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異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
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7-11 番外編[不思議な木の実]

「はぁい瑞樹、今日は居るんでしょ?」


 瑞樹がニィガで羽を伸ばしてから数日後、イザベラが瑞樹の屋敷へと来ていた。相も変わらず面会の予約など気にしない様子かと思えば意外とそうでも無く、珍しく事前に断りを入れていたようで、割りと真摯にエレナの忠告を受け入れていたのだろう。ただ、アンジェ達従者の制止も聞かずに勝手に瑞樹の部屋へと乗り込む辺り根底は変わっていないかもしれない。


「あらイザベラ、またいらしたのですか?」


「今回は面会依頼を先に出していたから小言なんて言われたくないわ。……それよりも、貴方達何をしているの?」


「御覧の通り、お説教ですわ」


 イザベラが目にした光景、それは一回り近くも歳の差がある大の大人が、少女に向かって正座をしている姿だった。この間も説教の真っ最中で瑞樹の顔はしょんぼりと俯いている。


「お説教って、何か悪い事でもしたのかしら?」


「えぇ、とっても悪い事です。実は──」


 説教の内容は無論先日のギルドでの件である。何処から漏れ出たのか不明だが、結局は瑞樹があの日あの場所に居たらしいという噂が町で噂になり、最終的にメウェンの耳にも届いてしまった。勿論メウェンは憤慨したが、ただその真意は勝手な事をした事よりも信用を裏切った事に対する割合の方が多かったようだ。


 そういった経緯があり、瑞樹は数日間自宅謹慎という重いのかそうでないのか何とも判断に困る罰を受けている最中で、この時間はたまたま手の空いているエレナがメウェンの代わりにお説教をしていたのである。


「──ふぅん、成る程ね。事情は理解したけどそんなに興味は無いわ。それよりも瑞樹、こんな小うるさい女よりも私と一緒の方が良いのではなくて? 私ならいついかなる時も貴方の我が儘を許してあげるわよ」


「ちょっとイザベラ、甘やかすだけでは成長しませんのよ? それに誰が小うるさい女ですか」


「そうですよイザベラ様。悪いのは私なんですから」


「半分冗談よ。そんなに間に受けないでちょうだい」


 という事は半分本気だったのかと思わず溜め息を吐くエレナだったが、唐突に部屋の扉が叩かれ外からアンジェの声が聞こえて来た。


「瑞樹様、少々よろしいでしょうか」


 一応説教中の為勝手な行動が出来ない瑞樹は、ちらりとエレナに視線を向ける。するとエレナもこくりと頷き了承の意を示したので、瑞樹は「はい、どうぞ」と返答した。


 アンジェが「失礼します」と恭しくお辞儀をしながら室内に入って来ると、その手には何か小さい革袋と手紙が握られていた。


「つい先程、ファルダン様からお荷物が届きましたのでお持ち致しました」


「ファルダン様からですか? 随分珍しいですね。中身は何でしょう?」


「検閲の際に中を改めさせて頂きましたが、恐らくは木の実かと。ただ、私は初めて目にする物でした」


 アンジェに手渡された小袋を広げた瑞樹は中を覗いてみると、確かに橙色のような木の実らしき物が一つだけ入っていた。手に収まらない程大きなそれを取り出し、エレナ達と共に繁繁と見つめる瑞樹。見た事があるような無いような、そんな不思議な代物のようだ。


「お嬢様達は見た事がありますか?」


「私はありませんわ」


「私も無いわね」


「ふぅむ、ひとまず手紙を読んでみましょうか。答えが書かれているかもしれませんし」


 用が済んで退室したアンジェを見送った後、瑞樹は封筒に入っている手紙に視線を向け、エレナ達にも分かるように読み始めた。


「確かにファルダン様の印が入っておりますね。えぇと、なんでも海の向こう側からの渡来品のようですね。それで珍しくて買ったは良いけど、使い道が分からなくて一つ私に贈ったと。かいつまむとそういった事のようです」


「渡来品なら見た事が無い筈よね。どれ位の価値なのかしら」


 イザベラが両手で持ちながらポンポンと軽く投げて遊んでいると、どうやら手紙に値段が記載されていたらしく「それ一つで金貨一枚だそうです」と告げると、イザベラは「たったこれだけで!?」と驚愕した様子で手にしているそれを凝視した。


「そのような高価な物を贈ったという事は、ファルダン様なればなにかしら見返りを求めていそうですわね」


「流石エレナお嬢様は察しが良いですね。もし何かしら用途が確立されたら、その方法を買い取りたいそうです」


「あの方らしいですわね。時にこの実の名前は書かれていなかったのですか?」


 苦笑するエレナ同様に瑞樹も「確かに」と苦笑しながら再び手紙に視線を戻す。すると、ファルダンも途中まで失念していたのか、最後の方に注釈で書かれているのを発見する。


「えぇと、産地ではカカの実と呼ばれているそうです」


「カカ? それってどんな意味なのかしら?」


「残念ですが、そこまでは書かれておりませんね」


「そう。まぁそれはさておいてこれどうするの?」


「そこが問題なんですよねぇ。ひとまず厨房で割ってもらいましょうか」


 木の実に不思議な既視感を感じつつも、瑞樹は席を立ち一階の厨房へと向かった。そのお陰という訳でも無いが説教もなあなあとなり、エレナとイザベラも瑞樹の後を追っていく。


