粉末にして使用する事の方が多かったですね」


「成る程、では少々お待ちください」


 クラエスは部屋の隅に置いてある小さな石臼を少し重たそうな表情で持って来た。瑞樹も蕎麦の実を挽いたりする石臼を見た事があったようだが、存外それと大差ない作りで意外と何処にでもあるのだなと小さく頷く。木箱から何粒か取り出したクラエスは上面に小さく開いている投入口にそれを入れると、何やら詠唱を始める。すると間も無く石臼の上部が動き始め、さながら家電製品のように自動で挽いていた。


「はぁ~……色々と魔法を見ていたつもりでしたけど、こうして見るのが一番感心しますね」


 手を触れていないにも関わらず回り続ける石臼を繁繁と見つめる瑞樹に、「光栄です」とクラエスは少し気恥ずかしそうに眉尻を下げながら微笑んだ。暫くすると、人の手ではとても時間が掛かりそうな程さらさらとした粉末となり、小皿に移し替えたそれを指に付けて舐める三人と少し遅れてリコも試食をしてみる。結果は案の定とも言うべきか、全員揃って渋そうな顔となっている。


「にっがぁい……」


「確かにこれは苦過ぎるっすね。料理に使うのは中々に苦慮しそうだ」


「でもここまで苦みの強い食材は珍しいですね。欲を言えば雑味が気になりますけれど」


「あぁ、そういえばこれって煎らなきゃ駄目だったような気が。それから皮を剥いていた気もします。雑味を感じるのはそれが原因かもしれませんね」


 瑞樹の知識を元に再び工程を追加してみる。各々色々と試してみたい事はあったようだが今手元にあるのは少量、慎重に慎重を重ねて作業は行なわれた。石窯で煎られた何粒かを再び挽いてみると、トリエは変わらず苦そうに目をしばたたかせているが、料理人の二人はへぇと感嘆の声を漏らしている。


「煎ると風味が格段に良くなるっすね」


「えぇ、それに皮を剥いただけでも味に変化があります。実に面白い食材ですね」


「でも風味付けには良い食材だけど、果たしてどう使えば良いやら見当もつかないっすね」


「ひとまずお湯に溶かして飲んでみましょう」


 瑞樹は事前に用意してもらったお湯に粉末を混ぜてみた。すると粉末の見た目通り茶色く染まり、湯気からは一層芳しい香りが立ち上がる。苦いのは流石に嫌になったのか、トリエだけ試飲を遠慮したので瑞樹達三人で試飲してみた。


「苦さは相変わらずですけど、こちらの方が一層風味が増す気がしますね」


「えぇ、ですがお世辞にも飲みやすいとは言えません。……そうだ、牛乳はありますか?」


「あるっすけど、何に使うんですか?」


「これに混ぜてみようかと」


 瑞樹が飲料の入ったカップを指差すと、「ならば少々お待ちください、煮沸してきます」とリコは水亀に入っている牛乳を少し鍋に注いで火にかける。先程までの苦い香りとは違い、独特な甘い香りがふんわりと漂ってきたところで、リコは竈から鍋を上げ瑞樹の元へ持ってきた。


「熱いので気を付けてください」


 リコがお玉で温めた牛乳を注ぐと、瑞樹はまさか子供じゃあるまいしと言わんばかりに苦笑いしながら「分かっています」と注意深くカップを持ち、フゥフゥと息を吹きかけながらゆっくりと口の中へ流し込んだ。口の中に広がる粉末と牛乳の入り混じった風味は、瑞樹の知るそれとは差異があるものの、記憶にうっすらと残っている味に近しいものがあったようで、思わず頬を綻ばせる。


「大分飲みやすくなりました。これならトリエも飲めると思いますよ」


「……瑞樹様がそう仰るなら……頂きます」


 トリエはクラエスから粉末入り牛乳を受け取ると、各々は口へと運ぶ。その味の違いに感嘆の声を漏らしながらじっくりと精査する料理人二人、そして味の違いに驚きながらも気に入ったのかトリエは一息で飲み干していた。


「どうでしたトリエ、先程とは違い飲みやすくなったでしょう?」


「はい! 牛乳と混ぜるだけでとても美味しくなりました。これなら幾らでも飲めそうです」


 子供らしく微笑ましい感想だが、残念ながらその願いを叶えられる程材料は無い。瑞樹は「いつか定期購入出来るようになれば喜ばしいですね」と苦笑交じりに答える。


「時に瑞樹様、こういった飲み方を知っていたという事は故郷にも同じような飲料があったのですか?」


 熱心に舌で味を確かめていたクラエスが漸くカップの中身を飲み干し、そんな質問を瑞樹に投げかけた。あくまで純粋な好奇心と料理へと探求心からのようだが、瑞樹は唐突に思い出された味に郷愁の念が強くなったらしく、残っている飲料に薄く浮かぶ自身の顔、さらに何処か遠い先を見るようにじっとカップに視線を向けた。


「あの、瑞樹様……もし憚られるような事でしたら、申し訳ありません。お忘れになってください」


 クラエスが申し訳無さそうに眉尻を下げながら視線を落とすと、瑞樹はスッと目を閉じて首を横に振った。どれだけ時間が経とうとも、薄まる事の無い郷愁の念に呆れや辟易を感じた様子で。


「クラエスが気に病むことはありません、少し懐かしくなっただけですので。えぇと、この飲料は私の故郷ではココアと呼んでいました」


「ここあ、ですか?」


「はい、ココアです。ただ本来のそれとは厳密には確か違う筈ですけどね」


 カカの実とは、要するに瑞樹の知るカカオと非常によく似ていたのである。実際のカカオとの差異は到底比較しようが無いが、それでも徐々に薄まる元の世界の記憶と比べても、十分代替品足り得る代物のようだ。トリエでは無いが、もし機会があれば多少値が張ったとしても手に入れたい。そう思う程に。




 こうしてカカオならぬ、カカの実という新たな味を知った瑞樹とその周辺の者達。特に最後の残った種で作られたチョコレートは、試作品で味や舌触りも改善の余地有りの出来栄えながらかなりの高評価、特にエレナを始めとして女性陣が大層気に入っていたようだ。


 それらを踏まえ、製法や使用方法などを纏めた書簡をファルダンに送ったところ、翌日には感謝の意が書き記された手紙と、久し振りの知識買い取り料が返礼を兼ねて瑞樹の元に送られた。のだが、その裏では一つ問題が起きていた。


「ふ~ん、別にあたしは食べられなかったからって拗ねていませんよ~だ」


「誰がどう見たって拗ねているでしょうに……それを言うのであれば私だって口にしていないんですから、良い加減機嫌を直しなさい。瑞樹様も困っているのですよ」


「ふ~んだ」


 残っていた最後の材料で作られた品々は、全てエレナ達の方へ優先された為、アンリエッタやアンジェの他に幾人かはその未知なる味を知る事が出来なかった。無論瑞樹としてもそれは本意では無かったようだが、甘味好きの貴婦人方の前では僅かな量の品々など瞬く間に口の中へと消えてしまい、おこぼれを頂戴する余地など何処にも無かったのである。


 結局瑞樹は再びファルダンに金貨数枚を同封した手紙を送り、もう一度カカの実を手に入れる事になったのであった。普通の貴族なればそのような従者の我が儘など一蹴する所だが、その辺りが瑞樹が甘いと揶揄される所以だろう。


 こうして苦くて甘いカカの実を使用した甘味は、密やかながら少しずつ流行していくのであった。

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