「失礼しますねリコ、クラエス」


「あれ、珍しいですね瑞樹様。……と、それにエレナお嬢様とイザベラお嬢様も揃って一体どうされたんですか?」


 手の離せないクラエスの代わりにリコが瑞樹達に近付いて来ると、視線は最初こそ瑞樹達三人を順繰りに追っていたが最終的には謎の木の実に釘付けだった。それもまた料理人の性というものだろうか、新しい物に目がないのだろう。


「実はファルダン様からこれを頂いたのですが、中身を確認したいので切って頂けませんか?」


「えぇ分かりました。少々お待ちください」


 瑞樹からそれを受け取ったリコは、意気揚々と木の実をまな板の上に置き包丁を押し当てたのだが、「触って察しは付いていましたけど、随分と固いですね」と困った様子で漏らした。それでも少しずつ刃を入れながら何とか両断すると、中からさらに白い果実のような物が姿を現した。それを見た途端瑞樹は何かを思い出したらしく手をパチンと合わせた。


「瑞樹、どうかしたの?」


「私の見立てが間違っていなければ、多分それが何か知っています。というか思い出しました」


「えぇ!? 本当ですか瑞樹様。正直こんなの初めて見ましたよ俺。お~いクラエス、お前これ見た事あるか?」


 クラエスは手だけ作業しながら声のする方に振り向き、リコの持っているそれを凝視するが「ごめんなさい、見た事無いですね」と、申し訳無さや不思議さが入り混じったような調子で答えた。


「それで瑞樹様、これは一体どう調理すればよろしいのですか? 正直な所……あまり食べられるような見た目ではありませんけど……」


「そうですね、私もこの目で見るのは初めてですが、あんまり良い見目とは言えません。それはさておき、このままでも食べられるらしいですが、これの本領は発酵してから発揮される筈です」


 瑞樹が事も無げに言うが、発酵という技術はエレナやイザベラにはあまり馴染みの無いものらしく、二人が口を揃えて問いかけた。実際にはこの世界にも魚醤という発酵食品の一例もあるが、それを知っているかはともかくとして供される料理、食材がどのように作られているかなど余程の事がなければ別段興味も抱かないだろう。


「発酵とは特定の食材をあえて寝かせる事によってより美味しくさせる一種の技術です。ただ、管理もやり方も適切に行なわないと単に腐敗するだけなので経験が無いと中々に難しいのです」


「ふぅん、成程ね。ところでその経験が無いと難しいハッコウとやらを瑞樹は出来るの?」


 瑞樹は白い果実を手に取りながら「正直な所を言えば無理です」と苦々しそうに答えた。知識が無い訳ではないが、所詮は本で読んだ程度の中途半端な知識。それに今目に映っているそれが、瑞樹の頭で描いているそれと本当に同じという保証は何処にも無い。それはこの世界のちぐはぐな見た目のタコとイカが証明している。


「それならトリエにも手伝ってもらえば良いんじゃないですか? 食材の違いはあれども同じ発酵、魚醤の産地で生まれ育ったトリエなら多少は力になると思いますけど」


「それは名案ですねリコ。トリエにお願いしてみましょう。という訳でエレナお嬢様とイザベラお嬢様には申し訳ありませんが、私は少々用事が出来ましたので後はお二人で仲良くなさって居てください」


 そのまま瑞樹はエレナ達の制止も聞かず厨房から飛び出していった。二人は随分と不機嫌な様子だったが、果たしてこの果実がどのような変貌を遂げるのか気になっているのもまた事実らしく、渋々ながらも瑞樹の事を放っておく事に決めたようだ。


 その後、瑞樹の中途半端な知識とトリエの半人前の経験則に基づき、白い果実は発酵されていった。小さな木箱に収められているそれは徐々に熱を帯び始め、木箱からじんわりと甘酸っぱい香りや液体が漏れ出す。その為最初は厨房の隅でやっていたが、香り等々で虫が寄ってきてしまい「申し訳ありませんが外に出してください」とクラエスに怒られる一幕もあった。


 発酵を始めてからおよそ五日。途中から屋敷の隅に追いやられた小さな木箱から漂う香りもほぼ落ち着き、若干酸っぱい香りがし始めた所で最後に数日間それを天日で干す。これで工程は終了、の筈である。瑞樹とトリエは木箱に入っている果実、ではなく発酵が進み種だけになったそれを繁繁と見つめていた。


「瑞樹様、一応予定していた工程は終了致しましたが……仕上がりは如何でしょう?」


「何分私も初めてですからねぇ……正直何とも言えません。ですがトリエ、ここまで手伝って頂いてありがとうございました。貴女のお陰で随分と助かりました」


「いえ、少しでもお力になれたのでしたらあたしも嬉しい限りです。ところでこれをどう調理するのですか? 見たところたべられそうに無いですけど……」


「そうですね。まずは実食するとしましょう」


 瑞樹が木箱を持とうとした途端、傍らのトリエに「あたしが持ちます」とすぐさま取り上げられた。いくら軽い物とはいえ、幾ばくか罪悪感を感じているらしい瑞樹は僅かに唇を尖らせていたが、ともかくとトリエの背中を追いながら厨房へと向かった。

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